121 / 1,278
第二章 【西の王国】
2-90 奥の手
しおりを挟む警備兵の隊長は、エレーナたちに向かって上から声を掛ける。
その目は血走っており、正常な精神状態でないことが伺える。
「申し訳ないが、東の方々がこれ以上西の国の事情に関与しないでいただきたいのだが」
「この状況は、とてもお願いされているようには見えないんだけど?」
エレーナが、水の球を浮かべながら隊長に声を掛ける。
「そうだな、確かにこれはお願いではない。こちらからの一方的な命令なのだ。我が警備隊は西の国でも上位の番号を持つ部隊だ。たかだか八人では抵抗すらできまい。大人しくここいらで事故にあってほしいのだよ」
「……なるほどね、道理で早いペースで登っているのだと思ったわ。引き離したところで、隠しておいた兵に襲わせて”事故”に見せかけようとしていたわけね」
ルーシーは腕を組みながら、自分の推理を続けた。
「だけど、思った以上についてくる者だから、強硬手段に出たということね」
「ふん。その考えが当たっとしても、何の意味もないわ!お前たちは、ここで魔物に襲われて消息不明になるのだからなぁ!!」
叫びながら、隊長は上げていた手を振り下ろす。
その合図で構えていた弓から、エレーナたちに向かって矢が放たれた。
同時に目の前に石の壁が現れて、次々と矢を弾いて行く。
「ちいっ!やはりあの石の使い手は厄介だ。まずは、あの女を狙え!!」
その命令で、兵士たちは石の壁を越えるように弓をやや情報に向けて矢を放った。
それと同時に石の壁は消え、そこから二人の男が飛び出してくる。
「ぐわっ!!」
油断していた兵が、アルベルトの剣の腹で頭部を強打され、脳震盪を起こしてその場に崩れ落ちる。
アリルビートは反対側の兵の弓を切り、使えなくしていく。
――ブオォッ!
火柱が上がり、放物線を描いて飛んでくる矢は全て焼失してソルベティの元には届くことはなかった。
ルーシーは白い火の玉を飛ばし、警備兵が手にした剣を溶かし使い物にならなくしていく。
次々と自慢の兵隊たちの戦闘力を奪われていく様をみて、隊長の顔は赤黒く染まっていく。
腰に下げていた長剣を抜いて、両手で構えて叫んだ。
「お、お前らぁ!西の上位警備兵の実力を舐めるな!!!」
そう言って男は、坂の上という有利な地理を利用して、エレーナに飛び掛かるために身を低くして地面を蹴り上げた。
が、蹴った足が地面から離れる感覚はなかった。
そのままの勢いは止まらず、足元を中心として弧を描くように倒れこんだ。
「グアァッ!」
地面に打ち付けられた痛みと足が何らかの力により固定され、足首本来の稼働範囲を無視した方向に曲がってしまい捻挫したような痛みが走る。
隊長は打ち付けた顔面の土を払いながら足元を見ると、足が氷で固められていた。
「き、貴様の仕業か!?」
エレーナは腕を組んで、傷だらけの男の顔を見下ろす。
「失礼ね……エレーナっていう親からもらった立派な名前があるんですけど?」
エレーナは目の前の男が倒れた時に手放した長剣を、足で蹴って男から離した。
その他の警備兵も戦闘力を奪い、抵抗する気はなくなっていた。
「さて、これはどういうことなのか説明してもらいましょうか?」
「いい気になるなよ、小娘が……戦闘は、二手三手先を用意しておくものなのだよ……」
――ピィッ!
男は指笛で、どこかに合図を送る。
――しまった!?
エレーナは、身を固めて相手の攻撃に備えた。
多少の攻撃を受けても仕方がない、油断していた自分が悪いのだから。
アルベルトがにエレーナの盾になろうと、こちらに向かってきているのが見えた。
そんなアルベルトの姿を見て、何故かエレーナは嬉しくなる。
”絶対に防いでみせる!”
エレーナは強い気持ちで、奇襲に対して準備をする。
……が、しばらく経っても何も起きない。
アルベルトがエレーナの傍に盾を構えても、全く何も起こらなかった。
下を見ると、隊長だった男の顔が真っ赤な怒りの色から普通の色に戻っており、余裕の視線も消えていた。
――ガサ
茂みから音がして、エレーナは音の方に振り向いた。
するとそこにはメイヤの前に見知らぬ男が顔を腫らして立っていた。
「メイヤ……その人は?」
「はい、草むらに隠れて何か良からぬことを企んでいたようでしたので、”少々”お願いをしてお話しを聞かせて頂きました」
「あ……そうなの?」
エレーナは二人の男に、同情しかけたが命を狙われていたのだから同情どころではなかった。
「……で、その”二手三手”というのは、どこに仕掛けたんだ?」
アリルビートが、手の指の関節を鳴らしながら近寄ってきた。
隊長の顔は、徐々に真っ白になっていく。
自分の状況を、徐々に把握し始めたようだった。
「……全て、見透かされていた訳か」
「前のゴーフっていう方でしたかしら?あの方も同じ手を使ってらっしゃったのよ?」
メイヤは、事前にソフィーネからハルナ達の時に茂みに隠してあった兵の話を聞いていた。
まさか同じ手を使うとは思ってもいなかったが、シュクルスを狙った矢の方向から茂みの中をメイヤは注視していた。
その意味もあり、最後方をメイヤは歩いていた。
エレーナたちは、警備兵の武器や装備品を全て回収し、ルーシーとソルベティの炎で全て焼き尽くした。
そのまま、ソルベティとシュクルスがこれ以上抵抗しない様に紐で手首を縛っていく。
その状態のまま、エレーナたちは西側の国を目指していった。
0
お気に入りに追加
375
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る
拓海のり
ファンタジー
階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。
頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。
破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。
ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

【完結】内緒で死ぬことにした 〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜
たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。
でもわたしは利用価値のない人間。
手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか?
少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。
生きることを諦めた女の子の話です
★異世界のゆるい設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる