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第三章 【王国史】
3-177 面会
しおりを挟む「村長の娘であり私の妻である"ナイール"は、いま水の大精霊様のもとで暮らしております」
サイロンの失いかけていた目に、意思の力が戻ってくる。
「ほ……本当なのか!?」
サイロンからの確認に、ナンブルは力強く頷いて答えた。
「ナイール……おぉ、ナイールよ」
サイロンの口からは、自分の娘の名前が何度も漏れる。
自分の中では、既にこの世にいることは諦めていた。
あの日の手紙が、一通手元に残っているだけでそれ以降の連絡は一度もない。
ナイールは、自分のことを見捨てているのだと思っていた。
(もう、親子の縁も途切れてしまっている……)
サイロンが、自暴自棄になった理由の一つでもあった。
そこから、ナンブルは再度あの日からのことを話して聞かせた。
最後にナンブルは、新しい情報を伝える。
ナイールの状態も落ち着いてきたため、水の大精霊の元を離れることができるということだった。
その知らせを受けて、ナンブルは先に故郷の村に戻り確認することにした。
それに併せて、手紙でしか挨拶ができず村に残してきた者たちに吉報を連絡する意味も含んでいた。
サイロンは当初、ナンブルがナイールの悪い知らせを持ってきたと思っていた。
こんなにいい知らせが届いたことに、サイロンは村を挙げて祝いたい気持ちでいっぱいになった。
だが、この村はいまそういう状況ではない。
被害のあった村民の対応と、水不足によって生じた問題を解決していかなければならない。
(いや、もう私の手には……)
そう思ったが、それはつい先ほどまでのこと。
(ナイールもナンブルも戻ってくる、そうすればまた盤石な体制で私の目指す村が……)
その思考を遮ったのは、隣にいたゾンデルだった。
「そこで……だ。私はこの機会に、村の体制をいままでとは変えていきたいと考えている」
「――なにぃっ!?……させんぞ、私の村だ!他の者にはやらん!!……うっ!?」
「そ、村長!!」
ナルメルが、苦しそうに胸を掴んで倒れ込んだ村長に駆け寄る。
そして、そのまま村長の部屋のベットに寝かせ、一旦元の場所に戻っていった。
「まさか……サイロンが、あんなことを言い出すとはな」
「ほんと、まだ長をやるつもりだなんて……」
ゾンデルとナルメルは、二人でため息を吐くように言葉を並べた。
ゾンデルとナルメルは、村のこれからの運営について考えていた案をサイロンに承諾してもらうはずだった。
本来は、また別な状況でサイロンに説明する予定だった。
しかし、ナンブルが返ってきたことと話しの中で大精霊の存在が明らかになったことから、大竜神の”作られた神託”による村民への支配はここで終わらせようとしていた。
ハルナたちがこの村に入ってきた時に一族の”嘘”が暴かれ、自分からのその任務と責任を放棄していた。
だが、今回ナンブルやナイールの無事を確認しそれによってまた、自分の権威を取り戻そうと考えたのだろう。
ゾンデルは、この場に集まった者に判断したことを説明した。
「結局、権力の甘い汁を忘れられなかったのね……」
ポツリと告げたエレーナの言葉は、この場にいる全員が同じ結論に達していた。
「う……うぅ……ん」
頭が割れそうな痛みに襲われながら、ブンデルは目を覚ます。
「ここ……は?」
ブンデルはゆっくりと上半身を起こし、辺りを見回した。
ここは、エルフの村の中で滞在していた時に使わせてもらっていた部屋の中と気付く。
「……サナ?」
隣のベットに気配を感じ、ブンデルは声を掛ける。
よく見ると、その大きさは小さいがドワーフよりも小さい存在だった。
「ミュイ……か?」
その問いに答えることはないが、顔に手を近付けると息遣いを掌に感じて安心する。
(助かったのか……でも一体、誰がここまで)
ブンデルは掛けられていた毛布を這いで、ベットの縁に腰掛けて足を降ろした。
そのまま静かに、扉の方へ向かってい扉を開ける。
外は既に日が暮れていて、廊下には一定の間隔で魔法の明かりが灯っている。
廊下を進んで行くと、どこからか話し声が聞こえてきた。
その声の発生源は移動し、やがてとある部屋の中に入り声は消えていった。
その部屋の中には、更に複数人いる気配がある。
ブンデルは、多分そこには状況を知っている者がいるのだろうと判断しその部屋に向かっていく。
扉の前に立ち中の気配を探ると、人間の女性の声が聞こえてきた。
『結局、権力の甘い汁を忘れられなかったのね……』
そこから会話が途絶え、静かな時間が流れている。
ブンデルは、このタイミングで入室を試みた。
――カチャ
この場にまた、人物が加わった。
その姿を見て、真っ先に声をあげたのはサナだった。
「ブンデルさん!お身体は、大丈夫なのですか!?」
扉を開け、入ってきたのはブンデルだった。
つい先ほど目が覚め、近くにサナがいなかったためその姿を探しに来ていた。
ブンデルは、ここにサナがいたことを安心した。
そして、ブンデルは見たことのないエルフがこの場にいることに気付く。
その視線に気が付き、送られた視線の主はブンデルに声を掛けた。
「やぁ、気が付いたようで良かった。身体の調子はどうだい?」
その問いかけにキョトンとするブンデル。
どうやら、この人はあの先の事情を知っている様子だった。
「あ……あのぉ」
ブンデルは名前を聞こうとしたが、それよりも早くナルメルが紹介した。
「ブンデルさん、この人は”ナンブル”。私の兄であり、ナイールさんの夫よ。……あなたを助けてくれたのよ」
その名を聞き、ブンデルは全身が痺れるような感覚に見舞われた。
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