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第二章  【西の王国】

2-22 もう一人の王子

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「……お前たち。一体そこで、何をやっている」


入ってきた男は、中の人物にそう告げる。




「――王子!」



ハルナ達を尋問していた男が声を荒げる。




(え?王子?……キャスメル王子!?)




ハルナはその顔を見ようとする。
が、逆光により顔が真っ暗で見えない。


でも、声はあの時聞いたキャスメルの声だ。
しかも、しっかりと自分を持った意思の強い声だ。

こんなに短期間で、立派になったのかと思うほどだった



その王子は返答をしばらく待っていたが、男たちから返答が無いため再度催促する。



「……聞こえなかったのか?もう一度言おう。お前たちは一体ここで、何をしているのだと聞いている」



「お……恐れながら王子。この者たちは、今回の神聖なる王選においてよからぬことを企んでいる疑いがあると通報がありました。そ……そのため、こちらにて事情を伺っていたところでございます」



そう話す男の背中は、ローブで隠れてはいるが滝のように汗が流れ落ちていた。



「ふむ。そうなのか?そこの三人……」




王子は、質問の対象をハルナ達に変えてきた。

形勢が悪くなっているのを感じているのか、ハルナ達を囲む従者たちは懇願する目で三人を見つめる。



「――はい、その通りです王子様。私たちは疑いを掛けられておりましたが、無実であると説明をしていたところです」



明らかに相手は、王子の登場に動揺していることが見てとれた。
ということは、やはりこの事情聴取の場は相手にとっては誰にも見られたくないモノであったことが推測できる。
エレーナはこのチャンスを逃さない様に、相手の弱っている部分とこちらの主張をうまく合わた答えを返した。




「そうか。……で、この者たちの疑いは晴れたのか?」


王子はもう一度、男に向けて問い掛けた。


「……はい、疑いは晴れましてこれにて取り調べを終えるところでございます」




ハルナは心の中で、ガッツポーズをとった。
追い詰めていた男の声からは、がっくりとした様子がうかがえる。



「よし、では。今回の調査した記録は報告書として、ハイレイン殿に提出したまえ。その後、私も確認させてもらう……いいな?」



――!


「は、はい。畏まりました……」




「では、そこの三人を連れて行くぞ……では、こちらへ」


王子は背中を向け、一つ上の階に向かって歩き出した。


周囲の従者たちは、顔を伏せているが悔しさを滲ませていた。
その様子を横目に、ハルナ達は王子を追いかけるために部屋を出ていく。


「――では、付いてきなさい」


部屋を出てきた三人に、鍵の束をクルクルと回しながら声を掛けるのは、片目を出した妖しい美女だった。



「あ!」



ハルナ達は思わず声を上げたが、一応中の従者たちを配慮し名前を呼ぶことは控えた。



ハイレインの後に続いて、ハルナ達はハイレインの部屋に入る。
三人はソファーに座るように勧められた。


その向かい側には、先ほどの王子の姿がいた。



「キャスメル……王子ではないですね?」



素直にそう聞いたのはハルナだった。
王子に普通に聞いていることが無礼ではないかと、びくびくしたのはオリーブ。


「うむ、その通りだ。私は弟(キャスメル)ではない。私の名はステイビル、――”ステイビル・エンテリア・ブランビート”。キャスメルの双子の兄だ」



「ステイビル様、申し訳ありません。ハルナは、事情があり世事に疎いところがありまして……」



エレーナが、ハルナの言動にフォローを入れた。
あまりにオリーブが怖がっているのが気の毒だった。




「いや、構わない。それよりも、普通に接してほしい」



「今回、ステイビル王子がいらっしゃったのは、お前たちに会いたかったからだ」




「わ、わたし達を……ですか?」



「そうだ。実はキャスメル王子から、お前たちのことを聞いたみたいでな。それで興味がありお会いしたいとのことで今回こちらにお越し頂いたのだ」



「は……はぁ」



またしても突然の出来事に、気の抜けた返事をするエレーナ。


「そういえば、先ほど私を訪ねてきたらしいな。王子がちょうどいらっしゃってたので出られなかったのだ、すまんな」


「いえ、大丈夫です……」




「その辺りはまた、後で聞かせてもらうとしよう……今回王子が興味を持たれたのは、未知の脅威に立ち向かったお前たちがどういう人物か知りたいとのことだ」


「そうなのだ……キャスメルがすごく私にお前たちのことを自慢をしてきてな。悔しいので、どんな人物か一目見たくてやってきたのだ。突然の訪問を許してくれ」



「いえ、大丈夫です……というか、とても助かりました」




エレーナは逆に良いタイミングで助かったと、お礼を伝えた。




「そこでだが、私にもモイスティアで何があったのか教えてほしいのだ」




「はい、分かりました」




エレーナは、ラヴィーネからモイスティアで起きたことまでを順序良く話していく。

始まりの場所のある森のインプ討伐……モイスティアでの調査……スプレイズの屋敷の爆発……謎の二人組に追い込まれたこと……大精霊の助けを受けたこと……森の中で関わっていた一人の男が変わり果てた状態で発見されたこと。




一通りの話しを聞き終わり、王子と共に初めて詳細を聞いたオリーブも驚愕する。



「王都の周りで……そんなことが起こっていたとは」


実際にキャスメルから聞いたことよりも、具体的で恐ろしいことが起こっていたと感じた。



「これで、キャスメルがおぬしらと一緒になりたいといってたことも理解できるな……」



王子はボソッとこぼした。


――!!



エレーナは驚く。
(キャスメル王子が、そんなことを言ってるなんて!?)

それに”あの”キャスメルと組むとなると、結構苦労しそうな予感もする。
そう思っていたが、口には決して出さない。



「そうか……ご苦労だったな。しかし、おぬしら指輪を持っていると聞いたが、それも本当か?」


「はい、この者たちは既に指輪を持っており、”抜けない状態”となっています」



ハイレインの答えに、ステイビルは言葉を無くした……



(この二人はかなり優位な状態ではないか?これは二人離される可能性もあるか……)



「わ……わかった。今後は城に来て話があると思うが、それまではゆっくりしていてほしい。何かあれば、このハイレインに相談するといい」



「「ありがとうございます、王子」」




エレーナとハルナは王子に礼をする。



「よし、それではまた近いうちに会おうぞ!」




そういってステイビルは席を立ち、ハイレインと共にエントランスまで向かっていった。





部屋に残された三人は、顔を見合わせひとまずほっとする。



「これからどうなるんだろうね……エレーナ」



「なんだか、いろいろと大変なことになりそうな気がするのよね」


「とりあえず、部屋に戻りましょうか……お疲れでしょう?」




「「……うん」」



二人は力なく頷いて、ソファーから重い腰を上げる。
ゆっくりと自分たちに部屋に向かった歩き始めた。



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