上 下
112 / 1,278
第二章  【西の王国】

2-80 あの宿へ

しおりを挟む



鍋の中の食べ物はすっかり空になり、ここにいる全ての胃袋が満たされた状態になった。
クリエもカルディも、特にニーナは生まれて初めて食べたこの味に感激をする。

ボーキンの妻、”スィレン”がテーブルの上の空になった皿などを下げていく。
慌ててハルナが手伝おうとしたが、お客ということでスィレンとボーキンに止められてしまった。

ソフィーネとカルディはスィレンと仲良くなり、片付けを手伝っていた。


ニーナはナプキンで口元を拭き、その後紅茶を口に含む。
ハルナから見れば、和と洋が一緒に混在してるようで気になった。



「それで、明日からはどうしますか?」




クリエは、この場が和みんで何でも話せる雰囲気になったことに気が楽になって話しかけることが出来た。
そして、その質問に答えたのはニーナだった。


「私は、もう明日には出た方が良いと思うのです。準備は今夜中にさせましょう」



「西からは、どなたが行くのですか?」


「ボーキンとエルメトと警備兵を数名連れていきます」



「ニーナ様……その様子ですともしかして、ニーナ様も……」



恐る恐るボーキンはニーナに確認する。




「もちろんです!私たちの仲間になってもらうには、私が行かなくてどうして信用が得られるというのですか?」


「し、しかし!あの山を越えるのは大変ですよ!?もし、魔物が襲ってきたら……!」


「あのぉ、その心配はないと思いますよ。……あのコボルドさんは、ちゃんと約束をしてくれましたから」


「うぐっ!」


「ね?何の心配もいらないでしょ?ですから一緒に行きます、私も!」



そのタイミングでスィレンが入ってくる。
ワゴンの上には、フルーツといくつかのお酒が乗っていた。



「わ……わかりました!注意して、絶対に危ないことをしないと、このボーキンとお約束してくださいませ!」


その言葉を聞いて、ニーナは嬉しそうに頷いた。

その後、すっかりと仲良くなったクリエと手を取り合って喜んだ。



ボーキンはエルメトに連絡をし、明日の準備をするように申し付けていた。



「さぁ、冷えたフルーツですよ!……大人の方たちはコレでしょ?」



スィレンはとっても良い笑顔で、酒の入った瓶を持ち上げた。
スィレンは自分が飲みたかったらしい。そして、この中の誰よりも強かった。
ハルナは、今度エレーナと一緒にまた来たいと思っていた。


フウカやクリエの精霊”エルデア”も一緒になって、楽しんでいた。



結局、食事が終わって全員が床に就いたのは、日付が変わってからになった。








「よし、準備は出来ているか?」


時間は十時を回っている。
昨夜は遅くまで起きていたため、全体的にスケジュールが後ろ倒しになってしまっていた。

ボーキンに”酒豪”と言われたスィレンは、昨夜一番最後まで後片付けをして、誰よりも先に起きて支度をしていた。
ハルナは少し申し訳ない気持ちになったが、スィレンは優しく楽しかったと笑ってくれた。


ハルナたちは、ボーキンの玄関先に集まっている。
馬車も数台、公共のものではなく要人を送迎するためのものや王家で使用する立派な物もあった。
それらは、西の国に来て初めて乗る乗り心地の良さそうな馬車だった。




スィレンがハルナに近寄ってくる。



「……とっても、楽しかったわ!また、遊びにいらしてくださいね」


「はい!大変お世話になりました、今度は友達も連れてきていいですか?」



ハルナがそう問うと、スィレンは満面の笑みで”もちろん!”と答えてくれた。

今度はクリエが呼ばれ、スィレンはハグをされている。
傍から見ると、親子のようにも見えた。

最後に、カルディとソフィーネに握手をして感謝の気持ちを伝えていた。





「では、行くぞ!」


ボーキンが全体を見渡し、タイミングよく告げる。




ボーキンとエルメトが、列の一番前で馬にまたがり先導する。

ハルナたちはニーナの後ろの馬車について行く。
馬車の窓から、見送るスィレンに手を振る。


そして、馬車はゆっくりと走り出しす、ディバイド山脈の入り口に向けて。



その道程は順調で、何事もなく西の国で最初に馬車に乗ったターミナルまで着いた。
その歩みは休憩も兼ねて、一旦ここで止まることになった。


往路の際、ここから先は徒歩だったが、このまま馬車で進むことが出来るという。

今回はあの老婆、マギーのところで預かってもらうことしたようだ。



「まだ、昨日の朝に宿を出たばかりなのにね」

「でも、会うのが楽しみですねぇ」


ハルナとクリエは、再会を結構楽しみにしている様子だった。


先頭の警備兵たちが、集まって何か話し合っている様子が見えた。


心配になり、カルディが様子を伺いに行く。



「どうされましたか?」


「何かターミナルの様子がおかしいのです。本来ならここに二名は警備兵が常駐しているのですが、今は誰もいないのです」


「それに、私たちより前に誰かがこの先を馬で進んで行った形跡が見られます」




警備兵に続き、エルメトがカルディに告げた。





「とにかく、これから歩みを進めていきますが何が起こるかわかりませんので警戒願います」

「わかりました」




そういうとカルディは自分たちが乗っていた馬車に戻り、状況を説明した。



しばらくして、馬車の列は再び走り出した。
馬車の中は、先程とは違う重苦しい空気が漂っている。


いま一番心配なのは、あの宿に何か悪いことが起きていないか……


ハルナの気持ちは馬車よりも先に進んでいく。



その時先頭の馬が一頭、速足で駆け出した音が聞こえた。
馬車の速度も、ほんの少し早くなった気がする。
ハルナはただ、優しくしてくれたマギーの無事を祈るだけだった。



馬車のスピードが徐々に落ちてきて停止する。
ハルナとクリエは、勢いよくドアを開けて飛び降りる。
そのまま、前方に見えるあの宿に向かって走った。



既にエルメトの乗っていた馬が、店の前で立ち尽くしていた。

ハルナは嫌な予感を必死で抑えながら走っていく。




「――お婆さん!!」


店に着くと、苦しい息を抑えながら叫ぶハルナ。

しかし、その店の中は昨日までとは異なる、無残な光景がハルナの目に映っていた。






しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき
ファンタジー
 妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!  剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

処理中です...