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第二章 【西の王国】
2-4 一つの決断
しおりを挟む翌朝、エントランス前モイスティアの家紋の付いた馬車を見送る人々が集まる。
しかし、そこにはエレーナの姿はない。
「それでは、行ってまいります。アーテリア様」
「頼むわよ、メイヤ。ハルナさんをよろしくね」
「アーテリア様、大変お世話になりました。今度はモイスティアにも、ぜひ」
「わかりました。遠くないうちに、お邪魔させていただきますわ……よろしくお願いします」
「アーテリアさん……」
ハルナが、馬車の窓から顔を出す。
「心配しないで。こっちはこっちでなんとかするから。また、落ち着いたら戻ってらっしゃい」
あまりハルナばかりに気を使い過ぎると、また彼女の感情が激しくなる恐れがあるので、皆が言葉には気を使っていた。
それでは、出発します
――パシッ
ソフィーネが馬車を走らせた。
昨日の夜、ティアドがハルナにモイスティア行きを提案してから、エレーナを除くメンバーで話し合いが行われた。
その間、エレーナにはアルベルトに付き添ってもらっていた。
「……というわけで、私はハルナさんをモイスティアに連れて行きたいの」
ティアドはここにいる全員に、改めて説明した。
「そうね……それがいいかもしれないわね。ここにいるとエレーナに対して悪影響を与える可能性もありますし……これ以上、二人の仲が悪くなるところは見たくないわ」
エレーナが一方的にハルナを嫌っているのは皆、わかっていた。
「で、そのエレーナの件なんだけど……何か思い当たることってある?」
アーテリアが、この部屋にいる全員に問う。
「確か、ここ数日眠れない……とはおっしゃってましたね」
メイヤが、最近の中であった変化について伝える。
ただ寝不足だけで、ハルナのみに向けたあのような感情を向けるような状況になるのは動悸としてはとても弱い。
マイヤがあることを思い出す。
「フウカ様は、何か魔が取り付いたものをご覧になることができると記憶しております。……その可能性については?」
「はい、先ほどティアド様にも同じことを聞かれフーちゃんに聞いてみたところ、それはないとのことでした」
また話し合いは、最初の位置に戻った。
「でも、なんでハルナさんだけなんでしょうか?」
そう告げたのはソフィーネだった。
「そうなのよね……」
アーテリアはこぼして、目をつむり腕を組む。
(ハルナさんの強さ……いや、精霊使いとしてはうちのエレーナの方がまだまだ上だわ。ただ、指輪の力やフウカ様のように意思の疎通が取れる精霊との契約……)
「……アーテリア様?」
一同はアーテリアの言葉を待っていたが、長考により沈黙が続いてしまった。
「ごめんなさい。考えがまとまらなくて……だけど、ここではできないことの方が多いわね」
――?
「エレーナのことは、私に任せてくださいませんか?少し思い当たる節もあるのです……この件について王国の精霊使いの方に知り合いがいますので、相談してみます」
一同はそれで納得をした。
反対に言えば、それ以上この場所でやれることがなかった。
「それでは、ハルナさんはティアド様にお願いできますでしょうか。エレーナは予定通り、三日後に王都に向けて出発させます。その際に同行させる者は、アルベルトと精霊使いとしてオリーブを送ります」
二人ともこの場にはいないが、後で告げておくようにマイヤに伝えた。
「あと、モイスティアに同行させる際に、メイヤ……一緒に行ってもらってもいい?」
「……畏まりました」
その名を聞いて、ソフィーネの口角がほんの少し上にあがった。
「……それでは皆さん、よろしくお願いします」
「「「はい!」」」
馬車は、ラヴィーネの町を出て関所へ向かっている。
ほんの少し前に見た馬車からの景色は、こんなに辛くはなかった。
この状況が何も変わらないまま、この町を離れていくのは胸が締め付けられる感覚が襲う。
今までは、何か問題が起きても解決できていた。
解決に向かう間には、とても心強い仲間がいた。
この世界に来た時ですら、こんなにまで不安な気持ちになったことはない。
ハルナはとても怯えに似た感情に押しつぶされていくのを感じた。
そんな苦しむハルナの姿に、声を掛けるものはいない。
今はそっとしておいた方が良いし、自分自身で乗り越える必要があると思っているからだ。
助けを求められた際には手を差し伸べる、それまでは黙って見守る。
それが今できる精一杯のハルナに対する優しさだった。
メイヤはアーテリアから渡された親書を、大切に仕舞っている。
この親書が、エレーナとハルナの関係を戻してくれることを信じて……
関所を超え森の中に差し掛かるころ、メイヤの方にハルナの頭がぶつかり出した。
どうやら眠ってしまったようだ。
メイヤはハルナの頭が肩の硬い部分に当たらないように気を使い、そっと肩を抱いて身体が揺れない様に固定した。
反対の席にいたティアドも、その様子を見守った。
「お母様、お母様!」
エレーナはアーテリアの部屋にすごい勢いで入ってきた。
その後ろからは、アルベルトの姿も見えた。
「ハルナは?どこに行ったの!?」
エレーナはハルナがモイスティアに行ったことを、アルベルトから先ほど聞いたようだった。
「昨夜の話しにあったとおり、スプレイズ家の推薦を受けて王選に参加するためにモイスティアに向かったわよ」
「……え?なんで?どうして……私に何も言わずに……」
「あなた、昨夜のこと覚えてるの?あんな風に言われて、ハルナさんがあなたに声を掛けることができて?」
エレーナはその言葉に力が抜けて、床に座り込んでしまった。
その後ろからアルベルトが肩を支えて、エレーナを気遣う。
「……ねぇ、お母様。私どうしたの?ハルナのことを思うと、気持ちが抑えられないの……」
「ハルナさんのこと……嫌いなの?」
エレーナはゆっくりと首を横に振る。
「そんなわけない……私にとって、大切な相棒(パートナー)よ。それに、最も親しい友人だと思っているわ……」
エレーナは、項垂れたまま続ける。
「私のことをよく知っているわ。……そう。こんなに短い間なのに、私のことをよく知っているの。私もハルナのことを知っているわ。ずっと一緒に過ごしていたかのように感じているもの……」
そっと顔を上げて、母親の顔を見る。
「でも、なんであんなことを言ったのかわからないの。思い出すと胸が痛くて苦しいの!……どうしてあんなことを言ってしまったんだろう……って。もし……もしも、あれが本心だとしたら、私の本心だとしたら……怖いの。怖いの……あんな酷いことを思っていたなんて!?」
アーテリアは、直前まで会話をしていたオリーブにソファーに座るよう指示する。
アルベルトにも、エレーナと一緒にソファーに座るように伝えた。
自身も三人の前のソファーに座り、それぞれの顔を見渡す。
「あなた達には、エレーナと一緒に王都に行っていただきます」
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