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第三章 【王国史】
3-17 次への準備
しおりを挟むバタバタした日々が落ち着きを取り戻したころ、ようやくハルナたちもここでの生活に不満のないものが訪れつつあった。
大きな広場でハルナとエレーナはフウカとヴィーネを解放し、お互いに技を試し合う。
ハルナは手で銃のような形を作り、人差し指の先に空気を集め塊を作る。
そして引金を引くように意識させると、その塊は目標に向かって飛んでいく。
「痛ぁー!」
エレーナの腕に、見えない塊が当たる。
更なる危険を感じ、エレーナは前に水の壁を作った。
防ぐ目的ではなく、わざと通してどこを通過しているかこれで見極めるためだった。
「よーし、これで……痛っ!?」
エレーナは背中に石が当たったような痛みを感じた。
「へっへー、そんなことしても無駄だよ。見えない弾が追いかけていくんだから!」
そのハルナの言葉が、エレーナの心に火を点けた。
「それじゃあ私も、本気でいくわよ……」
エレーナが怒りで声を震わせながらそういうと、この辺り一帯が冷たい空気に包まれる。
すると数秒で辺りに霧が発生し、ハルナが造っている空気の塊の動きが霧の動きによって可視化することが出来た。
「おい、そろそろその辺でやめないか!?」
その様子を見ていたステイビルが、これ以上はケガをする恐れを感じて、二人を止める。
その声に驚き、エレーナが可視化したひとつだけと思われていた無数に浮かぶハルナの空気の弾丸が消えていった。
「いつの間に、そんなことできるようになったの!?」
「この前の王宮精霊使いの訓練の時なんだけどね……あっさり見破られてショックなのよ……」
ガックリと肩を落とす、ハルナとフウカ。
自信のあった作戦だったため、そうそう見破られる事はないと思っていた。
対して、エレーナもハルナの成長ぶりには驚きを超えたものを感じた。
だが、ヴィーネの気持ちに感応してハルナを憎んでいたときのような感情はなく、追い抜かされてしまうという恐怖心から感じるものだった。
「ステイビルさんは、終わったんですか?」
「あぁ、ひとまず休憩だ。あの二人は、まだやっているよ」
アルベルトとソフィーネはまだ、手合わせの途中だった。
ステイビルは、アルベルトと剣術の訓練をしていた。
シュクルスとは違い、ある程度の腕前をみせる。
その実力は、西の国でのカステオとの対戦でも証明されていた。
が、アルベルトやソフィーネの方が実力は上であった。
で、今はそのアルベルトとソフィーネが剣を使っての手合わせを行なっていた。
その内容は、アルベルトが本気を出してやや押している程度の実力差であった。
「あのアルが、ほぼ互角だなんて……」
エレーナは驚いていた。
アルベルトの父親も、名のある剣士だった。
今でこそアルベルトに敵わなくなっているが、その理由は加齢による体力の衰えが原因だ。
その父親から剣を教わり育ったアルベルトなら、そこらの者には負けることはないと思っていた。
しかしあまり剣を使用したところを見たことがないソフィーネに対し、互角でしか対応できていなかった。
「そんなに残念がることはないぞ、エレーナ。お前のところにもいるマイヤたちもそうだが、ソフィーネは我が国が誇る"諜報部員"だ。名のある戦士のように目立つことはないが、その実力は国を衛るには必要な実力なのだ」
騎士団や警備兵は集団で行動するが、諜報員はほぼ単独で行動する。
危険な場所で、自分の身を助けてくれるものはいない。
自分のことは自分で守るしかない。
そのために入念な準備や事前に情報収集を行い、現場でどんなイレギュラーな出来事にも対応できる判断と戦闘力が必要となる。
諜報部員はなりたくてもなれるものではなく、諜報部からスカウトされなければ入ることができない。
「おや、ハルナ様?それに、皆さんお揃いでどうされたのですか?」
ソフィーネが声をハルナに声をかけた。
ステイビルが話している間に、ソフィーネとアルベルトは終わっていた。
「もしかして、お昼に誘っていただきに来たのでしょうか?……お待たせして、大変申し訳ございませんでした。さっ、食堂へ参りましょう!」
お腹が空いたと言わんばかりに、ソフィーネはニコニコと先頭を歩いてハルナたちを引っ張っていく。
その後ろには、疲れ切ってエレーナに支えられるアルベルトの姿があった。
「大丈夫、アル……歩ける?」
「あぁ、大丈夫だ。……だが、もう少しだけ休ませてくれないか」
まだ肩で呼吸をするアルベルトを見て、相当神経をすり減らした戦いをしたのだと推測した。
今は、勝負の手合わせの結果を聞くのはよしておこうと、エレーナはなんとか呼吸を落ち着かせようとするアルベルトを傍で見守った。
――?
食堂に着くと、ハルナはその違和感に気付く。
「おかえりなさいませ、ハルナ様、ステイビル様」
従者の制服姿が、朝までと変わっていた。
ジェフリーがいなくなってから、真っ先に変えたのが従者の制服だった。
女性の服は、全身を覆う白いワンピースにエプロンをつけただけのようなシンプルなものが用意された。
しかし、今回の制服は明らかに全身メイド服を意識したような制服になっていた。
目の前の従者は制服の変更が嬉しかったのか、表情が明るい。
ハルナは、前回の制服を指示している後を歩くステイビルに確認した。
「これは……ステイビルさんの、指示ですか?」
ステイビルはハルナからのその問いに、首を横に振った。
ハルナは、横から突然声を掛けられた。
「ハルナ様……おかえりなさいませ!!」
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