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第二章  【西の王国】

2-93 託された剣

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矢は男の背中に、深く刺さっていた。



――ゴボォ



男は口から血を吐き、膝から崩れ落ちる。



「誰か!誰か来て下さい!!」



オリーブが、叫んで警備兵を呼ぶ。



「大丈夫ですか!?いま助けが来ます!!」


そう言いつつシュクルスは、男の手に縛られたロープを外す。
ほぼ自由に動かせていたので、ほとんど意味もない制約だった。
形だけのものなので、手首から引くだけで簡単に取れた。


男はとても苦しそうにしている、肺か心臓をやられたようだった。
男の顔が段々と赤黒くなっていく。


男は、シュクルスの肩を何か言いたそうにしている。


「どうしました!?お気を確かに!」


シュクルスは必死に励ます……それしかできなかった。


男は口をパクパクさせて、何かを言いたそうにする。
シュクルスはそれに気付き、耳を口元に近付けた。




「お……俺の……剣……」

「剣があっても戦えませんよ、こんな状態じゃ!?」





男は、力を振り絞って首を横に降る。





「おまえ……に……やる……おま……え…なら……きっと……使」





男はシュクルスの目を見つめたまま、動かなくなる。
肩を支える手に、男の全体重が伝わり急に重くなった。



オリーブに呼ばれた医療班に男を預け、遅れてボーキンやハルナたちがやってきた。




「こ、これは……」




力が抜けて立てないシュクルスの代わりに、傍にいたオリーブが何が起こったのかを説明する。
そして最後の言葉として、シュクルスに自分の剣を預けていったことも。




「その剣は確か、お前たちが預かっているのだな?」


「はい、一応抵抗しない様に全ての武装を解除させて頂きました」




オリーブは警備隊のテントから、男が持っていた剣を取り出す。
両手で支え、重量のあるひと際長い剣を運んでくる。


戻ってみると、騒ぎを聞きつけたハルナたちもそこに集まっていた。
ほんの十分前に話しをしていた人物が、今はもう動いてはいなかった。



仰向けに寝かされた身体の横には、引き抜かれた矢が置かれていた。

矢じりの先は尖った菱形をしており、目標物を切り裂きながら入っていく形をしている。
返しの部分には引き抜けない様になっており、抜かれた矢の返しにも男の身体の一部であろう組織が付着していた。



オリーブはボーキンに、その剣を渡した。


ボーキンはオリーブが両手で持っていた剣を片手で鞘を握り、もう片手を柄に掛ける。
その左右の手を外側に引き、剣を抜きその様を眺める。


刃が欠けた箇所も、血などで汚れた場所も見当たらない、
ボーキンから見ても、よく手入れが行き届いていた長剣だった。

ボーキンはその剣を鞘に入れて、シュクルスに差し出した。




「――?」



シュクルスは戸惑う。



「ほら、お主に任された剣であろう?お主が持っておれ」


重そうな剣を、落とさない様に抱える。



――ドクン



剣を手にした途端、シュクルスの心臓が自分とは別の意思で一度だけ拍動した。


シュクルスが手に持った感触は、見た目ほど重くはなかった。
そのまま柄をもち、鞘を引いて抜いた剣を片手で立てて眺める。




「うわぁ……」




剣の刃の部分が、松明の光に反射し虹色に輝く。




「ねぇ、シュクルス。それ……重くないの?」




ソルベティが、見た目と違う行動をとるシュクルスに問いかけた。
明らかにその行動をボーキンやアリルビートなど力のある者が、片手で扱うのは理解できる。
だが、あのひ弱なシュクルスがいかにも重みのある長い剣を片手で軽々と扱うなど信じられなかった。


シュクルスは平気と言わんばかりに、剣を振って見せる。
片手の場合は、長さがあるためある程度のバランス調節のため慣れがひつようだが、両手で構える分には今までの一般的な剣と同様に扱うことができた。


アリルビートも、騎士団の時にシュクルスの体力も技能の実力も知っている。
明らかな、装備とそれを持つ人の実力に違和感を感じていた。



「ちょっとその剣、貸してもらってもいいか?」


「あ。はい、どうぞ」



アリルビートは、その剣の重さを覚える。
他の剣が同じ重さのものを、他の兵士の武器から探しだした。
そして、その重さをそれぞれの剣を振って確かめてみる。



「……よし。最初はこの剣を振ってみてくれ」



シュクルスは、受け取った剣を振るう。
が、その重さに対して、片手では扱うことができずに両手で構えた。



「では、こちらの剣を」


次は最初に持っていた剣を、シュクルスに手渡した。


すると、今度は棒を振り回すような動きで軽く剣を振った。




「こ……これは、一体?」


剣を扱うシュクルス自信が、この状況に驚いている。




「もしかしたらこれは、”大竜神”の加護を受けた剣かもしれないな……」




(――大竜神!!)



後ろで話を聞いていたハルナは、あの洞窟の中で見たドラゴンの姿を思浮かべた。





「そっか、ハルナは大竜神様にお会いしたことがあるんだよね!」




その様子を見ていたエレーナが、ハルナの心の中を見透かしたかのように口にする。
そして一同はその言葉に期待をして、これが何なのかの説明を待つ。




「あのぉ……期待されても、何もわからないんですけど……あ、でもローリエン様にお聞きすれば何か判るかもしれませんね」



「そうだな、我が父上や母上は存じ上げておられるかもしれん。帰ったら、その加護を受けた剣がどういう物なのか聞いてみよう」




ステイビルが全員にそう告げて、この件については一旦保留にすることとした。




「とにかく、シュクルス殿が剣を託されたのだ。その剣はシュクルス殿が持っておいてください」



ボーキンの言葉に、シュクルスは頷いた。

そしてシュクルスは剣について盛り上がる他の者たちを余所に、ることのできなかった名前も知らない男の冥福を目を閉じて守祈った。









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