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第三章 【王国史】
3-156 ナンブルとナイール10
しおりを挟む『こ……ここは?』
薄暗い空間の中、音もない。
身体は楽になった気がするが、手足を動かすことはできなかった。
お腹の辺りもすっきりしていて、苦しさもなくなっていた。
『あ。ナルメルは?……ナンブルに連絡したないと心配しているかも』
だが、そう思うだけで実際に行動を起こすことはできなかった。
いくつか魔法をを試そうとしたが、身体に魔力を感じることができない。
ナイールは、この不便な状況の中で一通りできることを試してみた。
思考以外のほとんどができなくなっており、ある一つの結論に辿り着いた。
『私……死んでしまったのね』
その隣に、もう一人誰かが居る気配を感じる。
だが、それを確かめる感覚がない。
『……誰?』
声をかけるが、その問いが返ってくることはなかった。
だが、ナイールは直感で正体を理解した。
(私の……子供)
生まれてくることがなかった、我が子の存在。
自由に動かせる四肢はないが、ナイールはその存在を自分の意識の中で優しく抱き包んだ。
『もう。あなたのせいで、大変な思いをしたのよ?忙しいナルメルにも迷惑をかけたし、他の人にだって……』
次々と思い浮かべる、あの辛くて不安だった日々の愚痴。
それは本気で恨んでいたり憎んでいるのではなく、ただ誰かに聞いて欲しいだけのよくあるストレス発散の一環だった。
言葉にしているナイールも、あの日々は結構我慢していたんだと話すことで自覚した。
だが、今となってはどうすることも出来ない。
徐々に抱きかかえた意識が、自分の中で暖かく感じ始める。
そして、急に悲しみがあふれ出す。
『ごめんね……ごめんね……生んであげられなくて……ごめんね』
ナイールは、抱きかかえた暖かい意識の中に向かい謝った。
涙は出ないが、その悲しみの感情はナイールの意識を全て染めてしまった。
『初めまして……エルフのお嬢さん』
『――!?』
ナイールは急にかけられた声に驚いた。
自分だけしかいないと思っていたこの世界に、また新たな存在が顕在化する。
『だ、誰?』
『うーん、本当に偶然なんだけど……ただ通りかかっただけなんだけど。それより、あなたはいま、あの世界との繋がりが切れそうになってるの』
その声は、ナイールにとって意味がわからないことを言い始めた。
まだ、戻れる可能性はあるが、肉体は少し損傷を受けている可能性がある。
そのため戻っても元の通りには動けない可能性もあるという。
そういうリスクを説明したうえで、新しい存在はナイールに選択を迫る。
『今回、特別にわたしが手助けをしてあげましょう……ただし』
『ただし……?』
ナイールは何となく次に続く言葉の内容を想像していたが、全ては相手の言動にゆだねられていると悟り、次の言葉を待った。
『まず、あなたの中にいるその意識は、察しの通りあなたの子供だった存在よ』
ナイールはそのことを告げられても、そこに驚きの感情はない。
『あなたは……そう、ナイールっていうのね。それでナイール、今回私が偶然にも見つけたあなたのことを助けて差し上げます。ただし、あなたかその子供かどちらかを選……』
『――では、子供をお願いします』
ナイールは言い終わる前の質問に、被せるようにして答えた。
その質問は既に頭の中で予想されていた内容だったため回答も早かった。
「えぇ……っと。本当にいいのね?こういってはなんだけど、その存在はまだできたばかりだから、生き返っても正常な状態を保てるのは難しいかもしれないわよ?それなら、あなたが戻った方が皆の役に立つんじゃないかしら?見たところ、知識とか経験とか思考とかかなりの物を持っているようだけど……もう少し考えてみたら?」
『いいえ、私は大丈夫です。この子をこの子の命を……どうか、よろしくお願いします』
ナイールの考えに変更は無く、何度言われようともその決定したものを変えることは考えていない意思が伝わってくる。
新たなる存在は、最後に一つだけ問いかけた。
『ナイール……なぜあなたは、自分を差し置いてまで子供を助けようとするの?』
親として、子供の幸せを願うことは当然だと思った。
だがその答えでは、この存在は納得はしてくれないだろうとナイールは考える。
その思いの中を言葉にして、説明をした。
『この子は、私よりも更に長い時間をこれから過ごすことになるでしょう。だとすれば、私よりもこの子方が様々事を見て、感じて、考えていかなければならないのです。それは、決して辛いことではなく楽しいことだと私は知っています。そんな楽しいことを我が子にも体験してもらいたいからなのです』
そこでナイールの言葉は一旦途切れるが、その存在はまだ言いたいことがあるのではと感じとり、ただ待っていた。
『……ですが、本当はその楽しみを私……いや、私とナンブルで伝えてあげたかった。だけど、その資料は、研究や本にして残してあります。それをきっとナンブルは自分の子に伝えてくれる。そう信じています』
ナイールは、伝えたいことを言えて満足していた。
これで自分の子供が助かるなら、もう思い残すことはない。
『……そうですか、その言葉を聞いて考えが変わりました』
『――え!?』
ナイールは焦った。
何か余計なことを言って、気に触ってしまったのではないかと。
それにより、まだ名前も付けていない我が子の運命が閉ざされてしまったのではないかと。
そして、大きな存在は、心配するナイールに告げた。
『ナイール……約束をかなえるための条件を変更しましょう』
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