1 / 11
第1話 恋敵出現
しおりを挟む
「同期の水島さんっているだろ。付き合うことになったから」
片想い相手の同僚・銀城にコーヒーに誘われ、ほいほいついて行ったら告白する前にフラれた。なんと、25歳という四捨五入して三十路になったその日のことである。
「マジか……マジ、入社して3年、2年片想いこじらせて誕生日に失恋するのか、私……」
呆然とするあまり、ブツブツ呟きながらフラフラとデスクに戻る途中、せめて化粧くらい直して気合を入れようとトイレに入ろうとした瞬間「てかマジ白藤さんとデキてなくてよかったー」と件の水島さんの声が、しかも私の名前を出すのを聞いて足を止めてしまった。
「ねー。あれ絶対デキてるか、じゃなきゃ秒読みじゃんってみんな言ってたけど」
「だよねー。でも違うんだって、ベッドでしおらしく、でも銀城くんって白藤さんと付き合ってるよね、責任とか考えなくていいよって言ったとき、なんもないって言ってたし」
「意外と銀城くん奥手じゃん。てかやっぱ銀城くん好みおかしいわ、白藤さん、美人だけど仕事デキすぎてキッツイってみんな言ってるし」
「男より仕事してどーすんだろうね? 老後のマンションでも買うのかな?」
そうして聞き耳を立てていた私は知ってしまった。どうやら水島さんは、新年会の二次会終わりに銀城のグラスに薬を盛って部屋に連れ込んで服を剥|(は)ぎ、あたかも自分が無理矢理関係を持たされたかのように装ったのだと。ついでに、水島さんは犯罪行為を武勇伝のように語るヤバイ女だと発覚した。
「気が変わる前に結婚してほしいし、次は妊娠かなー。銀城くんも付き合いさえすれば手出さないはずないし、そっちは本当にすればいいんだけど」
「てか銀城くん意外と騙されんだね、ヤッてないのに」
「女は分かるって言うけど男は分かんないもんなのかな? ま、どーでもいいんだけど」
今時漫画でも見かけないベタな悪女ムーブで好きな男を横から掻っ攫われた。そんな事実を知ってしまった私にできることは――しかし水島さんを糾弾することでも銀城に告げ口をすることでもなく、ただ仕事をすることだった。なにせこちとら会社の兵士、三度の飯を食う暇があるなら三日分のノルマをこなせ言われる営業マン、終わった恋に割く時間の余裕なんてない。
もちろん心の余裕もなかった。だから新年早々終電を前に呟いた。
「……死にたい」
最低最悪な誕生日を迎えた、その日のうちに死んでいた。
それが、私の人生だった。
そう気が付いたのは、シルヴィア・ブランシャールとして生を受けて僅か3年後のことだった。
このシリゼ王国にて、我がブランシャール伯爵家はそれなりの名門貴族で、しかも潜性遺伝子まで美形なのかと思ってしまうほどの美形一族。お陰様で私も金髪碧眼、陶器のように白い肌に整いきったパーツを持つ美少女となったうえ、優しい家族に何一つ不自由なく育てられた。
ただ、営業のエースを争った男勝りな性格は変えようがなかった。しかも、私は「これ転生ってヤツ? 憧れの天才児とかなれちゃう!?」と張り切ったのだが、この世界では女なんていい家に嫁いでなんぼで、それどころか令和の日本と同じノリで勉強と仕事ができる女は「女のくせにはしたないッ」と敬遠されてしまう。なんとも旨味のない転生だ、と私は肩を落とした。
「シルヴィア、お前は口さえ閉じれば、そうでなければ男であれば引く手数多だったというのに」
お陰でお父様もいつもそう呆れていた。でも営業なんて喋ってなんぼで、毎月高くなるノルマを毎月こなすのが仕事で、なおかつそれが私の武器だったのだから仕方がない。
といっても、得意なのは取引先のオジサンを口説くことばかりで、好きな男一人口説けなかった。めちゃくちゃな美少女なのに相変わらずさっぱりモテない、私らしい転生といえばそうだった。
そんなシルヴィアとして平和に過ごしてはや16年、貴族学院入学を控えた私に、ある転機が訪れた。
「ごきげんよう、シルヴィア……」
学院が始まる直前、同級生のアントワネット・ブルークレールがわざわざ屋敷を訪ねてきたのである。
アントワネット・ブルークレールは、いま流行りの“悪役令嬢”という形容がぴったりな気の強いご令嬢だ。その性格は遺伝子にも表れていて、バッキバキの金髪縦ロールに吊り上がった眉、威圧的なほど大きなパープルの瞳の持ち主なのである。ちなみに、私とフレデリク王子殿下の婚約者の座をかけて争い、そして勝利したのも彼女、アントワネットだ。
そんな彼女の訪問を“転機”と呼ぶ理由はふたつ。まずアントワネットは、まかり間違っても挨拶から入るような礼儀を持ち合わせていない、傲慢と高慢を絵に描いたようなご令嬢だからである。
もうひとつ、ゆえにモチロン私は仲良くなんてない。なんならフレデリク王子殿下の婚約者の座争いのときはわりと嫌がらせをされたし、そのせいで家同士もギクシャクしている有様なのだ。
そのアントワネットが私を訪ねるとは、一体なにごとか? 毒を持ってきたので今から紅茶に淹れて飲んでみろと言われても納得するくらいにはおかしなイベントだった。
「……どうしたの、アントワネット」
しかしだからといってわざわざ家に来られて邪険にすることはできない。貴族の体裁ってヤツだ。
仕方なく紅茶を出すと、アントワネットは似合わぬ神妙な面持ちで「実は……」と切り出した。
「私……、学園の卒業と同時に破滅を迎える運命にあるの」
「え、急になに?」
入学する前から卒業時の心配、しかも身の破滅とか、そんなん嗤う――間違えた笑うわ。というか声を上げて笑ってしまったのだけれど、「違うのよシルヴィア、私は真面目に話してるの!」と憤慨された。
「……今朝、思い出したのよ。私はかつて日本に住んでいたってこと……、ここという異世界に転生したんだってことをね」
が、さすがにそれを聞いて硬直せざるを得なかった。
そうして話し出したアントワネットによれば、ここは乙女ゲーム『カルテ・カルテット』――通称『カルカル』を舞台にした剣と魔法の世界。ヒロインがいて、ヒーローという名の攻略対象が複数人いて、そしてヒロインを虐める悪役令嬢が用意されているという。
そしてアントワネットはその悪役令嬢なのだそうだ。攻略対象の一人がアントワネットの婚約者・フレデリク殿下であり、高確率でアントワネットは、卒業記念パーティでの婚約破棄&学園追放のコンボを食らうのだという。ちなみに私は『カルカル』どころか乙女ゲー自体やったことない。
「だからお願い、私を助けてほしいの!」
わっと涙を浮かべて手を合わされたけれど、待て待て。お前、フレデリク王子殿下の婚約者の座を争って私に何したか忘れたか?
挨拶代わりの嫌味と皮肉はもちろん、社交場でぶつかりおじさんもびっくりな勢いで体当たりしてきたのは一度や二度じゃない。階段どころか崖から突き落とそうとしたこともあるし、私がベランダにいるのをいいことに寒空に締め出したことも、坊ちゃん嬢ちゃんの遠足で山に置き去りにすべく罠に嵌めようとしたこともある。もっと地味なことをいえば、ドレスの色が同じだっただけで「私が美しいからって真似しないでくださる!?」なんて自意識過剰な文句を言ってきたこともあるし、その後は「他の令嬢のドレスを真似るなんて、シルヴィア・ブランシャールは盗人同然」なんて老若男女問わず触れ回った。
そんなアントワネットの所業のお陰で「ブランシャール伯爵令嬢はとんだじゃじゃ馬」なんて言われて私のもとには釣書一枚来なくなったけど――いや正直前世の銀城を引き摺ってるからいいんだけど――そんな私に助けろとか言うか?
マジかコイツ、とんだ面の皮だな。……と言いたいところだが、いかんせんこのアントワネットはアントワネットであってアントワネットでないのである。王子の婚約者となるために手練手管を尽くし、その中で私に様々な嫌がらせをしたといっても、それはアントワネットであってこのアントワネットではないのである。
「……ちなみに、どうして私にその話を?」
「だって私達、『カルカル』の中でとってもいい友達だったの。だからきっと、シルヴィアなら力になってくれると思って」
現に、そうして可愛らしく花の咲いたように微笑むアントワネットは、私の記憶の中にあるアントワネットとは別人なのだった。理屈でいっても、異世界転生した人格が入ってきた(乗っ取った?)ということは、きっと今までのアントワネットは消滅したのだろう(だとしたら成仏してほしい、頼むから)。
そういうことなら、ネチネチと「虐めた側は忘れても虐められた側は覚えてんだからなコノヤロー」と言うほど狭量ではない。もちろん「汝の敵を愛せよってヤツね」と言うほど物分かりよくはないけれど。
「……そういうことなら、仕方ないわね」
ゲームで親友設定だったから仲良くできるよねって意味分かんない理屈だけど。
「よかった、シルヴィアなら信じてくれるんじゃないかと思って話してみたの」
ああ、ほらね――。頬を緩めるアントワネットに、私はどこか遠い目をしてしまった。アントワネットはこんな素直ないい子じゃなかった。私を虐めていたアントワネットはもういないのだ。さようなら旧アントワネット、できるだけ早く旧アントワネットのことは忘れるわ。
「転生したのもかなりショッキングなタイミングだったから、もう朝から不安で仕方なくて……せっかく銀城くんを白藤さんから奪ったところだったのに……」
が、その愚痴に本日二回目、硬直した。
「あ、これはね、転生する前のお話なの。私、前世では営業のエース……こちらの世界でなんて言えばいいのかしら、“花形”? とにかく人気のある男性とお付き合いし始めたところだったの。その男性が銀城という名前で」
「……『奪った』って?」
「あー……それは、ちょっとした言葉の綾ってものよ! 白藤さんという女性がいたのだけれど、女性なのに男性みたいに働く方でね、はしたないでしょう? 銀城くんがそんな女性に騙されてたから、助けてあげたって言うべきかしら?」
微笑みながら、アントワネットはとんでもない誤情報を口にした。
いや、アントワネットではない――彼女は水島さんだ。
「ごめんなさいね、前世のお話なんてつまらないわよね。ごめんねシルヴィア、今日はお話を聞いてくれて助かったわ!」
前世の恋敵が現世で親友になるなんて、どうかしてる。世界がどうかし過ぎてぐうの音も出なかった。
片想い相手の同僚・銀城にコーヒーに誘われ、ほいほいついて行ったら告白する前にフラれた。なんと、25歳という四捨五入して三十路になったその日のことである。
「マジか……マジ、入社して3年、2年片想いこじらせて誕生日に失恋するのか、私……」
呆然とするあまり、ブツブツ呟きながらフラフラとデスクに戻る途中、せめて化粧くらい直して気合を入れようとトイレに入ろうとした瞬間「てかマジ白藤さんとデキてなくてよかったー」と件の水島さんの声が、しかも私の名前を出すのを聞いて足を止めてしまった。
「ねー。あれ絶対デキてるか、じゃなきゃ秒読みじゃんってみんな言ってたけど」
「だよねー。でも違うんだって、ベッドでしおらしく、でも銀城くんって白藤さんと付き合ってるよね、責任とか考えなくていいよって言ったとき、なんもないって言ってたし」
「意外と銀城くん奥手じゃん。てかやっぱ銀城くん好みおかしいわ、白藤さん、美人だけど仕事デキすぎてキッツイってみんな言ってるし」
「男より仕事してどーすんだろうね? 老後のマンションでも買うのかな?」
そうして聞き耳を立てていた私は知ってしまった。どうやら水島さんは、新年会の二次会終わりに銀城のグラスに薬を盛って部屋に連れ込んで服を剥|(は)ぎ、あたかも自分が無理矢理関係を持たされたかのように装ったのだと。ついでに、水島さんは犯罪行為を武勇伝のように語るヤバイ女だと発覚した。
「気が変わる前に結婚してほしいし、次は妊娠かなー。銀城くんも付き合いさえすれば手出さないはずないし、そっちは本当にすればいいんだけど」
「てか銀城くん意外と騙されんだね、ヤッてないのに」
「女は分かるって言うけど男は分かんないもんなのかな? ま、どーでもいいんだけど」
今時漫画でも見かけないベタな悪女ムーブで好きな男を横から掻っ攫われた。そんな事実を知ってしまった私にできることは――しかし水島さんを糾弾することでも銀城に告げ口をすることでもなく、ただ仕事をすることだった。なにせこちとら会社の兵士、三度の飯を食う暇があるなら三日分のノルマをこなせ言われる営業マン、終わった恋に割く時間の余裕なんてない。
もちろん心の余裕もなかった。だから新年早々終電を前に呟いた。
「……死にたい」
最低最悪な誕生日を迎えた、その日のうちに死んでいた。
それが、私の人生だった。
そう気が付いたのは、シルヴィア・ブランシャールとして生を受けて僅か3年後のことだった。
このシリゼ王国にて、我がブランシャール伯爵家はそれなりの名門貴族で、しかも潜性遺伝子まで美形なのかと思ってしまうほどの美形一族。お陰様で私も金髪碧眼、陶器のように白い肌に整いきったパーツを持つ美少女となったうえ、優しい家族に何一つ不自由なく育てられた。
ただ、営業のエースを争った男勝りな性格は変えようがなかった。しかも、私は「これ転生ってヤツ? 憧れの天才児とかなれちゃう!?」と張り切ったのだが、この世界では女なんていい家に嫁いでなんぼで、それどころか令和の日本と同じノリで勉強と仕事ができる女は「女のくせにはしたないッ」と敬遠されてしまう。なんとも旨味のない転生だ、と私は肩を落とした。
「シルヴィア、お前は口さえ閉じれば、そうでなければ男であれば引く手数多だったというのに」
お陰でお父様もいつもそう呆れていた。でも営業なんて喋ってなんぼで、毎月高くなるノルマを毎月こなすのが仕事で、なおかつそれが私の武器だったのだから仕方がない。
といっても、得意なのは取引先のオジサンを口説くことばかりで、好きな男一人口説けなかった。めちゃくちゃな美少女なのに相変わらずさっぱりモテない、私らしい転生といえばそうだった。
そんなシルヴィアとして平和に過ごしてはや16年、貴族学院入学を控えた私に、ある転機が訪れた。
「ごきげんよう、シルヴィア……」
学院が始まる直前、同級生のアントワネット・ブルークレールがわざわざ屋敷を訪ねてきたのである。
アントワネット・ブルークレールは、いま流行りの“悪役令嬢”という形容がぴったりな気の強いご令嬢だ。その性格は遺伝子にも表れていて、バッキバキの金髪縦ロールに吊り上がった眉、威圧的なほど大きなパープルの瞳の持ち主なのである。ちなみに、私とフレデリク王子殿下の婚約者の座をかけて争い、そして勝利したのも彼女、アントワネットだ。
そんな彼女の訪問を“転機”と呼ぶ理由はふたつ。まずアントワネットは、まかり間違っても挨拶から入るような礼儀を持ち合わせていない、傲慢と高慢を絵に描いたようなご令嬢だからである。
もうひとつ、ゆえにモチロン私は仲良くなんてない。なんならフレデリク王子殿下の婚約者の座争いのときはわりと嫌がらせをされたし、そのせいで家同士もギクシャクしている有様なのだ。
そのアントワネットが私を訪ねるとは、一体なにごとか? 毒を持ってきたので今から紅茶に淹れて飲んでみろと言われても納得するくらいにはおかしなイベントだった。
「……どうしたの、アントワネット」
しかしだからといってわざわざ家に来られて邪険にすることはできない。貴族の体裁ってヤツだ。
仕方なく紅茶を出すと、アントワネットは似合わぬ神妙な面持ちで「実は……」と切り出した。
「私……、学園の卒業と同時に破滅を迎える運命にあるの」
「え、急になに?」
入学する前から卒業時の心配、しかも身の破滅とか、そんなん嗤う――間違えた笑うわ。というか声を上げて笑ってしまったのだけれど、「違うのよシルヴィア、私は真面目に話してるの!」と憤慨された。
「……今朝、思い出したのよ。私はかつて日本に住んでいたってこと……、ここという異世界に転生したんだってことをね」
が、さすがにそれを聞いて硬直せざるを得なかった。
そうして話し出したアントワネットによれば、ここは乙女ゲーム『カルテ・カルテット』――通称『カルカル』を舞台にした剣と魔法の世界。ヒロインがいて、ヒーローという名の攻略対象が複数人いて、そしてヒロインを虐める悪役令嬢が用意されているという。
そしてアントワネットはその悪役令嬢なのだそうだ。攻略対象の一人がアントワネットの婚約者・フレデリク殿下であり、高確率でアントワネットは、卒業記念パーティでの婚約破棄&学園追放のコンボを食らうのだという。ちなみに私は『カルカル』どころか乙女ゲー自体やったことない。
「だからお願い、私を助けてほしいの!」
わっと涙を浮かべて手を合わされたけれど、待て待て。お前、フレデリク王子殿下の婚約者の座を争って私に何したか忘れたか?
挨拶代わりの嫌味と皮肉はもちろん、社交場でぶつかりおじさんもびっくりな勢いで体当たりしてきたのは一度や二度じゃない。階段どころか崖から突き落とそうとしたこともあるし、私がベランダにいるのをいいことに寒空に締め出したことも、坊ちゃん嬢ちゃんの遠足で山に置き去りにすべく罠に嵌めようとしたこともある。もっと地味なことをいえば、ドレスの色が同じだっただけで「私が美しいからって真似しないでくださる!?」なんて自意識過剰な文句を言ってきたこともあるし、その後は「他の令嬢のドレスを真似るなんて、シルヴィア・ブランシャールは盗人同然」なんて老若男女問わず触れ回った。
そんなアントワネットの所業のお陰で「ブランシャール伯爵令嬢はとんだじゃじゃ馬」なんて言われて私のもとには釣書一枚来なくなったけど――いや正直前世の銀城を引き摺ってるからいいんだけど――そんな私に助けろとか言うか?
マジかコイツ、とんだ面の皮だな。……と言いたいところだが、いかんせんこのアントワネットはアントワネットであってアントワネットでないのである。王子の婚約者となるために手練手管を尽くし、その中で私に様々な嫌がらせをしたといっても、それはアントワネットであってこのアントワネットではないのである。
「……ちなみに、どうして私にその話を?」
「だって私達、『カルカル』の中でとってもいい友達だったの。だからきっと、シルヴィアなら力になってくれると思って」
現に、そうして可愛らしく花の咲いたように微笑むアントワネットは、私の記憶の中にあるアントワネットとは別人なのだった。理屈でいっても、異世界転生した人格が入ってきた(乗っ取った?)ということは、きっと今までのアントワネットは消滅したのだろう(だとしたら成仏してほしい、頼むから)。
そういうことなら、ネチネチと「虐めた側は忘れても虐められた側は覚えてんだからなコノヤロー」と言うほど狭量ではない。もちろん「汝の敵を愛せよってヤツね」と言うほど物分かりよくはないけれど。
「……そういうことなら、仕方ないわね」
ゲームで親友設定だったから仲良くできるよねって意味分かんない理屈だけど。
「よかった、シルヴィアなら信じてくれるんじゃないかと思って話してみたの」
ああ、ほらね――。頬を緩めるアントワネットに、私はどこか遠い目をしてしまった。アントワネットはこんな素直ないい子じゃなかった。私を虐めていたアントワネットはもういないのだ。さようなら旧アントワネット、できるだけ早く旧アントワネットのことは忘れるわ。
「転生したのもかなりショッキングなタイミングだったから、もう朝から不安で仕方なくて……せっかく銀城くんを白藤さんから奪ったところだったのに……」
が、その愚痴に本日二回目、硬直した。
「あ、これはね、転生する前のお話なの。私、前世では営業のエース……こちらの世界でなんて言えばいいのかしら、“花形”? とにかく人気のある男性とお付き合いし始めたところだったの。その男性が銀城という名前で」
「……『奪った』って?」
「あー……それは、ちょっとした言葉の綾ってものよ! 白藤さんという女性がいたのだけれど、女性なのに男性みたいに働く方でね、はしたないでしょう? 銀城くんがそんな女性に騙されてたから、助けてあげたって言うべきかしら?」
微笑みながら、アントワネットはとんでもない誤情報を口にした。
いや、アントワネットではない――彼女は水島さんだ。
「ごめんなさいね、前世のお話なんてつまらないわよね。ごめんねシルヴィア、今日はお話を聞いてくれて助かったわ!」
前世の恋敵が現世で親友になるなんて、どうかしてる。世界がどうかし過ぎてぐうの音も出なかった。
88
あなたにおすすめの小説
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?
神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。
(私って一体何なの)
朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。
そして――
「ここにいたのか」
目の前には記憶より若い伴侶の姿。
(……もしかして巻き戻った?)
今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!!
だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。
学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。
そして居るはずのない人物がもう一人。
……帝国の第二王子殿下?
彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。
一体何が起こっているの!?
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!
木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。
胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。
けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。
勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに……
『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。
子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。
逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。
時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。
これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
コワモテの悪役令嬢に転生した ~ざまあ回避のため、今後は奉仕の精神で生きて参ります~
千堂みくま
恋愛
婚約を6回も断られ、侍女に八つ当たりしてからフテ寝した侯爵令嬢ルシーフェルは、不思議な夢で前世の自分が日本人だったと思い出す。ここ、ゲームの世界だ! しかもコワモテの悪役令嬢って最悪! 見た目の悪さゆえに性格が捻じ曲がったルシーはヒロインに嫌がらせをし、最後に処刑され侯爵家も没落してしまう運命で――よし、今から家族のためにいい子になろう。徳を積んで体から後光が溢れるまで、世のため人のために尽くす所存です! 目指すはざまあ回避。ヒロインと攻略対象は勝手に恋愛するがいい。私は知らん。しかしコワモテを改善しようとするうちに、現実は思わぬ方向へ進みだす。公爵家の次男と知り合いになったり、王太子にからまれたり。ルシーは果たして、平穏な学園生活を送れるのか!?――という、ほとんどギャグのお話です。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる