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第二章  【西の王国】

2-76 脱出

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ハルナは、その言葉に対して準備は出来ていた。
他の三人も、同じ結論に至っていた様子だった。



「やっぱりそうでしたか……クリエさん、預かっているあれを」




ハルナはクリエに言って、アーリスから預かったものを差し出した。




「こ、これは……ま、まさか!?」


「あのぉ、勘違いなさらないでくださいね。アーリスさんは、ご無事ですよ」




どうやら、男はこのバッジを遺品として勘違いしていたようだった。
このバッジの使い方としては、本来そういう意味合いがある。
今回は、たまたま身分証明書としての役割でこのバッジを託されただけだと説明した。




「そうでしたか……すみません、アーリスがご迷惑をお掛けして」


「いいえ、こちらとしても西の国の方ともつながりが出来て、このように話しやすくもなっておりますから」





ハルナは、いま牢屋の中で言う気遣いではないと言ってから反省した。
その恥ずかしさから、とっさに話題を切り替えた。



「ところで、お名前をお伺いしても?」


「あ、申し遅れました。私はエルメト。”エルメト・ノーウェル”です」




入口の方から、警備兵がしびれを切らしたかのようにエルメトに対して怒鳴る。



「――おい!食事を渡すだけなのに、いつまで手間取っているんだ!さっさとしろ!」




食事を渡すだけならば、長すぎると感じる時間が経過していた。
これ以上は入り口の警備兵の警戒心が強まるため、エルメトは早々にこの場を離れることにした。




「すみません、何とかここからお出しできるように手配しますので、今しばらくお待ちください。あと――」




エルメトは、確認を終えたアーリスのバッジをクリエに手渡した。




「これは、あなた方が持っていてください。そして、このことについては、まだ誰にも話さない様にお願いします」



そう告げて、エルメトは急いでヘルメットを着用し入口の方へ歩いて行った。

エルメトは警備兵に何かを言われていたようだが、その声は洞窟の中で反射し、よく何を言っているのかわからないが怒られている様子だった。












「ハルナたちは、大丈夫かしら……」


エレーナは昼食のパンを片手に、山の向こう側のハルナたちを心配する。




「大丈夫ですよ、向こうには私の兄も警備兵をしているんです。あのバッジを出せば、きっと……取り次いでくれるはずです」


「しかし、西の警備兵も様々な考えの方もいらっしゃるんですよね?あの男のように」




ルーシーはそう付け加えて、オリーブが作った石の檻の中に入った男たちの姿を見る。




話しを聞くと、あの男たちはとても短絡的な行動に出ていたようだ。

問題となっていた”コボルドによる人間への襲撃”は、森を焼きつくし敵を全滅させる。
誰も解決できなかったその問題を、どんな手段でも解決さえすれば誰にも文句を言わせない……



今までもそのやり方で、やってきたのだろう。
ルーシーが尋問すると、主犯格の男はそれ以上のことは何も考えていなかったようだ。
自分の手法に、何の疑問を抱いていなかったのだから。



だが共有している山脈ではあるが、東側の領地で被害を出していることは確かだった。


今回の話し合いの点は、その事実を元に西の国と交渉することになる。
決して西と揉め事を起したいわけでも、お互いの勝ち負けを決めたいわけでもない。




『……では、お前たちは一体何が目的でこんなことをやっているんだ!?』




尋問の際、男にそう問われると正直困ってしまった。
ルーシーはその質問が、ずっと耳にまとわりついて消えなかった。



今回の責任を取ってほしかった。
だが、その最終的な要求は一体?




「そこは、クリエ様とハルナ様にお任せしましょう……」



その答えに悩むルーシーとエレーナに、メイヤは優しく告げた。


実際に西の国で交渉しているのはあの二人だった。
敵の領地に身を置いている分、危険にさらされる確率も高い。

無事では済まされないこともあるだろう。


「そうね、ハルナたちなら……きっと上手くやってくれるわ!」



エレーナは根拠はないが、実際そうなるかのような自信に満たされていた。










ハルナたちは、エルメトと会話してからさらに数時間の時を過ごしていた。


その間、何もしなかったわけではない。
クリエの力で、洞窟の壁を精霊の力で変化させることが出来るか試していた。


その結果――




「ここは普通の山の中なので、精霊の力で何とかなります。いざとなれば、横穴を作って逃げましょう!」



クリエは嬉しさのあまりに、警備兵に聞こえそうな声で話してしまい、カルディに注意された。




しかし、外で起きていた事件に、その声は警備兵には届いていなかった。





「ご苦労さん、警備を交代しよう」



別の場所からやってきた警備兵が告げる。



「なに?まだ交代の時間ではないはずだが……ウゴッ!?」



入り口を守っていた警備兵は、また別な人物に後ろから片手で口をふさがれ、もう片方の腕で頚動脈を閉められて失神してしまった。


そのまま力が抜けた警備兵を、洞窟の中へ引きずりながら運んでいく。
最初に話しかけた警備兵は、代わりに入り口の警備についた。




その後ろからは、小柄な体格の男を先頭に数人の人影が洞窟の中に入ってくる。
洞窟の中に、数人から成る足音が反響する。



人影の集団は、ハルナ牢屋の前で立ち止まる。


ハルナたちは警戒したが、その顔を確認し驚いた。




「ボーキンさん!?」


「ハルナ殿、クリエ殿。ご無事でしたか!?」



この牢屋に閉じ込めた本人としては、可笑しな質問をする。




「このような状況になり大変申し訳ございませんでした。いま、鍵を開けますので」




――カチャ



ボーキンは腰にぶら下げていた鍵の束の中から、一発でこの牢屋のカギを開ける。
開けた扉の外から、ボーキンは手を差しのべて、出てくるように促した。

しかし、ボーキンの顔を見て機嫌を悪くしたクリエは、その手を無視して牢屋から出ていく。


カルディも後に続き、クリエの力に頼らずとも窮屈な場所から全員外に出ることが出来た。



それを確認して、ボーキンの後ろから小さな女性が姿を見せる。




「アーリスから聞きました。今回は、うちの警備兵がご迷惑をお掛けした様で……大変申し訳ございませんでした」




クリエよりもさらに若い女性……少女は、丁寧で威厳のある口調でハルナたちに詫びた。



その雰囲気に何かを感じたソフィーネが、ボーキンに質問する。



「失礼ですが、その方は?」



「このお方は、次期王の候補。ニーナ王女でございます」




紹介された王女は、ハルナたちに向かい一礼をした。




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