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第三章  【王国史】

3-159 ナンブルとナイール13

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いつもより少し、早い朝。
ナルメルは昨日の騒動が夢のように感じ、未だに信じられないでいた。


義姉であるナイールが一度は生命活動を停止していたが、ほんのわずかな間に息を吹き返したのだ。


そこからすぐに産気付き、あっという間に新しい生命がこの世に誕生した。





ドタバタの一夜を超えて、今日から新しい村民の世話にと忙しくなることだろうとナルメルは驚きの裏で覚悟を決めていた。
それは決して嫌なことではなく、喜ばしいことなのだから。









――コンコン






ナルメルは親子が眠っている部屋のドアをノックする。
中から返事はないが、昨日の疲れが残っているのだろうと気を使いながら静かにドアを開ける。




カーテンの間からは、朝日が差し込んでいる。
それでも薄暗い部屋の中を、目を凝らして部屋の中を見つめる。





「ナイール……具合はどうかしら?」







小さな声で声を掛ける、ナルメルはその返答を待つ。
が、いつまで経って帰ってこない。

しかも、部屋の中の空気が可笑しなことに気付いた。





ナルメルは急いで部屋のカーテンを開けて、ナイールのベットに目を向ける。




そこにはナイールの姿がなく、昨日生まれたばかりの子供だけが毛布に包まれていた。






「ナイール!ナイール!どこなの!!」





ナルメルは何度も声をかけ、この部屋にいるはずのこの子の母親の名前を呼ぶ。
だが、その呼びかけに応えるものはいなかった。




その声に驚いて、赤子が泣き始めた。





ナイールは急いでその子を抱きかかえ、赤子をあやした。
その子に包まれている布の後ろに、布とは違う感触を感じる。


背中に指先を意識させながら、ナイールはその感触の元を探った。

そこには、紙に包まれた手紙が通挟まれていた。



ナイールは赤子を腕の中で抱いたまま、自分宛の手紙を開いた。























~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


   『 ナルメルへ 』


突然なことでごめんなさい。あなたにこの子のことをお願いしたいのです

私は訳あってこの村を出ていかなければなりません

理由は告げることはできませんが、どうか分かってください



いつか、どこかで成長した”ナイロン”に会えることを楽しみにしています



本当に迷惑をかけてばかりでごめんなさい




私の愛しい妹へ   ナイール








   『 我が妹ナルメルへ 』




兄はナイールに付いて行くことにした

私にも理由は話してくれないのだが、ナイールのことだから何か理由があるのだろう


お前には迷惑をかけることになるが、説明している時間もなくこんな形になってしまったことをすまないと思っている




もう一通はサイロン村長あてにナイールからの手紙だ
お前の手から渡して欲しい

訳があって村を出ることが書いてある





では、俺たちの子ナイロンをよろしく頼む


すまないが父上にもよろしく伝えてくれ




またいつか   ナンブル



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~















「ばか……わたしに……どうしろっていうのよ」





読み終えたナルメルの目からは、涙があふれている。
抱き締めた腕の中では、先ほどまで鳴いていたナイロンが静かに寝息を立てていた。







ナルメルは気持ちを落ち着かせ、涙を拭いて赤子を抱いたまま部屋の外に出る。
そして、非常事態だと村長のところまで報告に行った。











村長の部屋には、ゾンデルとナルメルがいる。
その目の前で村長あての手紙を見るながら、サイロンの身体は小刻みに震えている。



それは怒りなのか絶望なのか、それとも両方か……




その様子は、紙一枚向こうでしかわからなかった。







「サイロン……」



ゾンデルは、ここはあえて名前で呼びかけた。





「…………」




「ん?」





誰にも聞こえない力の無い音で、サイロンがつぶやく。
近くにいたゾンデルが、ようやく何かの音か言葉が口から洩れているとわかったくらいの音量だった。







「これは……これは、わしの……わたしの娘がしたことなのか?」






腰掛けていた椅子に力なく寄りかかり、ナイールからの手紙も手に力が入らずに落としてしまいそうだった。


その問いかけに時間をかけては悪い芳香に考えが進んでしまうと考え、ゾンデルは必死に次の言葉を繋げた。




「我々に託された手紙にも、同じようなことが書いてある。だが本当の理由は書かれてていない、だから……」





「……だまれ」









――!?






ゾンデルは、その言葉に目を丸くする。

今までサイロンは、ゾンデルに対してそんな命令長の口をきいたことがなかった。




「サイロン……?」





「やっと……やっとここまで来た。ゾンデルたちの血を引き込み、我が一族の時代が盤石になるはずだった」






そうつぶやくサイロンの虚ろな目は、床の空間を一点だけ見つめている。


様子がおかしいと感じたナルメルは、父ゾンデルの顔を見て合図するも既に理解をしているようだった。

傍に近寄ろうとすると、サイロンはその行動を腕を横に振り払って制する。




「ここまで計画通りで順調だった!!ようやく後継ぎも誕生し、ナイールの子に引き継ぐはずだったのだ!!ゾンデル……お前たちのところにはこの力は渡さん!!!」






「サイロン、何を言って……!?」






「誰かこいつらをつまみ出せ!!村の転覆を謀っている者たちだ、牢屋の中に監禁しろ!!!」




その声で、待機していた警備兵が入り、部屋の中にいるものを捕えようとした。
しかし、それが自分の上司のゾンデルであることを知って、行動をためらう。




「何をしている!!!早く連れ出せ!!!!」



「は、はい!!……すみませんゾンデル様、ナルメル様。命令ですのでこちらへ……」





言葉を失ったゾンデルは、部屋を出る前にサイロンの顔を見る。
それは狂気と絶望に染まった、見たことのない表情だった。







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