311 / 1,278
第三章 【王国史】
3-143 出口のない罠
しおりを挟む 廊下を歩く足が重い。こんなに自分の家が重苦しく感じるのは何年振りだろうか。
いつも歩いているはずの廊下が酷く長く感じていた。
海斗はもう二度と行くことはないと思っていた父親の部屋へと向かっていた。
父親の突然の帰宅。橘が知らないはずはない。なぜ教えてくれなかったのか。そしてなぜ突然帰ってきたのか。
歩きながら色んな考えや思いが海斗の中を巡っていた。
ただ一つだけ。今日この時に、優希がこの家にいてくれたことが、海斗の心の支えとなっていたのだった。
久しぶりに見る父親の部屋のドア。前に立つだけで緊張でおかしくなりそうだった。吐き気がする。
以前、優希には強がって話してはいたが、未だに海斗の中で父親の存在は強く、そして恐怖に近いものを感じていた。
しかし怖がってなどいられない。さっさと終えて優希に会いたい。
大きく息を吐き、ぎゅっと拳を作り力を込めると、海斗はドアを2回ノックした。
中から返事はない。しかしそれはいつものことであった。
ゆっくりとドアを開ける。
「遅いぞ……そこに掛けなさい」
入った瞬間、ソファーに座る総司から声が掛かった。そして自分が座る向かいのソファーを指差している。
「…………」
海斗はきゅっと唇をきつく結ぶと、ゆっくりと言われた通りに向かいのソファーへと移動する。そして硬い表情のままソファーに座った。
すると、座った途端にばさばさと何かの冊子をテーブルに放られた。
ぎょっとしながらも冊子を見ると、どこかの外国の文字が書かれている。そして表紙には建物らしき写真が写っている。
「この中から選べ」
足を組み、じっと無表情に海斗を見ながら総司が話した。
一体なんのことなのかと海斗は出された冊子の一冊を手に取った。
しかし、その中身を見た瞬間、それが大学の資料だということがすぐに理解できた。文字はフランス語。つまりパリにある大学の資料だ。
「は?」
眉間に皺を寄せながら海斗は総司を睨み付けるように見た。
「聞こえなかったか? この中から選べと言ったんだ。前に約束しただろう。日本にいるのは高校までだ。大学からはこちらに来なさい」
ぴくりと片方の眉を上げると、厳しい口調で総司が答える。
「…………」
資料をテーブルに戻し、海斗は無言でじっと総司を睨み付ける。
「橘もこちらへ呼ぶつもりだ。この家は売りに出す。あぁ、そういえば、お前の飼っている犬がいたな。あれはどこかへ売るか誰かに譲るかしなさい。家には連れてこないように」
「ふざけんなっ! 俺は行かない。あいつらもどこにもやらないっ」
淡々と話す総司の言葉にカッとした海斗は、思わず声を荒げながら立ち上がった。
「何を言っている。お前がここに残るのは高校までの約束だ。それが条件だったはずだ。口答えするな」
しかし総司は静かに反論するだけであった。
「そんなの知るかよっ。俺は約束した覚えなんかない。アンタが勝手に決めたことだろっ。絶対にパリには行かない」
「いい加減にしろ。誰の金で生活できていると思っているんだ。ひとりで生きていると思うな。何もできないくせに。金がなければ大学も行けないんだからな」
立ったまま睨み付ける海斗をじろりと睨み返し、総司は厳しい口調で言い聞かせた。
「だったら大学なんて行かないで働く。パリにも行かないし、自分で生きてく」
総司を強く睨み付け、海斗はそう言うとそのまま部屋を出て行った。
☆☆☆
自分の部屋のドアを勢いよく開ける。そしていつもの定位置で座って待っている優希のそばへと大股で歩いて行く。
「海斗、お帰り……っ!」
戻ってきた海斗に優希が声を掛けた途端、海斗は正面から優希をぎゅっと抱き締めた。
突然のことに優希は驚きで声を失っていた。こんな海斗の姿を見るのは初めてだった。
「海斗? どうしたんだ? 何かあった?」
そっと海斗の背中に手を回しながら優希は心配そうに問い掛ける。
「……俺、ひとりになっちゃうみたいだ」
ぼそりと呟くように海斗が答える。その声はいつになく弱く、そして悲しげだった。
顔を優希の首元にうずめるようにしたまま海斗は動かない。
「え? 海斗……ねぇ、どうしたの? お父さんの話はなんだったの? ひとりになるってどういうこと?」
海斗の背中をさすりながら優希は必死に問い掛ける。
「…………パリに来いって言われたんだ」
優希を抱き締めたまま、海斗はぼそりと答えた。
「えっ!? そんなっ! 海斗、行かないって言ったじゃんっ! ずっとそばにいるって言ったじゃんっ! なんでっ?」
信じられないような言葉に優希は思わず目を見開く。そして泣きそうになりながら声を上げた。
「……パリには行かない。親父にもそう言った……でも、橘もいなくなる。この家も売られる……ロディとテディも手放せって……」
言葉にしながら更に苦しくなっていった。悲しいのか悔しいのか分からない。ただ、涙が出てしまいそうになるのを必死に堪えながら海斗はぼそぼそと答えた。
「え? 橘さんがいなくなるって……」
一体何を言われたのかと優希は呆然としている。
「親父がパリに連れて行くって言っていた。……どうすればいい? 俺はともかく、ロディとテディが。あいつらを誰かに渡すなんて……」
そっと優希から離れると海斗はきゅっと唇を結び、泣きそうな顔で俯いた。
「海斗……」
こんなに落ち込んでしまっている海斗を見るのは初めてのことで、優希もどうすればいいのかと動揺していた。
そしてあの大きな2匹は賢いと言っても、自分の家で飼うことはできないだろうとも考えていた。
優希は落ち込んで俯く海斗をぎゅっと抱き締める。自分から抱き締めることは初めてだったが、こうすることしか思いつかなかった。
「……優希」
一瞬驚いた顔をした海斗だったが、ぎゅっと優希を抱き締め返した。
どうすればいいのか分からない。自分の力の無さに途方に暮れる。
その時、海斗の部屋のドアをノックする音がした。
「っ!」
まさか再び総司が来たのかと、ふたりはハッとしてドアの方を見つめた。
いつも歩いているはずの廊下が酷く長く感じていた。
海斗はもう二度と行くことはないと思っていた父親の部屋へと向かっていた。
父親の突然の帰宅。橘が知らないはずはない。なぜ教えてくれなかったのか。そしてなぜ突然帰ってきたのか。
歩きながら色んな考えや思いが海斗の中を巡っていた。
ただ一つだけ。今日この時に、優希がこの家にいてくれたことが、海斗の心の支えとなっていたのだった。
久しぶりに見る父親の部屋のドア。前に立つだけで緊張でおかしくなりそうだった。吐き気がする。
以前、優希には強がって話してはいたが、未だに海斗の中で父親の存在は強く、そして恐怖に近いものを感じていた。
しかし怖がってなどいられない。さっさと終えて優希に会いたい。
大きく息を吐き、ぎゅっと拳を作り力を込めると、海斗はドアを2回ノックした。
中から返事はない。しかしそれはいつものことであった。
ゆっくりとドアを開ける。
「遅いぞ……そこに掛けなさい」
入った瞬間、ソファーに座る総司から声が掛かった。そして自分が座る向かいのソファーを指差している。
「…………」
海斗はきゅっと唇をきつく結ぶと、ゆっくりと言われた通りに向かいのソファーへと移動する。そして硬い表情のままソファーに座った。
すると、座った途端にばさばさと何かの冊子をテーブルに放られた。
ぎょっとしながらも冊子を見ると、どこかの外国の文字が書かれている。そして表紙には建物らしき写真が写っている。
「この中から選べ」
足を組み、じっと無表情に海斗を見ながら総司が話した。
一体なんのことなのかと海斗は出された冊子の一冊を手に取った。
しかし、その中身を見た瞬間、それが大学の資料だということがすぐに理解できた。文字はフランス語。つまりパリにある大学の資料だ。
「は?」
眉間に皺を寄せながら海斗は総司を睨み付けるように見た。
「聞こえなかったか? この中から選べと言ったんだ。前に約束しただろう。日本にいるのは高校までだ。大学からはこちらに来なさい」
ぴくりと片方の眉を上げると、厳しい口調で総司が答える。
「…………」
資料をテーブルに戻し、海斗は無言でじっと総司を睨み付ける。
「橘もこちらへ呼ぶつもりだ。この家は売りに出す。あぁ、そういえば、お前の飼っている犬がいたな。あれはどこかへ売るか誰かに譲るかしなさい。家には連れてこないように」
「ふざけんなっ! 俺は行かない。あいつらもどこにもやらないっ」
淡々と話す総司の言葉にカッとした海斗は、思わず声を荒げながら立ち上がった。
「何を言っている。お前がここに残るのは高校までの約束だ。それが条件だったはずだ。口答えするな」
しかし総司は静かに反論するだけであった。
「そんなの知るかよっ。俺は約束した覚えなんかない。アンタが勝手に決めたことだろっ。絶対にパリには行かない」
「いい加減にしろ。誰の金で生活できていると思っているんだ。ひとりで生きていると思うな。何もできないくせに。金がなければ大学も行けないんだからな」
立ったまま睨み付ける海斗をじろりと睨み返し、総司は厳しい口調で言い聞かせた。
「だったら大学なんて行かないで働く。パリにも行かないし、自分で生きてく」
総司を強く睨み付け、海斗はそう言うとそのまま部屋を出て行った。
☆☆☆
自分の部屋のドアを勢いよく開ける。そしていつもの定位置で座って待っている優希のそばへと大股で歩いて行く。
「海斗、お帰り……っ!」
戻ってきた海斗に優希が声を掛けた途端、海斗は正面から優希をぎゅっと抱き締めた。
突然のことに優希は驚きで声を失っていた。こんな海斗の姿を見るのは初めてだった。
「海斗? どうしたんだ? 何かあった?」
そっと海斗の背中に手を回しながら優希は心配そうに問い掛ける。
「……俺、ひとりになっちゃうみたいだ」
ぼそりと呟くように海斗が答える。その声はいつになく弱く、そして悲しげだった。
顔を優希の首元にうずめるようにしたまま海斗は動かない。
「え? 海斗……ねぇ、どうしたの? お父さんの話はなんだったの? ひとりになるってどういうこと?」
海斗の背中をさすりながら優希は必死に問い掛ける。
「…………パリに来いって言われたんだ」
優希を抱き締めたまま、海斗はぼそりと答えた。
「えっ!? そんなっ! 海斗、行かないって言ったじゃんっ! ずっとそばにいるって言ったじゃんっ! なんでっ?」
信じられないような言葉に優希は思わず目を見開く。そして泣きそうになりながら声を上げた。
「……パリには行かない。親父にもそう言った……でも、橘もいなくなる。この家も売られる……ロディとテディも手放せって……」
言葉にしながら更に苦しくなっていった。悲しいのか悔しいのか分からない。ただ、涙が出てしまいそうになるのを必死に堪えながら海斗はぼそぼそと答えた。
「え? 橘さんがいなくなるって……」
一体何を言われたのかと優希は呆然としている。
「親父がパリに連れて行くって言っていた。……どうすればいい? 俺はともかく、ロディとテディが。あいつらを誰かに渡すなんて……」
そっと優希から離れると海斗はきゅっと唇を結び、泣きそうな顔で俯いた。
「海斗……」
こんなに落ち込んでしまっている海斗を見るのは初めてのことで、優希もどうすればいいのかと動揺していた。
そしてあの大きな2匹は賢いと言っても、自分の家で飼うことはできないだろうとも考えていた。
優希は落ち込んで俯く海斗をぎゅっと抱き締める。自分から抱き締めることは初めてだったが、こうすることしか思いつかなかった。
「……優希」
一瞬驚いた顔をした海斗だったが、ぎゅっと優希を抱き締め返した。
どうすればいいのか分からない。自分の力の無さに途方に暮れる。
その時、海斗の部屋のドアをノックする音がした。
「っ!」
まさか再び総司が来たのかと、ふたりはハッとしてドアの方を見つめた。
0
お気に入りに追加
375
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る
拓海のり
ファンタジー
階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。
頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。
破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。
ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

【完結】内緒で死ぬことにした 〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜
たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。
でもわたしは利用価値のない人間。
手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか?
少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。
生きることを諦めた女の子の話です
★異世界のゆるい設定です
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる