331 / 1,278
第三章 【王国史】
3-163 古い手紙
しおりを挟む『教育所にいた子供が脱走し、村を出ていった』
この情報を聞いた時、ゾンデルは愕然とする。
(――もう、二度と会うことはできないのか)
無許可で村を出て戻ってきた場合は、厳重な罰が与えられることになる。
そのことは、その子も知っていることだろう。
それを知ったうえで、村を出ていったのだ。
ゾンデルは自分の無力さを恨む。
いっそのこと、自分も村を出てナイロンやナンブルたちを探しに行こうとも考えた。
そうすれば、ナンブルたちが変える場所がなくなるばかりか、このところまた村の政に対して悪い噂を耳にするようになってきた。
村民の間でも村長に対する不信感が募り始めていた。
このことも、今自分が何かをできるわけではないが見捨てることのできない問題であった。
そして、最後にナルメルの出産。
これによってゾンデルは村を出ていくことが、できなくなってしまった。
「……そんなこともあり、お前のことを探しに行けなかったのだ。ずっと一人にさせてすまなかった」
ゾンデルは、ナイールがいなくなってからの経緯をブンデルに話して聞かせた。
そして、ナルメルはブンデルの反応を見る。
が、
腕を組んで目をつぶったまま、話を聞いていた体勢から変化はなかった。
そのまま、しばらく待っているとブンデルは目を開けて腕組みを解いた。
そして、ゾンデルの目を見て感想を述べる。
「それで……自分にどうして欲しいのですか?その推測が仮に事実だったとしても、随分と長い間一人でしたし家族はいないものと思っています。確かにこの村を出ていったのは事実ですし、この村では特定の人たちしかかかわることもありませんでしたので、他の方のことなどほとんど知りません。ただ言えることは、この村が嫌いであの村長が嫌いということです」
「あの、ブンデルさん……」
その厳しい言葉に、サナがブンデルを心配した。
ブンデルは、いろいろと言いたいこともあったがそれを目の前にいる人に話したところで、今までの辛かった過去が消えるはずもないと知っている。
気持ちの整理がつかずに爆発してしまいそうな感情を必死に抑えて、声の高さを一定に保つことによって気持ちをコントロールしながら感想を述べた。
ナルメルも、そのブンデルの感情が不安定な状態であることは見てとれた。
これ以上は長居は無意味と判断し、ゾンデルに合図をして席を立った。
サナは、見送るために席を立ったがブンデルは腰を下ろしたままその様子を眺めていた。
「お疲れのところを、お邪魔いたしました……あ、それと」
ドアに手を掛けたゾンデルが、振り向いてもう一度ブンデルの顔を見て古い封筒を一つ懐からとり出した。
「もし、興味があったら目を通してみてください」
ブンデルとの距離があったため、その封筒をサナに手渡した。
「これ……は?」
手渡されたサナが、封筒の中身を確認する。
「ブンデルさんのためにと思って持ってきたものです、目を通すも通さないのもご自由にしていただいても構いませんので……あ、ただ捨てたり破らないでは欲しいですかね」
ゾンデルはにっこりと笑い、再びドアの方に身体を向け”それでは”といってナルメルと一緒に部屋を出た。
二人が出た後でも、ブンデルの気持ちはまだ収まっていなかった。
サナは預かった封筒は自分の懐に仕舞って、渡すタイミングを見計らうことにした。
そして、各部屋に運ばれた食事は質素だがいまエルフの村で出せる最善の食事だった。
その食事を見て、ブンデルは思い出していた。
村を出る前に自分が食べていた食事の内容が、いま客人として出されているこの食事と変わらないことを。
「……どうしたんですか、ブンデルさん?」
「いや、何でもない……せっかく用意してくれたのだから、ありがたく頂こう」
「はい!」
サナは、スプーンでトウモロコシをすりつぶしたスープをすくい、それを口に運んだ。
ブンデルは、サナがその食事を食べる姿を見つめていた。
「ン……おいしいです!」
その言葉を聞き、ブンデルは安心して自分の食事を進めていった。
食事も終わり、寝る前の準備を整えるサナ。
懐から、ゾンデルに渡された封筒が落ちかけた。
渡すなら今と、サナはブンデルに預かった封筒を渡した。
「ブンデルさん……これ、先ほどゾンデルさんから預かった封筒です」
ブンデルは、その封筒を無言で受け取った。
封筒にはまだ、サナの胸元の優しい暖かさが残っていた。
手の中からサナの温もりが消えると、ブンデルは渡された封筒を封をゆっくりと開ける。
かなりの時間が経過しており、紙が弱っていた。
中身を取り出し、ゆっくりと慎重に広げる。
それは、ナルメルに充てた二人からの手紙だった。
「……これは、もしかして」
サナが、後ろから覗き込んで手紙の内容をみる。
「これは、どうやらさっきのナルメルさんに充てた手紙のようだね」
「そのようですね……”ナイロン”って書いてますね」
その言葉に対しては、ブンデルは反応を示さなかった。
「あ、ごめんなさい」
ブンデルに気を使ったサナが、不用意な発言を謝罪した。
「いや、サナが謝ることじゃないよ……ん?」
そう言いながら、ゆっくりと封筒に入っていた時と同じように手紙を折りたたもうとした時、ブンデルは手紙に違和感を感じる。
「どうしたんですか?」
そのサナの声に応えることなく、ブンデルは再び手紙を広げていきそれを裏返した。
その違和感を確かめるために、ブンデルは目を凝らす。
「これは……術式!?」
0
お気に入りに追加
372
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ
あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」
学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。
家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。
しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。
これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。
「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」
王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。
どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。
こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。
一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。
なろう・カクヨムにも投稿
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる