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第三章 【王国史】
3-33 世代交代
しおりを挟む「……わたくし”ヴェーラン”が今、その道案内の役目を授かっているものでございます」
老婆はそういって、そのいきさつを話す。
思い出すのは、ヴェーランがまだ幼少の頃。
初めて見たのは、自分の母親が現グレイネス王の父親の王選を行っているときの様子だった。
王子と二人の女性は、真剣に母親が話す物語をヴェーランはたまたまその近くで聞いていた。
それから月日が流れた。
ヴェーランの母親は当時の流行り病に罹ってしまい、そこから長い間床に臥せていた。
そんなある日、ヴェーランは母親に呼ばれた。
「ヴェーランや、私の話をよくお聞き。今度はお前がエフェドーラの本家に与えられた役割を果たさなければなりません」
「お母様、何ですか……その役割とは?」
母親は咳き込みながらゆっくりと身体を起こし、ヴェーランの目を見つめた。
「いいですか、よくお聞きなさい。我々は、王子と”大竜神”様をお繋ぎする役目を請けているのです」
「……え?大竜神ってお伽噺の話じゃないの?」
「確かに王選は全ての大精霊と大竜神の加護を請けなければならないとは知っていますが、実際にその存在を信じている人は少ないでしょうね」
「それはそうでしょう?誰も見たことがないし、本気で信じている人なんていないと思わよ。それに、本当に助けてほしい時に助けてくれないじゃないの!?」
ヴェーランはずっと母親の回復を、大竜神や大精霊に祈り続けていた。
しかし、いつまで経っても回復の兆しは見えず、衰弱していくだけだった。
ある者たちは、”信じる気持ちが足りない”とか”お供え物が足りない”などというが、ヴェーランは信じ切ることができなかった。
「ふふふ、そうでしょうね。さすが私の娘だわ、全く同じ考えなのね。……でもね、本当にいらっしゃるのよ。だからこそ、こうしてその所在は秘密にしているの」
「でも、見たことはないんでしょ?」
「実際には……ね?ねぇ、今から町の池に連れてってもらえる?少し二人でお散歩しましょ」
「え、いいの!?」
ヴェーランは母親のその提案がとても嬉しかった。
青年期になってから、母親はずっと床に臥していた。
身体のことを心配し、一緒に町を出歩くことなど叶わなかった。
ヴェーランは車椅子を用意し母親を乗せて、二人で日が落ちかけている町の中を進んでいった。
「ほら、ヴェーラン。池に映るディヴァイド山脈と夕日が綺麗ね。もうすっかり、畑も収穫の時期ね。黄金色の草原みたい」
そうして、母親はその情景を歌にして歌ってみせた。
楽譜にするとほんの十六小節くらいの曲だったが、その覚えやすいメロディと歌詞はヴェーランの心の中に記憶された。
「わぁ、素敵な歌ね!私もう覚えたわ!」
そして二人は、もう一度その歌を歌った。
ヴェーランのメロディに、母親は優しく和音で寄り添った。
「うふふふ、いい歌だね!」
「ゴホッゴホッ!?」
「お母さま!?」
咳を抑えた母親の手には、自分の血が付いている。
でも、母親はしっかりと意識を保ち池に向かって言葉を掛けた。
「モイス……様、水の大竜神”モイス”様……」
母親が池に向かって、そう呼びかけた。
ヴェーランは母親の身体を支えながら、呼びかけた池の様子を見守る。
『……我を呼んだか?標人(しるべびと)よ』
「――え!?」
池の表面に竜の顔が浮かび上がり、ヴェーランは言葉を失う。
「お久しぶりです、モイス様。この度、私の娘に役目を譲ることにしました。もう、身体が持たないようですので……」
『うむ、そうか。ご苦労であったな。もうすぐ次期王選が始まると、現王より聞いておる。その役目……もう果たせそうにないか?』
「はい……申し訳ございません。ですが、次のお役目は……ゴホッゴホッ……こ、この娘の……ヴェーランが」
水面に映った竜は、紹介されたヴェーランの顔を見る。
『そうか、わかった。後は、この娘に任せゆっくりと休むがよい。……ヴェーランよ』
「は、はい!」
ヴェーランは、竜から名前を呼ばれ驚く。
『お主の母を想う”声”、届いておったぞ。だがな、自然界の中で決まっていること……お前たちの言う”摂理”は変えることはできぬのだ。お前の望みは叶えてやれぬ。……許せ』
ヴェーランは驚いた、声は届いていたのだった。
だが、目の前の竜は言った。
これは”自然の摂理”なのだと。
「ヴェーラン、後はよろしく頼むわね。この池の水は”モイス”様とつながっているの。水脈をたどれば、モイス様のところへいけるはずだわ」
『ヴェーランよ、このことは王子や王選の者以外には知られてはならぬ……我らも世の中を構成する一部なのだ』
「は、はい。わかりました。”モイス様”」
『うむ、頼んだぞ。ヴェーラン……お前の母はよくやってくれた、安心するがいい』
そういうと、モイスは水面から姿を消した。
「ヴェーラン……いろいろとごめんね、母親らしいことをしてあげられ……なかった……愛しているわ……いつまで」
車椅子の女性は最後まで言葉を言い終えることができなくても、ヴェーランに手を握られたまま幸せな顔で静かに眠りについた。
ヴェーランは、涙を流さなかった。
自分に役割を引き継いでくれた母親に感謝し、母親の人生を誇った。
車椅子を押しながら、ヴェーランは先ほど覚えたばかりの歌を歌った。
何度も何度も、忘れないように歌った。
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