215 / 1,278
第三章 【王国史】
3-46 滝の裏の主
しおりを挟む『誰だ、お前たちは……ここへ何しに来た?』
姿の見えない声に、アルベルトは答えた。
「ここに病に効く苔が生えていると聞き、それを採りに参りました」
『そのようなものはここにはない……早々に立ち去るがいい』
「待ってください!私たちの友人が、病で危ない状況なのです。何か助かる方法をご存じないでしょうか!?」
ハルナは、こちら側だけの事情で申し訳ないと思いつつもエレーナの命に関わることなので、必死にお願いをした。
『こちらが知ったことではない。これ以上ここにいるとただではすまんぞ、早々に立ち去れ!』
「お願いします、何かご存じなら……え?」
その瞬間、ハルナの身体に軽い衝撃波が通り抜ける。
だが、ハルナの身体には何も変化がなかった。
「なに?何かしたの?」
『そうか……お前は精霊使いか。しかし、隣のやつは無事ではない様だぞ』
ハルナは隣を見ると、アルベルトが脂汗を流しながら崩れ落ちない様に必死に耐えている。
「アルベルトさん!どうしたんですか!?」
ハルナは、アルベルトの肩に手をやり身体を支えた。
「は……ハルナさんは、へ、平気なのです……ね。風が吹いたと思ったら、急に頭が割れそうに……痛くなって……ぐっ!」
いつも丈夫なアルベルトが、ここまで苦しんでいる姿をみるのは初めてだった。
これが、この声の主の仕業であることは判ったがどうすればいいのか、ハルナは判断に迷う。
『このまま大人しく帰るならば助けてやろう。だが、二度とここには近寄らないことを誓え。……いや。そうだ、いいことを思いつた。もう一つ選択肢を与えてやろう。苔を上げてもいいがそいつは一生そのままで過ごすことになる。ただ、この苔がお前たちが掛かっている病気に効くとは限らんがな――さて、どっちを選ぶ?』
アルベルトはこの選択を、ハルナに託した。
アルベルトは、あくまで王選の付き添いという立場という立場であるからだ。
重要な決断については、王選として選ばれた王子、またはその精霊使いが行うべきだとの判断だった。
「え、そんな。どうしよう……」
『早く決めないか。あと二十数える間に決めないと、どちらも逃してしまうことになるぞ。……二十』
ゆっくりと焦らせるように、声の主のカウントダウンは進んで行く。
『……十二……十一』
その時、ハルナの指輪がうっすらと光を帯びた。
(ハル姉ちゃん!?なんとか話は出来そうだね)
(フーちゃん、よかった。さっきの衝撃波でフーちゃんのことが感じられなくなって……無事なんだね)
(どうやら、さっきの力で封じ込められたみたい。あの人かなり力のある妖精だよ!)
「え?あの人、妖精なの!?」
ハルナは驚きのあまり、心の中の会話を大声に出してしまった。
「――グハッ!」
その瞬間アルベルトの頭は痛みから解放され、楽になったことで力が抜けその場に膝を立てて崩れ落ちた。
「アルベルトさん、大丈夫ですか!?」
「た、助かりました。ハルナさん……」
抑制が解かれた途端、フウカが姿を見せた。
「やっと出てこれたー!」
「私の正体を見破ったのは、お前たちが初めてだぞ」
その声のは、ハルナたちに向かって近付いてきた。
入り口から入る微かな明かりが、そのシルエットを浮かび上がらせた。
「……お前、風だな?久しぶりに、人型の精霊と出会ったよ。少しだけ懐かしいな」
「あなた、精霊なの?そんな風には見えないけど……」
「お前が契約者か……ん?お前、既に……いや少し違うな。お前はこの世の者じゃないのか?」
「そうです……信じてもらえないかもしれませんが、私は違う世界からやってきたのです」
「それなのに、精霊と契約……できたのか?」
「そのようです。あ、この子が私の精霊で”フウカ”ちゃんです」
「なるほどな。繋がりは、強いな。だが、まだまだうまく使いこなせてないな。……しかし、世の中まだまだ知らぬことが多いな」
妖精はさらにハルナたちに近寄り、その顔ははっきりと見えた。
背丈は青年のようで、アルベルトよりは小さめだった。
髪は肩までかかり薄い緑色で、ブラウンの目をした男性だった。
元は白色だったグレイのローブを纏い、素足のままこちらに向かってきた。
「お前たちが、悪いものではないことは初めからわかっていた。だが、お前たちの力になるものはここにはない」
「その苔というのは……」
アルベルトが意識を正常に戻し、話しの中に加わってきた。
「確かにはるか昔に、人を気まぐれで助けてやったことはある。だがそれは苔の力ではない」
「と、いいますと?」
「それは、私の”水の力”をもって体内を正常化しただけなのだ。しかし、そんな力が判ってしまえば、”人間”は私を利用しに押し寄せてくるだろ?」
「その力を隠すために……苔を?」
「そうだ、なかなか物分かりがいいな。そうすれば、こんな危険な場所には中々来ることはできないし、生息している数も限られているからな」
「失礼とは思いますが、その力をどうかお貸し頂けませんでしょうか」
アルベルトは妖精に深く頭を下げ、お願いする。
「人間よ、悪いがその力は私にはもう使えぬのだ……」
「それは、何故ですか?」
アルベルトは、何とか希望がないか食い下がる。
妖精は、静かに上半身ローブを脱いでその身体を見せる。
「見よ……私は過ちを犯し、既に魔に置かされているのだ」
0
お気に入りに追加
375
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる