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第三章 【王国史】
3-59 二つの家
しおりを挟む「ただいま戻りました、お父様……」
カイヤムは出迎えてくれた、歳をとった男性に向かって挨拶をする。
「何しに来た?この家、この村を捨てたお前は、ここにいる資格はないはずだぞ?」
「それは、お父様が勝手にお決めになったこと。私はこの家も、この村も捨てたつもりはございません。唯一私の帰る場所です」
「何を勝手なことを……お前を育ててやったのは誰だ?そこまで大きくしてやったのは誰だ?……その恩も忘れ、自分のやりたいことをしたいと家を出ていったのはお前だ。そのおかげで、我が”風”の一族は力を失っていったのだぞ。嫡男に家を捨てて出ていかれた一族と呼ばれながらな」
「……」
その言葉に対して、カイヤムは何も言い返せずにただ黙っているだけだった。
「取り込み中すまない……」
ステイビルが二人の会話に割って入る。
このままの険悪な雰囲気をただ見ているわけには行かず、状況改善のために話しかけた。
「なんじゃ、お前さんたちは?ここは宿場でも何でもない。一刻も早く、ここから立ち去られよ」
「なっ!?王子様なんて口の利き方を!この方は、東の国の王子”ステイビル王子”なのですよ!?」
カイヤムは慌てて説明をし、ステイビルに対して失礼を詫びた。
ステイビルはそんなことを気にもせす、手を貸してくれているカイヤムを育てた父親に敬意は忘れなかった。
「わしらはな、生まれてこの方この”風の守り村”で生活をしているのだ。……東の王国の勝手に領地にされては困る、何の恩恵も受けておらん」
王子を前に堂々とした口調で語る広い世界を知らない父親に、恥ずかしさと恐ろしさと怒りがカイヤムの心中をかき乱していく。
ハルナたちも、ドキドキしながらこの険悪なムードが濃厚な行方を見守っていた。
「……わかりました。一つだけお願いしたいことがあります。軒先を一晩だけお借りできませんでしょうか。我々はそこで休ませて頂き、翌日にはこの村を出発しますので」
老齢の男性の目は見開き、ステイビルの顔を見つめる。
王子から、”お願い”をされたことに驚いていた。
この男性の中では、王国の人物は威圧的に命令するだけのものだと思っていた。
王国と関わり合いが無くても、その存在は認識していた。
大きな力を持ち、大きな争いから国を守っていく。
この集落も、大きな力に狙われていないのは”東の国の領土”として認識されているからであった。
小さな野盗などの損害はあるが、村の中で太刀打ちできない範囲ではない。
王国の名前の配下に置かれ、守られていることは少しは理解している。
だが、その人物の性格はまた別と考えていた。
威圧的と思っていた王家の人間が、自分に対して頼みごとをしてきた。
しかも、何かを取られるわけでもない内容で。
そのことに男は、少し気分を良くした。
頼まれたということは、貸しができるということにもつながる。
男の頭の中でいろいろな算段が繰り広げられていた。
「……仕方ない、その位なら許そう。ただし、何か起きたらすぐに出てってもらうからな?」
男は振り返り、カイヤムに背中を見せる。
ステイビルたちから隠れたその表情には、うっすらと笑みが浮かんでいた。
「申し訳ございません、ステイビル王子」
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「いや構わない、カイヤムさん。いろいろな事情もおありでしょうから。それに王国とはいえ、目の届く範囲でしか管理していなかった……そういう問題も見せつけられた気が」
その気遣いにカイヤムは、ステイビルに対して礼を伝えた。
カイヤムの家の外の広い場所にテントを設置し、ハルナたちはそこで夜を過ごすことにした。
そこで、ステイビルは情報の整理をしようと皆を集めた。
「さて、カイヤム。そろそろ話してもらえるか、この村で一体何が起きているのだ?」
ステイビルは、カイヤムに向かって話題を切り出した。
「はい、この村は数年前から、山から流れる水の量が減ってしまったのです」
問題が起きる前までは、山から水が流れてきてこの村全体が潤っていた。
生活に使われることも当然だが、この村でも農業に山からの水が使われていた。
その水は山の栄養を十分に含んでおり、その水で作られる野菜の味は格別だった。
一部の町からは購入しに来る商人もおり、そのお金でこの村も生活していける部分もあった。
だが、数年前からばったりと流れ込む水の量が減少し、農作物も生活の水さえ困るようになっていた。
それ以来、商人もこの村に足を運ぶことがなくなり、他の集落とも交流を断たれた状態となっていた。
人が寄り付かなくなった途端、野盗や人さらいが発生するようになり治安が悪化していた。
「それで今まで私はほとんどこの村に帰らなかったのですが、戻りながら外の情報を持ち帰ったり少しばかりの物資を運んだりするようになったのです」
「なるほどな、そういうことがあったのか。で、その原因は分かったのか?なぜ水の量が減少したか……」
「それが、この村にはそういった技術を持つ者がおりません。山の中に入ったのですが、ある高さから同じような現象が起きていることは確認しました。技術者を呼ぶと、費用も掛かりますしここまで来てくれる方もなかなかいません」
カイヤムは、いろんな町を巡る中でそういった人物も探していたが、結局費用の問題で断られてしまうのだった。
「それについては、王国に帰ったら相談してみよう。もし、この村が王国の領土と認めてくれるなら……の話だが」
「なぜ、この村は何とか自分たちだけでやろうとしているのですか?さっきも”風”一族だとかなんとか……」
ハルナは自分の属性が出てきたため、その言葉が気になっていた。
カイヤムは、ハルナの質問にどう答えようか迷っていたが、意を決して話すことにした。
「この村には、二つの大きな家があるのです。それは、信仰している”精霊の力”によって生まれたとも言われています」
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