353 / 1,278
第三章 【王国史】
3-185 別れの儀式
しおりを挟む村の中は、悲しみに包まれる。
花が敷き詰められた村の近くの森の中の広い場所に、元村長のものをはじめ複数の遺体が並べられていた。
上半身と下半身が切り離されているもの、どちらかしかないもの、四肢が不完全なもの、小さな子供は避難していたためいないが成人前の男女も、そこに優しく敬意をもって並べられていた。
形の残っていない者は装飾品や残留物が並べられ、その者たちが存在していたことを示した。
”――なぜ、こんなことになってしまったのか”
”――いったい、誰のせいでこんなことに”
そんな思いは、村人には浮かんではこない。
自然の中で生きていれば、強敵に襲われることもある。
今まで狩る側だったものが、狩られる側になる可能性も充分に考えられる。
今回は、たまたま自分たちにその順番が回ってきただけのことだった。
だが、それで悲しみという感情が消えてくれるわけでもない。
昨日やつい先ほどまで言葉を交わしていたものが、何も返してこなくなったのだ。
伝えたかったことや聞きたかったこと……もう叶わない願いとなった。
生き残った村人は助かった幸運への感謝と、そうでなかった者たちが安寧の眠りにつくようにとの願いを込めて目を閉じて祈る。
村人の最前列にいるゾンデルが、号令をかけ静寂の時間を終わらせた。
「皆、よくぞ生き残ってくれた……まずはそのことを感謝しよう」
村人は、視線を全てゾンデルに向けた。
村長に生きのびたことを褒められたことで、生存者たちは少しだけ気持ちが軽くなった。
そこから、ゾンデルは言葉を繋げる。
「今回、この惨事から守ってくれた者たちに、村民を代表して感謝の気持ちを送りたい……こちらへ」
横で待機をしていた者たちが、ゾンデルの合図で前に並ぶ。
ナンブル、ブンデル、サナ、子供たちを逃がした屋敷の二名の世話人……
次に、その反対側からステイビル、ハルナ、ソフィーネ、エレーナ、アルベルトと続いて行く。
ゾンデルを中心に左右に一列に並んだ。
「ここに居る者たち……いや、ここに居ない者たちも含めて勇敢に立ち向かってくれたおかげで、今我々はこうしていることができる」
ゾンデルは両手を広げ、エルフやエルフ以外のこの者たちを称えた。
自然と拍手が起こり、その音量で感謝の念を伝えていた。
ミュイもブンデルとサナに視線を送り、小さな手で必死に手を叩いた。
ゾンデルはいつまでも送り続けられる、鳴りやまない拍手を片手をあげて制する。
そしてまた、風が木々を揺らす音が聞こえてくる。
ゾンデルは村民に背を向けて、再び前を向き声を掛ける。
「それではしばしの別れだ、まよわずに自然へ還れ……また再び巡り合う日まで」
後ろにいる者たちが最後の姿を目に焼き付けている空気が伝わる。
周りのエルフたちにならって、ハルナたちもゾンデルと同じ方向に身体を向けた。
村民たちの記憶に残す時間を十分に取り、ゾンデルは魔法を使用する。
(さらばだ……サイロン。安らかに眠れ)
「……”ログホルム”」
魔法が成立すると、ゾンデルの前に眠る全ての者が草に包まれていった。
そこには、草で包まれたドーム状の塊が出来上がった。
ゾンデルのは片手を挙げ、近くにいた世話人に合図を送る。
その合図を受けたエルフは、足元に置いていた油の入った壺を目の前の草に振りかけていく。
最後に火打石で火を点けると、その炎はあっという間に燃え広がっていく。
炎の先から昇る白い煙は、空高く舞い上がっていった。
その情景はこの世界で種族は関係なく全ての者が口にする”死者は自然に還る”……その言葉を信じる気持ちをハルナはわかった気がした。
そして全てが燃え尽きた後、ゾンデルはもう一度ログホルムでその場所を覆った。
それは安らかな眠りを妨げられることが無いようにと、ゾンデルの想いを込めたものだった。
その後、そこには目立たたない様に石碑が建てられ、村で管理することになった。
今後、エルフの村はゾンデルの元で再建が行われるようになる。
ナンブルも手伝いはするが、次期村長は投票によって決定されるように変更される。
交流も東の国だけでなく、ドワーフの町とも交流が行われる。
決定権は少ないが、他種族の意見も取り入れるべきだとはナンブルの案だった。
グラキース共同体が設立され、様々な面で協力し合うことが決定された。
事のきっかけとなった水の問題も、人間の村もエルフの村もドワーフの町に賠償を求めないことを決めた。
そうなれば、三社同盟のバランスが崩れてしまう可能性があるため、なるべく平等な立場を確立するようにした。
そのことを受けて、ドワーフの町は精巧な技術を提供し復旧作業をすべて請け負った。
それが、ドワーフからのお詫びとして両種族も納得した。
「それでは、準備はいいか?」
「「――はい!!」」
ステイビルの問いかけに、一同が問題ないことを返答する。
「ステイビル王子、またこれからもよろしくお願いします」
ゾンデルとナンブルはステイビルに感謝の気持ちを告げ、引き続きの支援をお願いした。
「了解です。一旦、ふもとに戻りますので、人選をした後にこちらへ向かわせます。その際はよろしくお願いします」
ステイビルが差し出した握手を、ゾンデルは両手で掴み応える。
「ブンデル……気をつけてな。次に来るときは、ナイール……お前の母も戻っていることだろう。元気な姿を見せに来てくれ」
ナンブルの言葉に照れを見せるブンデル。
名前も、このまま”ブンデル”でいくことに決めたようだ。
実際ナンブルにとっては、名前よりも本人が元気であることの方が大切だった。
「サナさん……ブンデルをよろしくおねがいします」
「え?……あ、はい!?こちらこそ……」
ブンデルとサナはもう少しだけ、ハルナたちと一緒に行動することを決めていた。
”外の世界を知る”……それが、サナの姉たちの望みだったのだから。
「それではいくぞ、出発!」
その掛け声で、ハルナたちはは歩き始めた。
ふもとの人間の村を目指して。
0
お気に入りに追加
375
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故
ラララキヲ
ファンタジー
ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。
娘の名前はルーニー。
とても可愛い外見をしていた。
彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。
彼女は前世の記憶を持っていたのだ。
そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。
格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。
しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。
乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。
“悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。
怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。
そして物語は動き出した…………──
※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。
※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。
◇テンプレ乙女ゲームの世界。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げる予定です。

【完結】内緒で死ぬことにした 〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜
たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。
でもわたしは利用価値のない人間。
手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか?
少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。
生きることを諦めた女の子の話です
★異世界のゆるい設定です
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る
拓海のり
ファンタジー
階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。
頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。
破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。
ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!
naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』
シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。
そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─
「うふふ、計画通りですわ♪」
いなかった。
これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である!
最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる