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第一章 【モイスティア】
1-23 過ぎ行く騒然たる日々
しおりを挟むティアドは、ソフィーネが淹れてくれた目の前にある紅茶を一口含む。
「そうね……思うところがないわけでは……ないわね」
紅茶の皿を、膝の上に乗せたままティアドはうつむく。
ほんの十秒くらいの時が、とても長く感じる。
気持ちを整理し終えたのか、ティアドは語り始めた。
「カメリア姉さんは、自慢の姉だったのよ。若くして精霊使いになり、面倒見もよく頭の回転も速く、人を見抜く力もあったように思えた。そんな力がある人物だからこそ、モイスティアの訓練所を造れたのよ」
「王選に参加し、旅に出ることになったときも驚きはしなかったわ。姉さんなら当然だと思ってた。もしかしたら、お妃にもなれるんじゃないかって本気で思ってた……それが当たり前のようにね」
「姉さんは、旅の中で風の大精霊(ラファエル)様とお会いすることができ、認められてその証である指輪を受け取った……」
ティアドは、ハルナの手を見つめる。
「風の精霊の加護を受けた指輪を……ね」
ハルナはそっと指輪に触れる。
本当はこんなに気軽に付けていること自体がおかしく、苦労をして努力をして手に入れることが許されるものだったのだ。
「一度町に戻り、次の出発まで準備をしていたところ。王国からの依頼でインプ討伐の命令が下りたの。依頼対象は強敵、だから精霊の加護を受けている二人の精霊使いに白羽の矢が立ったの」
「それが……」
「そう……あなたのお母様と私の姉さんね。一番まとまっていることと実績と実力が評価され、王子を含むメンバーが基本となり護衛数名を追加して討伐することになったの」
「……それで、あの事件ですか?」
マイヤが言葉を挟む。
「そうね。この話はもう、アーテリア様からお聞きになられているかしら?」
エレーナは、その問いかけに黙って頷いた。
「……あの頃は信じられなかった。姉が……カメリアが、死んでしまったなんて。どんなに考えても、判らなかったし受け入れられなかった。誰かに聞こうにも、いつも頼りにしていたのが姉だったから。次第に、パーティーの中で裏切り者いたのかもとまで、疑いの目を持つようになったわ。……弱かったのよ、人としてね」
「ティアドさん……」
ハルナは慰めの声を掛けようとしたが、それから先の言葉が浮かばなかった。
ハルナも忘れかけていたあの事実を思い出していた。この世界とは別の世界に残してきた妹のことを。
同じように苦しんでいるのではないか……
そう考えると、ティアドの気持ちも理解できる。
残された方は、辛い思いを抱いたまま生きていかなければならないのだろう。
消えることのない記憶とともに。
幸か不幸か、今ハルナはこうして別の世界に生きている……
この世界が”本当”の世界かわからないが、こうしてみんなと過ごせていることは幸せなことかもしれない。
「ありがとう、ハルナさん……お心遣い感謝するわ。そしてごめんなさいね、エレーナさんの質問の答えになっていなかったわね」
その言葉にエレーナは真っ赤な目をして、首を振り否定する。
言葉を出すと、我慢している涙がこぼれそうだったから。
「それで先ほどの答えは……【いいえ】よ。今はもう、あの事件に関しては誰も恨んでいないわ……確かに、今でも思い出すとまだ胸が苦しくなる。でも、それは信頼していた仲間を守るためだったのよね。……やっぱり誇りの姉だわ」
そういうと、エレーナの顔を見つめ優しく微笑んだ。
エレーナの心の堤防は、もろくも崩れ落ちる。
今まで耐えてきたものが、許されたのだった。
泣き声を押し殺そうにも、自然とあふれる感情の前には止めることはできなかった。
ティアドはそんなエレーを抱き寄せてて、後ろ髪を優しくなでる。
自分の娘を慰めるように……
ティアドには、もう一つの問題もあった。
娘の消失について。
これに関しても、何も情報がないまま時間だけが経過をしている。
こればかりに時間をかけるわけにもいかず、やるべきことは他にも沢山ある。
せめてどこかで無事でいてくれるか、最悪でも苦しんでいなければ良いと願うばかりだ。
そろそろ、モイスティアでの滞在にも、お別れの時間が近づいてきた。
エントランスには、豪華な馬車が止まっている。
その紋章はフリーマス家の紋章だった。
馬車の運転席に乗っていたのは、御者とアルベルト。
車の中にはメイヤも乗っていた。
道中、何かあってはいけないと二名に命令をしたのはアーテリアだった。
アルベルトは黒い服に身を包み、他の町でも恥ずかしくない格好を整えている。
腰にはレイピアを携えて。
アルベルトは、昇降台を設置し準備を整える。
馬車のドアが開き、中からメイヤが姿を見せる。
馬車から降りて、ティアドの前に跪き挨拶を述べる。
「ご無沙汰しております、ティアド・スプレイズ様。この度の長期間の滞在についてお許しを頂きましたことにアーテリア様より感謝の言葉をお預かりしております」
「ご丁寧に有難うございます。こちらこそ、エレーナ様やハルナ様にはご協力いただき感謝しております。また改めて、お礼のご挨拶にお伺いさせて頂きますので、アーテリア様によろしくお伝えください」
その言葉に対し、メイヤはお辞儀をして返した。
そして、視点はその後ろのソフィーネに。
「……お元気そうね、ソフィーネ。今回はお手柄だったと聞いておりますよ」
「ありがとうございます、メイヤ様。少しは、スプレイズ家のお役に立てたようで安心しておりますわ」
「ふふふ……それはよかったわ。それではまた今度、どのくらい成長したのかお手合わせ願いたいわね」
「……その際は、ぜひよろしくお願いしますわ……メイヤ様」
「あーもう。二人とも敵意むき出しなのよ。マイヤも二人を止めてよ!」
「いーえ、エレーナ様。こんなのはまだまだです。二人にとっては再開した喜びの挨拶のようなものですわ」
一通り挨拶が終わり、時間を気にしてアルベルトが声を掛ける。
「エレーナ様、それではそろそろ出発しましょう。遅くなりますと、道も暗くなり危険になって参りますので……」
とはいえ、このメンバーなら何が起きても対処可能であるとエレーナは思っているが、このまま居てはティアドにも迷惑がかかるというもの。
「えぇ……それでは、ティアド様、ソフィーネさん。お世話になりました。また近いうちにお会いできる日を楽しみしております」
そう告げて、エレーナはお辞儀する。
「こちらこそ、有難うございました。……それにハルナ様も、お元気で。また、遊びにいらしてくださいね」
「有難うございます、ティアドさん。またぜひお会いしましょう!」
そういうとハルナは、ティアドに手を差し出す。
ティアドも気付き手を差し出してハルナの手を取り、握手をした。
ハルナはその手にピリピリとしたものを感覚を受け、力強さを感じる。
エレーナ、ハルナ、マイヤ、メイヤの順で馬車に乗り込む。
アルベルトが踏み台をしまい、御者の隣に座る。
「それでは、有難うございました!!」
ハルナは窓から顔を出し、見送ってくれる人たちに挨拶をした。
――パシィッ
鞭の音が響き、馬車はゆっくりと動き出す。
ティアドは、じっとハルナの顔を見つめていた。
馬車の姿が小さくなり、町の角で見えなくなるまで見送っていた。
いつまでも見送るティアドに、ソフィーネは心配して声を掛ける。
「……ティアド様?」
「……ごめんなさい。とても賑やかな日々だったので、少し寂しくなったのよ」
「わかります、ティアド様。私も同じ気持ちです……」
二人は笑い合い、静かになった家の中に戻っていった。
途中休憩を挟みながら、馬車は進んでいく。
そして、日が暮れて空が赤から黒の色に染まっていく。
明るい星だけが輝いて見え始めたその時、懐かしい関所が見えてきた。
『風の町ラヴィーネ』
馬車は何事もなく町に入り、懐かしい町の中を進んでいく。
大きな屋敷の姿が、徐々に大きくなり門が静かに開いていく。
門を通り過ぎると、開いた扉の中から眩しい明かりが見え出迎える人影が見える。
馬車は速度を落とし、エントランスの前に停まった。
アルベルトが踏み台を置き、馬車のドアを開く。
「ただいま!!」
エレーナが飛び出した。
「おかえりなさい、エレーナ。そしてハルナさんも」
出迎えてくれたのは、アーテリアだった。その横には、オリーブの姿もあった。
「疲れた……ただ、座ってるだけっていうのも疲れるのよね」
「私も、腰……が……伸ばせない……の」
背伸びをするハルナの腰から”バキッ”っと音が鳴る。
「とにかく、お湯にでも浸かってサッパリしてきたら?そこからお話を聞かせて頂戴?」
アーテリアの提案にエレーナとハルナは同意する。
マイヤ、メイヤは、着いたばかりだがメイドとしての仕事があるようだった。
ハルナは申し訳ないと思いつつも、エレーナの強引な誘いにより浴場に連れていかれた。
その後、軽く夕食を済ませ、アーテリアの部屋に集まる。
部屋には、疲れを癒やすための香りのよい植物のオイルが焚かれ、嗅覚から身体の疲れを取り除いてくれる。
そこでエレーナは、モイスティアで起きた出来事やティアドから聞いた話などをアーテリアに報告した。
出来事については、マイヤがこまめに書簡にて報告していてくれていたようでおおよその内容は伝わっていた。
ティアドの件については、初めて耳にする内容だった。
「そう……ティアド様はそう仰っていたのね」
マイヤは、帰り際にティアドから書簡をあずかっていたが、その内容では読み取れないものを話の中から感じ取れた。
アーテリアも少しだけ、背負っているものが軽くなった気持ちになる。
(この二人は、結構いいコンビね……)
初めてこの家に連れてきた時に相性が良いのは感じていたが、これほどまでとは思っていなかった。
それに、今回起きた不思議な現象。
娘の傷も、すっかり癒えているようだったが今夜はそのことについて触れないほうがいいと感じた。
また、落ち着いて何が起きたのか状況を整理し検証することにした。
「……わかりました。とにかく、お疲れさまでした。今夜はゆっくりと休んで。数日間は身体を癒すことに専念するのよ、二人とも」
「「はい!」」
二人は、それぞれの寝室に戻り、久々の自分のベットで休むことにした。
――真夜中
屋敷の中では、誰かが起きて作業している気配はある。
その音に目が覚めてしまったというわけでもない。
(疲れてるはずなのに……眠れない)
エレーナはベットの横においてある、オイルランプに火をつける。
火はゆらゆらと揺れ、心地良い揺らぎで癒してくれる。
急に元の生活に戻ってきたため、順応できていないのかと思っていた。
でも、そうではなさそうだった。
エレーナは眠気が訪れるまで、ベットに腰かけることにした。
その隣には、この度でずっと持ち歩いていた愛用の杖が立て掛けてある。
思い出すのは、ハルナの急成長した力。
今まで自分でも見たことがない、力を見せていた。
(あの指輪の力なの??)
思い返しても、今回特に何かをした記憶がない。
近頃、ハルナのことを思うと息苦しくなる気がする。
(嫉妬……かしら?)
その気持ちもぬぐい切れない。
だけど、ハルナ自身のことは嫌いではない。
――はず
エレーナは目をつむり、苦しくなるほどに肺を空気で満たす。
そして息を止める、苦しくなるまで止める。
…………
……………………
………………………………
――ぷっっはあぁぁぁ!!!
一気に息を吐き、気持ちを切り替える。
心臓の早い鼓動が、身体の中で鳴り響く。
(忙しかったから、急に休んでも気が落ち着かないのよね……)
自分の状態をそう納得させ、コップに水を入れ飲み干した。
今夜はオイルランプの灯は消さずに、オイルが切れるまで点けておくことにした。
(――クソッ)
エレーナはベットの中に潜り込んだ。
数日後、各主要な家に王国から書簡が届く。
その書簡の表には、次のような文字が書かれてあった。
【王選に関わる、精霊使いの人選のについて】
――――――――――――――――――――――――――――――
商人たちの一同が、森の中を移動している。
商人の中には、ある特定の町だけではなく各町を回り、他の町の特産品を仕入れ他の町にそれ流し、またその町の特産品を他の町へ流す者たちもいる。
時にその商人たちは一家族だけではなく、複数の家族で集団を形成し各町を旅していた。
そういった商人のとある集団の一つ。
先頭に番犬を連れて、魔物や時々出てくる野盗を察知するために同行させている。
――ワン!
数匹の一頭が、何かを見つけたらしくそちらに向かって吠える。
首輪を引いている、少女が愛犬をなだめるが鳴き止むことがなかった。
いつもと違う様子に、周囲は警戒する。
少女は愛犬と一緒に、その周囲を探索する。
草に埋もれた中に、一つ光るものが見えた。
犬はそれを口にくわえ、少女に手渡した。
少女はその瓶を眺めると、瓶自体は高価なものに見えたが中の黒い粉のようなものが気になった。
瓶を渡した犬はおとなしくなり、また群れの方へ戻っていった。
「ナーシャ、何かあったのかい?」
「いいえ、お父様。特に何もなかったわ」
そういうと、少女はまた旅の一同の中に戻り進んでいった。
(あの瓶はあたしが拾ったからあたしの物なのよ!)
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