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第三章 【王国史】
3-52 スキル
しおりを挟む「というわけでな、私はこの罪を背負うことになったのだ……」
ハルナとアルベルトは、静かに目の前の妖精が語る話しに耳を傾けていた。
二人はその話しに言葉を挟み、途中で遮ってしまうことができなかった。
氷漬けの少女を見つめながら、ハルナの胸中に様々な思いが巡っていく。
「そ……そんな。それだけのことで……そんな罪を」
「それだけのこと?私が人を殺めたことが……か?」
「そ……それは」
ハルナは、自分が口にした言葉の怖さにハッと気付かされ言葉を失ってしまう。
「いいのだ、人と精霊との違いがそこにあるのだろう。人は許されても、我々は許されなかった……それだけのことだ」
妖精は今の結論に至るまでに、長い時間をかけ繰り返し何度も何度も自問自答を重ねてきたのだろう。
しかし、その答えは世界の理を創り上げた者でしかわからない。
その理の下で生きている者たちには、それを知る術はない。
起きている結果から、考察することしかできなかった。
「お前たちなら信頼できそうだ……一人は精霊使いだしな。お願いがあるのだが、聞いてくれるか?」
「え?はい。できることなら……」
先程の言葉の失敗から、ハルナは少し慎重に話す。
それを察してか、妖精もうっすらと笑みを作りハルナの緊張を解そうとした。
「で、そのご依頼の内容とは?」
警戒するハルナに代って、アルベルトがその言葉の内容を確認する。
「うむ、お願いとはな。私をこの世から消して欲しいのだ。私が完全に闇に飲まれてしまう前に」
「――え!?」
ハルナは驚きの言葉に、耳を疑った。
「で、でも。このスズナさんを……どうされるのですか?それに、消すって一体どうやって……」
「スズナとはいつかお別れするときが来ると思っていた。その時のために、この滝の近くにスズナを眠らせる穴を用意しておいた……それに私の身体の八割は既に闇に侵されている。お前の精霊でこの闇を消してもらえば、あとは自然と消滅していくだろうよ」
「妖精様……本当にエレーナが治る方法はご存じないのでしょうか?」
今まで我慢していた言葉を、アルベルトは口にした。
「そのことか。そういえば、それがお前たちがこの場に来た本当の理由だったな。それについては実際に診て判断しないと何とも言えない。だが、今の私にはもうその力は使えなくなっている」
「……」
アルベルトが、何とかすがりたい気持ちを抑えグッと我慢をする。
「だがな。私の培ってきた記憶や知識は渡すことはできないが、そのスキルをお前たちに渡すことができる。……ただし、お前たちの中に水の精霊がいればの話だ」
「それなら、エレーナの”ヴィーネ”という精霊が水の精霊です」
「そうか。しかし、これは賭けだ。闇によって犯されているのであればそのスキルを使って治すことができるだろう。そうでない場合は、それなりの薬草や病気の知識が必要となってくるぞ」
「でもそれは、どうやって?」
「私はこの身体が闇に飲まれる前に、このスキルを伝承するために結晶化することに成功した。多分、身体が消滅すれば出てくるであろう。それを持ち帰って水の精霊に渡すがいい」
「わかりました、もうそれしか方法はなさそうですし……」
「うむ。理解してくれて助かるよ、アルベルト」
妖精は早速、氷の中に入っているスズナを抱き抱えて洞窟を出ていく。
滝の横にある草むらの中に、長方形の穴が開いている場所にスズナの身体を寝かせた。
アルベルトと妖精は、その上に土を掛けて埋葬した。
「さらばだ、スズナ。またどこかで……お前と」
そう言って、妖精は土の中のスズナの氷を解除した。
妖精はその上に、小さな花を植えていた。
スズナが以前、香りが好きだと言っていた小さな花びらで咲く花だった。
ハルナたちは再び、洞窟の中に戻ってきた。
妖精は、ずっとここで生活をしてきたスズナとの思い出のこの場所の風景を最後に目に焼き付けた。
そして、その場に横たわり手を組んで横になる。
「悪いな。初めて会ったお前たちに、こんなことを……しかもお前たちが私に頼ってきたはずなのだが」
「いえ、大丈夫です。でも……本当にいいんですか?」
妖精は、そのハルナの言葉にニッコリと微笑んだ。
「あぁ、よろしく頼む。最後に、お前たちのような人間に出会えたことが……本当に……」
随分と弱った様子で、最後の方の言葉は聞き取れなかった。
「フーちゃん」
「はい」
フウカが姿を現し、ハルナの肩の上に乗った。
「聞いてたわね?この妖精さんの黒いヤツ……、消してあげて欲しいの」
「ほ、本当に?い、いいの?」
「ごめんねフーちゃん、こんな事させて。でも、フーちゃんしかこの人を助けてあげられないのよ」
「わかった……」
フウカは、妖精の身体に光を当てていく。
すると光を当てられた黒いシミは、霧状になって蒸発していった。
溶けていった身体は、欠損した状態になっている。
通常であれば表面から黒いシミだけが取れて、その後に本来の身体の組織が残っているはずだった。
それ程深く、長年にわたり身体を侵されていたという証拠だ。
徐々に黒い部分は消えていき、それと同時に身体も消えていった。
「お前たちは……いい関係なんだな、お互い信頼し合っている。私も初めて契約したときも……そうだ……った」
妖精は身体の半分以上が消えて残りわずかとなり、言葉を話すのも辛そうだった。
「あぁ……もう少しで……楽に……本当に……ありが……と」
そういうと、妖精の身体は光の粒になり空気の中に消えていった。
そこには水色をした、濁りや気泡のない水晶のような結晶が残されていた。
ハルナはそれを手に取り、大切に布で包んだ。
「……ありがとうございます。ゆっくり休んでくださいね」
そう言葉を残し、洞窟を後にした。
『……様、お兄様!』
『その声は……す、スズナ?お前、スズナなのか!?』
『はい、そうです。私、初めてお兄様のお顔を拝見しました。想像通りの優しそうなお方で安心しました』
『お前……目が見えるのか?』
『はい。今はちゃんと見えておりますよ、お兄様の驚いているお顔も』
そう言ってスズナは、クスクスと笑った。
『長い間、よく頑張ったわね。さすが、私の契約した精霊だわ』
『あ、あなたは。私の……』
『そうよ、随分と待っていたのよ。またこうして再び会えることを……ね。そうだ、私たちがこちらの世界を案内してあげない?どう、スズナさん?』
『そうですね、やっとお兄様とお会いできたのです。これからは、ゆっくりとまた一緒に……さ、行きましょう!』
『あ、あぁ。よろしく頼む』
三人は、楽しそうに光が輝く方へ再会を喜び合いながら楽しそうに歩いて行った。
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