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第二章 【西の王国】
2-2 亀裂
しおりを挟むメイヤとソフィーネの間を歩くティアド。
ピリピリする緊張感を肌に感じるのは、間違いではない。
常人には出せない、張り詰めたオーラが出せるのは確かだ。
ここでは、まるで無意味なものだが。
——コン、コン
「——どうぞ」
部屋の主に許可を得て、入室する。
「ようこそ、ラヴィーネへ。ティアド様」
自分の席から立ち上がって、訪問客を歓迎する。
「こちらこそ突然の訪問、大変申し訳ございません……」
この二人には、メイド達が放っていた緊張感は発していなかった。
「いえ、どうぞこちらに」
アーテリアは、ティアドを目の前の3人掛けのソファーに招く。
ティアドは着席し、その後ろにはソフィーネが立っている。
今は、殺気にも似たあのオーラは消えていた。
アーテリアも対面の位置にある、個人用のソファーに腰かけた。
「先日は、うちの娘共々、大変お世話になりました。ティアド様のご厚情を賜り感謝しております」
そう述べて、深々と頭を下げる。
これは決して社交辞令的なものではなく、本心からの言葉であることは疑いようもない。
「お顔を上げてくださいませ、アーテリア様。お世話になったのはこちらの方です。その節は、こちらも人員が不足している中、モイスティア内の問題に対応してお力を貸して頂き感謝しております。有難うございました」
そういって、ティアドも深々と頭を下げることにより、お互いがお互いの顔を見れない状況となった。
お互いが同じタイミングで、頭を下げた状態でちらりと相手のことを伺う。
——プッ……ふふふ……あははははは!
その姿がとてもばかばかしく思え、二人はあふれ出す笑いを堪えることができなかった。
ソフィーネは表情こそは変えなかったが、その姿を見て何故か心の中がホッとするのを感じた。
そして、メイヤがお茶を持って入ってくる。
運んできたトレイの上で紅茶を入れ、ティアド、アーテリアの順に並べる。
レモン、ミルク、砂糖をテーブルに置いて、そのまま入り口横で静かに待機する。
「……ところで、本日はどうされたのですか?」
一通り笑いが落ち着いて、アーテリアは改めて問い直す。
「……あ。そうですね、これが本題でした」
目の前の紅茶にミルクを入れ、ティ—スプーンで数回かき回す。
お皿を手に持ち、反対の手でカップを口元に運ぶ。
その味をゆっくりと味わい、カップを皿に戻しテーブルへ返す。
ティアドは、アーテリアに向き告げる。
「今回、ご訪問させて頂きましたのは【王選】に関するお話しなのです」
その一言で、アーテリアは一瞬にして思考を巡らせる。
(まさか、エレーナに辞退を要求?)
そして、静かに次の言葉を待った。
「実は、ハルナさんをモイスティアの代表として選出したいのですが……」
「あ、あのエレーナは……!」
「え?」
「あ。」
アーテリアは食い気味に反応してしまったが、耳に残る言葉の中に自分の娘の名前が入っていないことに気付いた。
「あ。失礼しました……その、ハルナさんを……どうしてでしょうか?」
耳を真っ赤にして問い直した。
「コホン……今回、ハルナさんを推薦したのは、本来我が娘であるウェンディアが選出されておりましたが、ご存じの通り行方不明となっております。しかし王国から与えられたこの一票を無駄にすることもできません。……そこで今回ハルナさんにモイスティアの代表としてお願いできないかと考えたわけです」
「し……しかし、よろしいのでしょうか?モイスティアには、他の精霊使いの方もいらっしゃるのでは?その方たちの反感を買うことにはならないのですか?」
「正直申し上げまして、さほど目を引くものがおりません。そんなものをモイスティアの代表として王国に送り出す方が、無責任というものです。それに……」
手にした紅茶を一口飲もうとするアーテリア。
「……そ、それに?」
「それに、エレーナ様とハルナ様の連携は見事なものです。熟練のパーティのような安定感がございました。これは王国にとっても有益な人材であり、今後の精霊使いの社会的地位の向上を図るという意味でも、重要な役割を担う人材ではないかと感じるのです」
アーテリアの紅茶のカップは口につけられたまま、いつまでも口の中に運ばれない。
ただただティアドの話しに耳を傾ける。
「ハルナさんは、姉の持っていたラファエル様の加護を持つ指輪を所有しておりますし、そういう点からも決して問題のない人選ではないかと思いますが……」
「は……はぁ」
アーテリアは、エレーナとハルナに対するティアドの高評価にただただ驚く。
「もしよろしければ、お二人にこの話しをさせていただき、納得いくようでしたらそのように話を勧めたいと思いますがいかがでしょうか?」
「ぜ……ぜひ、お願いしたいですわ、ティアド様。さっそく、二人をお呼びしましょう。きっと大喜びですわ!」
そういって、アーテリアはメイヤに二人をこの部屋に呼ぶようにお願いした。
そして数分後。
「お呼びでしょうか、お母様」
「あ、ティアド様。先日は大変お世話になりました!」
二人が部屋に入ってきて、アーテリアは二人を席に座らせてた。
「今日はね、ティアド様がとてもよいお話しを持ってきていただいたのよ。二人が喜ぶお話しよ!」
「今回の王選の件ですが、モイスティアとしてはハルナさんにお願いしたいの。そうすればエレーナさんも……」
——バンッ!
エレーナは急にテーブルを叩いて立ち上がる。
「な……ですか……何なんですか?みんなそろって””ハルナハルナハルナ”って。わたしはハルナのオマケなんですか!?ハルナより下なんですかっ!!!!」
「エレーナ……どうしたの!?」
アーテリアは戸惑いを隠せない。
「エレーナさん、どちらが上とか下とかではないのよ。私は……わたしはあなた達の……」
ティアドもエレーナの豹変に戸惑いを隠せない。
「もう結構です!今回の王選に選ばれたのは、私”エレーナ・フリーマス”です。他の誰でもありません!!」
そういうと、エレーナは部屋を勢いよく飛び出した。
「私……私が……何かしたの?私のせいなの??」
「いいえ。違うわハルナさん。あなたは何もわるくない……アナタは何も」
ティアドが、泣きそうになるハルナの肩を抱いて言い聞かせる。
アーテリアはメイヤに、エレーナの監視をするよう伝えた。
王都に旅立つ日まで、あと三日となった。
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