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第三章 【王国史】
3-83 二本目
しおりを挟むグレイは懐からもう一つ砂時計を取り出して、テーブルの上に置いた。
初めに使っていた砂時計は、いま砂が落ち切った。
「次は俺だ。準備が整ったのなら言ってくれ……」
「大丈夫か?アルベルト」
ステイビルはアルベルトのことを心配する。
見た目はうまくワイトの攻撃をかわしていたので、ダメージはほぼないように思えた。
だが、相手の攻撃も決して緩いものではなかった。
見切っていたとはいえ、その攻撃を交わすため集中した疲労は相当なものであることがわかる。
ステイビルも変わってあげたいが、参加者は一名だけという条件だったため、何とかこのままアルベルトに頑張ってもらうしかない。
「……もう、大丈夫です。ご心配、ありがとうございます」
アルベルトは閉じていた目を開き、グレイの姿を見る。
そして立ち上がり、鞘に仕舞った自分のパートナーの姿を見せた。
「その胆力と技術、私の兵にも見習わせたい……さて、行くぞ」
アルベルトは刀を下段に構え、グレイの言葉に頷いた。
グレイは何も気にすることなく、砂時計を今の状態から裏返す。
その途端に、二人の間の空気が変わる。
グレイはそういうと、武器も持たずに構えをとる。
「……体術か」
「あぁ、そうだ。これが得意というわけではないが、先ほどの一戦を見させてもらった上での対応だ」
本来の殺し合いであれば刀の長さがある分、間合いを制するのはアルベルトだろう。
だが、これはそうではない、アルベルトの勝利条件は相手の背後を取ること。
確かに、相手を傷つけてはいけないとは言われていない。
それどころかワイトとの勝負は、アルベルトを傷つけるための攻撃をなりふり構わず仕掛けてきた。
”そういうところも見ているぞ……”、そう言われている気がした。
――ブォッ!!
アルベルトの鼻の前で、グレイの後ろ回し蹴りが空を切る。
「敵前でボーっとするとは、余裕だな。……舐めているのか?」
そう言いつつも当てる気配がないことは、アルベルトの脳内でリプレイされた蹴りの軌道で分かっていた。
「相手を気遣っているとはな……余裕だな」
その言葉を聞いたグレイは、鼻で笑った。
「ここからが、本当の始まりだ……行くぞ!!」
グレイは軽く前に突き出した手で、アルベルトとの距離を測る。
下に構えた刀の間合いに入れば、伸ばした腕や脚は即座に切り落とされるだろう。
だが、ワイトがやられた今、消極的な作戦で勝利してもドワーフのプライドに関わってくる。
もとより、グレイには全くそんなつもりもなかった。
グレイは二発、半身でやや前に出た左手で様子を見た。
アルベルトからしてみれば、それは様子見どころの威力ではない。
速いうえに重量のある、拳がアルベルトの頬をかすめてビリビリとした痛覚が肌の受容器から伝わってくる。
アルベルトも、お返しと言わんばかりに下から切り上げてそのまま両手から片手に持ち替え、刀を横に切り払う。
「くくく……いいぞ、なかなかやるじゃないか!」
グレイの胸のボタンが割れているのが見える。
アルベルトの刀を避け切れずに、触れてしまったようだ。
これをきっかけに二人の攻防が、ひたすら続いていく。
見ているハルナやワイト、それに長老たちまでが二人の駆け引きを息を吐くことも忘れて見守っている。
無機質な砂時計だけが、淡々と自分のやるべき仕事を進めていた。
そして、残り時間が一分に差し掛かるころ、戦況は変化をみせる。
二人は始まってからこれまで、お互いの身体に触れられていなかった。
それ程お互いの攻撃の一つ一つが、保たれたバランスを崩しかねない威力がある攻撃だった。
しかし、当たらなければその意味はない。
そのことを、二人は行動で示していた。
アルベルトとグレイは、同じタイミングで距離を置いた。
二人ともこれが最後の攻防になることが、やり合っているうちに感じ取れた。
最後の攻防は、アルベルトから仕掛けた。
刀をまたもや下段に構え、一歩を大きく踏み出しその勢いで刀を切り上げる。
グレイは刀の軌道を読み切り、最小の距離でそれを交わす。
アルベルトは踏み込んだ足を軸にして、身体を一回転させた。
丁度背中を見せた時に刀を持ち替え、柄の一番下を片手で握る。
そのまま振り向きざまに、横一文字にグレイに向かって切りつけた。
――!!
グレイはさらにバックステップで刀の届かないところまで移動しようとしたが、それでは刀の間合いから逃げられないと悟った。
そのまま後方に反り返り、間一髪刀の軌道から逃げることが出来た。
今度はグレイがその反動で、アルベルトの流れた身体に一撃を加えようと足を前に踏み出した。
――!?
しかし、グレイの脚は何かに引っ掛かり踏み出すことができなかった。
よく見ると、腰のベルトが切れておりズボンがずり落ちていた。
バターン!!
グレイはバランスを崩し、前のめりで倒れ込んでしまった。
「ツゥ……!?」
うつぶせになった状態で、冷たい鉄が首に当たる。
「……まて」
長老の一人が、アルベルトに声をかけた。
「時間切れです」
長老は砂時計を指し、砂が落ち切っていることを伝えた。
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