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第二章 【西の王国】
2-95 夜の城下町
しおりを挟む「ない……どこにもない。どこにやったのかしら…… ねぇ、そこの警備兵。ボーキンから預かったものはこれが全部?」
「はい、フェルノール様。ボーキン様からお預かりした装備は、これが全てです」
「そう……それで、ボーキンはいまどこに?」
袋の中から短剣を取り出し、尖ったその先を人差し指で弄んだ。
フェルノールの人差し指の腹から、赤黒い血が滲みでる。
「ボーキン様はいま、本部に向かっておられます。今回の一連の騒動についてご報告されるようです」
「わかったわ……ありがとう」
フェルノールはすれ違いざまに兵士の顎を撫でながら、お礼を告げてその場から立ち去った。
「いらっしゃいませ。あ、それより”おかえりなさいませ”の方が、良かったかしら?」
「スィレンさん、お邪魔します。また、お世話になってすみません」
「うふふ、いいんですのよ。ハルナ様もクリエ様も、ご無事で何よりでした。さぁさぁ、こんな場所よりも中にお入りくださいましね」
「「お邪魔しまーす!」」
ハルナとクリエは、またこの家にやってきた。
居心地の良さから、”帰ってきた”ような気持に錯覚してしまう。
エレーナとルーシーたちも、ハルナの後を追って入っていく。
遅れて到着したニーナとアーリスも、ボーキンの屋敷の中に入っていった。
全員が座れる大きなテーブルの部屋に集まった。
スィレンはどこかに仕舞っていた椅子を持ち出し、人数分座れるように準備をしていてくれた。
さらにお茶やお茶請けまで用意してくれて、エレーナは恐縮しっぱなしだった。
それを見てアーリスも手伝いを初め、仲良くなったクリエも動こうとしたがソフィーネが代わりにスィレンのことを手伝ってくれていた。
「……さて、これからどうしましょうか?」
「その前に、もう一度状況を整理させてはくれぬか」
ニーナの言葉に、ステイビルが答える。
これからの件に関しては王子のみならず、東の国で待機していたエレーナたちとアーリスも詳しく状況を聞いていなかった。
ここで一度状況を整理すべきであると、全員一致して今までの経緯を確認し合うことにした。
カルディはクリエに頼まれて、ゴーフによる襲撃の尾根の手前で分かれた状態から順に起こった出来事を話していく。
宿屋でのマギーとその家族のこと、冬美のこと、ボーキンを紹介してもらったこと。
先程通ってきた西の関所での問題、洞窟の牢に入れられたこと。
エルメトが助けに来てくれたこと、ボーキンの家で匿ってもらえたこと。
「……そこから東の国の拠点に戻り、あの騒動が起こることになります」
「有難うございます、カルディさん。……にしても結構大変だったわね、ハルナも」
エレーナがハルナを気遣う。
この話の中で、エレーナが一番興味を引いたのが”冬美”の話だった。
いつもハルナと一緒に居ることが当たり前過ぎて、別な世界から来たことを忘れていた。
現実にハルナと同じ世界から来た他人の痕跡が残っていることをみると、ハルナが別の世界の人物であること再認識せざるを得なかった。
だがそれ故なのか、ハルナは普通では考えられないほどの精霊使いとしての力を見せている。
他の世界からやってきた者は、そういった特別な力を身に付けることができるのか?
そうするとなぜ”フユミ”という女性は、助からなかったのか?
”
エレーナの頭の中に、処理できないほどの疑問が浮かび上がる。
その負のループを破ってエレーナを救ったのは、キャスメルだった。
「ハルナさん……エレーナさんの仰る通り、とても大変でしたね。そして同じ世界から来た方がお亡くなりになり、本当に残念でした。ですが、ハルナさんはいまこうして生きていますし我々を助けてくれています。もう、この世界ではなくてはならない存在です」
最後の言葉に、クリエはウンウンと頷き賛同する。
「元の世界に戻りたいというお気持ちもあるかもしれませんが、もしよければこの世界でもっと私たちを助けてください。そして、一緒に元の世界に帰れる方法も探しましょう!」
何故かキャスメルの演説のような言葉に、自然と拍手が起こる。
ハルナも戻りたいという気持ちもなくはないが、この世界にも順応している。
どうして、こんな話になったのかもうわからなくなったが、戻る方法もあれば探してみるのもいいかなと、そのことをハルナは心の片隅に留めておくだけにした。
ここは西の王都の中で、最も賑やかな城下町。
警備兵も任務が終わり、町に繰り出すことも多い。
西の国は力が全て。
メインストリートから裏に入った酒屋では、毎日ケンカが繰り広げられている。
その理由も、もはやどうでもいいことから、積年の恨みなど多種にわたる。
今日も裏通りでは、拳が人を殴りつける鈍い音が響き渡った。
――グハッ!
拳を突き出した男は泥酔はしているが喧嘩に関しては、自然と身体が動き素人には歯が立たないほどの腕の持ち主だ。
「へっ、今度から相手をみて喧嘩を売るんだなぁ。おぅ、お前ら他んトコ行くぞ!」
そう言って取り巻き数人と一緒に連れて、他の飲み屋を探しに行った。
倒された男も、決して弱そうには見えない。
だがその男は何事もなく、まるで練習試合のような余裕のある格の違いを見せつけた。
その男は路地裏でフードを深くかぶった女性を見つけた。
仲間に目線で合図して、その女の方へ向かった。
「よう、こんなところでひとりでいちゃあぶないぜ?それとも、誰かをまってんのか?」
周りの男たちも、下種な声で笑う。
「どうせなら待ってる間、俺たちの相手をしてくれよ……」
だがそのフードを被った女は、その男たちに何の反応も見せない。
路地裏で街灯が届かず、しかもローブのフードでその顔はハッキリと見えない。
一人の男が、肩に手を当ててその顔を見ようとする。
「おい、ちょっと顔を見せてみろよ。……乱暴なことはしたくねぇんだ……な?」
強引に振り向かせると路地の壁に遮られていた街灯の明かりが、フードの中を照らす。
「ヒィ!……ば。化け物だ!!!」
顔の半分はただれた様に、溶け落ちている。
もう半分は、何とか元の美貌を保っているが、皮膚の下は虫のようなものが蠢いているのがみえる。
男は女の肩から手を離そうとするが、接着剤で付けられたように離すことができなかった。
「お、おい離せ……離せ!!」
男は残された手で、フードの女性を殴りつける。
――!?
拳をぶつけた先に、全く反応がない。
何か柔らかいものに当たっている気がして、相手に与えるダメージは全く感じられない。
「に……逃げろ!」
大きな男は、この雰囲気にただならぬものを感じて大きな声で叫んだ。
だが、男たちはこの場から逃げ出すことは叶わなかった。
薄暗い足元には、黒い粘着性の液体が足に絡みついている。
それはアメーバが敵を捕食するかのように、徐々に男たちを浸食し溶かしていく。
男たちは既に口をふさがれ、叫ぶことさえできなかった。
ただ男たちで助かったのは、痛みもなく貪食されていったことだけだ。
「ふぅ……これで、何とかもうひと時、この身体も持ちそうね」
フードの中の顔はすっかり修復され、今まで通りの顔に戻った。
フェルノールは満足そうに笑い、その場を立ち去った
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