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第三章 【王国史】
3-16 失望の先に
しおりを挟むここは、町から離れた農業地帯。
公共の有料馬車が、この村の入り口に停まった。
ジェフリーは、馬車から降りるときに足に力が入らずに地面に転がり落ちた。
「お客さん、大丈夫ですか!?」
派手な転がり方に、御者も心配そうにジェフリーの様子を伺う。
ジェフリーは地面に両手を付いて、ゆっくりと立ち上がり膝に付いた土を払い落した。
そして、ポケットからお釣りの出ない様にぴったりの金額を御者に手渡した。
「……確かに。それではお気をつけて、またのご利用を」
御者はジェフリーにそう告げて、また馬車を町の方向に向かって走らせた。
馬車がいなくなった今、時々遠くから馬の嘶きや牛の鳴き声が聞こえてくる。
ジェフリーはこの辺りで一番大きな平屋の家に向かって、ヨタヨタとしながら歩き始めた。
ジェフリーは目的の場所に到着し、その家の外観を見渡す。
そのあちらこちらに洗濯物や運搬具など、生活の様子が見受けられる。
家の周りをグルっと回り、人影がないか確かめて歩く。
歩き始めて四分の三周したあたりで、一人の女性に出会った。
ジェフリーは、その女性を見て名前を呼んだ
「……ユウナ」
声を掛けられた女性は、その声の方に振り向いた。
「ジェフリーさま!?」
こんなとこにいるはずのない人物が目の前にいる驚きと、あまりにも変わり果てた姿にユウナは驚いた。
「ど、どうされたのですか?何か起きたのでしょうか!?」
その久々の姿を見たジェフリーは、涙が零れ落ちそうだった。
(やっぱり、俺はユウナしか……もう一度ユウナと)
そう思って、ユウナの傍に近付く。
「……ママ、どうしたのぉ。大丈夫?」
家の中から、ユウナを呼ぶ女の子の声がする。
「ユウナ……お、お前。まさか……」
「大丈夫よ。すぐにお昼にするから、もう少し待ってなさい」
「はーい!」
信じられないといった顔つきで、ジェフリーはユウナの顔を見る。
「はい、ジェフリー様にこちらの家に預けられた際に、こちらの若旦那に気に入って頂いて……」
「そうか……そうだったのか」
またしてもジェフリーは、力が抜けて地面に座り込んだ。
「大丈夫ですか?今日はどうしてこちらに?」
ジェフリーはショックのあまり、ユウナの声が耳に入ってこなかった。
「……ジェフリー様?」
「あ、あぁ。大丈夫だ。元気にしているか様子を見に来ただけだ、これからも元気でな」
「……?は、はい。ジェフリー様も、お気をつけて」
ジェフリーは立ち上がって、ユウナに背中を向けた。
「あの……兄は……ベスは元気にしておりますでしょうか?」
「あぁ、元気にしているぞ。だが……いや、なんでもない」
心配そうに見つめるユウナに再び背を向けたあと、ジェフリーは告げる。
「それではな、もう会うこともないだろう。幸せに暮らせよ……」
「……あ、ありがとう……ございます」
ユウナは今まで、優しい言葉を掛けられたことがなかったため驚いた。
事情を聞こうとしたが、再び家の中からユウナを呼ぶ声がしたため、ユウナはジェフリーの背中にお辞儀をして家に戻った。
施設に戻ったジェフリーは、自室に戻り施設を出る準備をする。
出掛ける前にいつも一緒にいた二名の女性に、荷物を用意するように頼んでいた。
ただ、荷物が少ないことにジェフリーは気付く。
「おい、お前たちの荷物はどうした?」
「……何をバカなことを。ジェフリー、アナタとは今日ここで契約終了となります」
「な!?それはどいういう……」
「我々は、最初からそういう契約でしたでしょ?」
「アナタのお金を自由に使っていいが、あなたの”お世話”をするということでした。ですが、アナタはいま商売を禁じられ、これからは所持金が減る一方ですよね」
「それですと、いずれ自由に使えなくなってしまいますので、我々とはここで契約終了です」
「それでは、ジェフリー”さま”。お元気で」
そう告げると、二名の女性は部屋を出ていった。
そうして、ジェフリーは用意された荷物を持って屋敷を出ていく。
ベスは、声を掛けないがその様子を見守っていた。
「ベス……か。お前ともいろいろと長い付き合いだったな。小さい頃、お前の行動の意味に気付いていれば……こんなことにはならなかったかもしれないな」
ベスは、声を掛けることを禁じられているためジェフリーのその顔を見つめて応える。
「ユウナは……元気だったぞ。そういえば、子供がいたなぁ……。町のはずれの農業地帯の元締めをしている家に嫁いだそうだ……今度、行ってあげるといい」
ベスは、ジェフリーからユウナの情報が聞けて驚いた。
それと同時に、ジェフリーに感謝の気持ちが涙となって流れ落ち続けた。
「それじゃ……な。元気でな」
そう言って、ジェフリーは施設の玄関に向かって歩き始めた。
ベスは、ずっとその姿を見守っていた。
ジェフリーは、施設の敷地を出た。
振り返りたい衝動を、必死に堪えていた。
「ジェフリー様!お待ちくださいー」
後ろから声を掛けられ、ジェフリーは立ち止まる。
「ジェフリーさまー、ジェフリーさまー!!」
もう一度、声を掛けられたジェフリーは後ろを振り向いた。
すると、一人従者が走って追い掛けてきた。
「どうした?私に話しかけてきてはダメなのではないのか?」
ジェフリーは、追いかけてきた従者の女性に話しかけた。
従者の女性は必死に呼吸を整えながら、ジェフリーの声に応える。
「はい……話しかけたら……どうなるか……聞いてみましたところ……この施設の契約は解除するとのことでした」
「おい!?ならば、急いで戻れ!出なければ、働き口がなくなってしまうぞ!?」
「いいんです、ジェフリー様。私はあなた様に付いて行きます」
「――!?」
「わたしは、あなた様の優しさを存じております。ジェフリー様は、本当はお優しい方です」
その理由を聞くと一度体調が悪く仕事でミスをしたが、ジェフリーは許してくれた上に休むように言ってくれたことを覚えていた。
「わたしは、あのいつも後ろにいた方の様に容姿もよくないですしが、ジェフリー様のお側に仕えたく思います……よろしいでしょうか?」
ジェフリーは、うれしかった。
この従者が言ったことは覚えていた。
あの時は、たまたま機嫌が良くそういう行動に出ただけだった。
でも、この女性にとってはステイビルの命令を破ってまで自分について来てくれた。
「……給与は、そんなに出せないぞ?」
「構いません、お側でお世話ができるなら!」
その女性は、ニッコリとジェフリーに笑いかけた。
そして二人は新しい居住を探しに、歩き始める。
その後ジェフリーはこの女性と一緒になり、女性の実家が営んでいた農家を継いだ。
商売ではなく、主に自給のためステイビルの罰にも違反することなく暮らしていくことができたのだった。
やがて農業は王国の食糧事情を賄えるまでに発展し、マーホンと取引できるようにまでなる。
ようやく、ジェフリーにも安らげる時間が訪れた。
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