95 / 1,278
第二章 【西の王国】
2-64 コボルド討伐12
しおりを挟むコボルドの長は、剣によって身動きのできなくなった隊長へ近づいていく。
『我らの森に火を放った罪、その命で償ってもらうぞ』
コボルドは、掌に黒い炎を出す。
「人間が、お前たちみたいな低能な生き物にやられると思うのか?」
隊長は、この状況において余裕のある態度で応えた。
その言葉に、コボルドは剣先を首に押し込んだ。
そこから、赤い血が一筋流れる。
『そんな余裕がどこにある、愚かな人間よ……この状況がみえてないのか?』
「ククク……見えてないのは、お前たちの方じゃないのか?」
男は、不敵な笑みを浮かべる。
「……これは、あなたのお知り合い?」
ソフィーネは、草むらに隠れていた警備兵二名を無造作に放り出した。
「な!?なぜ、隠れていることが分かったのだ!」
「あなた方みたいな、卑怯で残虐なやり方は嫌というほど知っているの……お望みなら、今ここでお見せしましょうか?」
ソフィーネは、全く感情のない冷笑で相手を威嚇する。
その表情に、隊長の表情は血の気を失う。
『では、そこの人間よ。もうそろそろ、死ぬ覚悟はできたか?』
「ま……待ってくれ!殺さないでくれ……助けてくれ!!!」
隊長は目は真っ赤に染まって涙ぐみ、コボルドの長に懇願する。
最後の切り札だった闇討ちも、ソフィーネに阻止され余裕の材料がなくなってしまった。
『勝手なことを言うな!お前は我らの仲間を、一度でも助けたことはあるのか!?』
叫びながら、首に当てた剣先が数ミリほど力が入っていく。
怒りで持つ手が震えているのか、人間の頚動脈が恐怖のあまりに拍動が強くなったのか。
剣が震えているのがわかる。
「待ってください!」
『……誰だ、お前は?』
アーリスの呼び止めに、長が振り向かずに応える。
「私は、西の国の警備兵でアーリスといいます。今回、火を放つ情報を知っていながら止めることが出来ずに申し訳ございませんでした」
アーリスは、コボルドに対して経緯と謝罪の気持ちを込めて声を掛ける。
「今回の作戦は、警備隊の中でも異論が唱えられていたのです。ですが、この隊……この者は私との約束も守らず、勝手に単独でこのような行動に出ています」
『フン。それがどうした!?我々には何の関係もなく、この辺りの縄張りも火によって害を受けた!この始末はどうするつもりなのだ!』
アーリスは、黙ってしまう。
そういわれると、自分には何の権限もなく何も決められない。
(私の力が弱いばかりに……)
アーリスは、自分の非力さを痛感し下唇を強く噛みしめる。
『……その沈黙が答えか。ならば、この始末は、この男とそこら中に転がっている人間の命で償ってもらうとしよう』
隊長の後ろにいるコボルドが、首から剣を放し大きく振りかぶる。
『では、その大した価値もない首をいただくぞ。自分の犯した罪を悔やみながら苦しんで死ね』
そういうと、首をはねるために剣を振り下ろした。
「ヒッ」
――キーン!
男の首の前に、岩の壁が立ちはだかる。
男の股間からは、液体が染み出ている。
「お待ち下さい、コボルドの長よ」
クリエが、いつもの弱々しさを感じさせない口調でコボルドに告げた。
『なぜ邪魔をした?我らに協力をもちかけたり邪魔をしたり。……どういうつもりだ?』
「今回の森の放火ですが、山脈を東側に越えているため東の王国での管轄となります。この者たちは、東の王国にお任せいただけませんか?」
『……お前も自分勝手なことをいうのか?我らが受けた被害はどうしてくれる!?』
「そのことは、地域の保護を含め協力させて頂くように話していきます。すぐにはできないかもしれませんが、一緒に森を守るれるようにもなればと思っています」
『騙されんぞ……もう二度と人間には騙されん!そんな夢みたいなことが実現できるものか!?』
クリエの前に、火柱が上がる。
その炎の中は先ほどよりも、黒く染まっていた。
「コボルドさん……それ!?」
ハルナは先ほど消した黒い闇が、再び長が蝕まれいていることに気付く。
『……そうだ、もう遅い。私は人間への恨みによって、もうすぐ身体全体が黒い闇に飲み込まれる……』
『……長よ』
心配そうに、もう一匹のコボルドが駆け寄った。
「フーちゃん!」
「うん……随分と身体の中にまで黒いのが入り込んでるの。これじゃちょっと私じゃ取れないかな……」
フウカも、助けられない悔しさを滲ませる。
「お願いだ、長よ。最後に、人間を信用してくれまいか?この森は我々と長の仲間とで守らせてほしい!」
ルーシーは、その事実を知り最後に懇願する。
ずるいかもしれないが、この状況に乗じて約束を取り付けたかった。
『……弟よ。この件は、全てお前に任せる。そして、長の権威もお前に全て譲渡しよう』
『兄さん!?』
『そんな、悲しそうな顔をするな。私が出来なかったことを、お前がやればいい……その人間を信用してみるの手かもな」
コボルドの長が苦しそうに、胸に手を当てる。
『誰か……アンデッドになる前に……わたしを……頼む』
「ねぇ、ちょっと長くなるかもしれないけど眠ってみない?」
そう告げたのはエレーナだった。
「もしかしたら、この先ハルナが成長して”浄化の光”が強力になれば、助かるかもしれないでしょ?」
ルーシーやクリエは、エレーナが何を言っているか分からなかった。
「ハルナは大精霊のラファエル様の加護を受けているのよ……」
――!?
この場の全員が驚きの事実に衝撃を受ける。
『な……なんと!?そうであったか』
コボルドの長がハルナを、大きな瞳で見つめる。
「で、どういうことなの?」
ソルベティが、エレーナに発言の意図を聞き返した。
「まず、長には凍ってもらうの。そうすれば黒い闇も進行しなくなるはず。そして、ハルナが本当に加護を受けて進歩したときにもう一度浄化に挑戦するっていうのはどうかしら?」
一同は黙り込んでしまう。
(――本当にそんなことが出来るのか?)
誰もが、同じ疑問を抱くが誰も解決できない。
『よし。人間よ、それでお願いできますか?』
答えたのは弟のコボルドだった。
コボルドの長は、少しだけにんまりと笑う。
『お前の決断に任せたぞ、弟よ。次に目覚めた時にはどのように変わっているか楽しみだな!』
苦しそうに息をするコボルドは、エレーナに向く。
『では、時間がない……さっさと、やってくれ……頼んだぞ……人間よ』
エレーナはその言葉に大きく頷き、コボルドの長の周りを凍らせていく。
『それでは少しの間、眠らせてもらおう……』
それがコボルドの長が凍る前に発した、最後の言葉だった。
0
お気に入りに追加
372
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる