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第二章 【西の王国】
2-68 聞き慣れた食べ物
しおりを挟むハルナたちは早速、汗を流しに大浴場へ向かった。
とはいえ、石の浴槽は浅く三人で入るには窮屈だった。
まずは、カルディが身体を洗うため洗い場にいった。
その背中には大きなものはないが、いくつもの傷が付いている。
カルディは精霊使いだが、様々な司令に呼び出されていると聞いた。
それだけ、信頼の厚い精霊使いなのだろう。
だが、その数だけ危険な場所に駆り出されていることに他ならない。
傷は、その証なのだろう。
ハルナがカルディの背中に思慮を巡らせていると、カルディは身体に着いた最後の泡を流し終えた。
「はい。次の方、どうぞ」
そう言われて、ソフィーネが浴槽から立ち上がった。
「ハルナ様、恥ずかしいのであんまり見ないでくださいましね」
ハルナは、そう言われてドキッとした。
さっきは余程、カルディのことを凝視していたのかもしれない。
だが、その姿はまたしてもハルナの視線を釘付けにする。
無駄のない引き締まった身体。
バネのありそうな筋肉。
きめ細かな肌。
どこかの美術館で見た、ちょっとした彫刻のような立派な身体だった。
目立つような傷もなく、それはソフィーネの能力の高さを裏付けていた。
(まぁ、あのメイヤさんとかに鍛えられてるから……)
ハルナは、勝手に納得し自分のだらしない身体と見比べる。
身体を隠すように湯船の中に身体を沈めた。
狭い湯船のため、クリエの太ももに足が当たってしまった。
「あ!ごめんなさい」
ハルナは、すぐに身体を起こした。
「いいんですよぉ、ゆっくり脚を伸ばしてください」
クリエは、ニコニコしながらハルナに告げる。
少し興奮気味のようだ。
「クリエさん、大丈夫?顔が真っ赤よ!?」
「いいんです!まだこうやって皆さんと一緒に入っていたいんです!」
クリエは、必死の表情で話しかける。
「狭いお風呂って……楽しい……です……ね」
言い終わると同時にクリエは、力無く沈んでいった。
「クリエさん!クリエさん!?」
ハルナが呼びかけるも、反応はない。
カルディはクリエを抱き抱え、そのまま浴場を出る。
脱衣所でタオルを敷いて横になり、風を当てて熱でのぼせた頭を冷ましていた。
ソフィーネとハルナも浴槽から上がり、クリエの様子を心配する。
「どうですか?」
タオルを身体に巻いて、ハルナはカルディに問いかけた。
「う……うーん、ハルナ……さん?」
その音に反応したクリエは、うっすらと目を開ける。
そして、自分が何も身に着けていない状況でハルナたちに見守られている状況が恥ずかしくなる。
「え?……あ!わたし……こんな……す、すみませんでした!?」
飛び起きたクリエは、急いで自分の身体をタオルで隠した。
「大丈夫そうですね、疲れてたんでしょう……早く上がってご飯を食べに行きましょ!」
クリエは、カルディから渡された水を一口飲み干してハルナの言葉に頷いた。
四人は一旦部屋に戻り、食事のために身支度を整えた。
階段を下りて受付横を通り、最初に老婆が出てきた部屋へ向かっていく。
先程まで声が聞こえていた食堂には、既に人がいなかった。
食事を終えて、明日に備えているのだろうか。
二列並んだ長いテーブルの端に、先ほどの老婆は座っていた。
「おや?あんたたち、ここで食事をするのかい?」
「はい、お願いします。何があるのですか?」
「そうだねぇ……遅かったから残り物しかないよ?」
「それでもいいです、お腹がペコペコで」
ハルナとクリエは、老婆に何とか食事をお願いした。
「わかったよ……そこで座って待ってな。……あ、あと飲み物はセルフサービスだからね。冷たい物はそこの、桶の中で冷やしてあるものを勝手に取りな。後払いだよ」
老婆は重い腰を上げて、厨房へと向かう。
まずは、簡単なサラダとパンとハムを並べてくれる。
空腹には、残り物のサラダとパンでもごちそうに感じる。
クリエも美味しそうに、食事を口に運んでいる。
ハルナも喜んで食べていると、老婆はパスタとチーズを運んでくる。
ソフィーネがそれらを取り分けてくれた。
ハルナは、そのパスタ一口に含む。
「――こ、これは!!」
ハルナは驚いた。
転生する前に食べた味に、とてもよく似ていた。
それはパスタというよりも、うどんに近い感じだった。
決して、この世界の食べ物がおいしくないわけではなかったが、この世界で発展した独特の味があり少し慣れるまでには時間がかかった記憶がある。
(これは、しょうゆ?味噌?)
そして、驚くうちに老婆は次の皿を持ってきた。
「……ふん、これはサービスだよ。そんなに美味しそうに食べる姿を見せられたらね」
「え!?ありがとうございます!」
「ふん、さっさと食べな!片付けもしなきゃならないんだからね!」
老婆は嬉しそうに、初めに座っていたテーブルの端に座った。
よく見ると、最後の出てきたさらに盛られていたのは”おでん”だった。
玉子、大根、肉の串、ジャガイモ……
つゆはまっ黒になっているが、これは継ぎ足して使ってきた証拠だろう。
(なんで、この世界におでんが!?)
今までは洋風なもので似たものはあったが、どこか違っていた。
和風となると、これは誰かに教えてもらわないと偶然ではない気がする。
そして、ハルナの頭の中にはある一つの可能性がが頭に浮かぶ。
その前に、この料理について確認をしなければとハルナは行動に出た。
「これ!美味しいですね!……何て名前の料理ですか?」
ハルナは胸の鼓動を抑えながら、老婆に聞いてみた。
老婆は自分でワインを開け、一口含んだところだった。
「ん?あぁ。それかい?それは……なんていったけかねぇ……随分前に教わったんだよ……あ、そうそう!」
老婆は、自分の記憶の中でその名前にたどり着いて、その喜びに手を叩いた。
「――それは、”おでん”っていう料理だよ」
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