【短編版】神獣連れの契約妃※連載版は作品一覧をご覧ください※

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第2話

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 さて。部屋を引き上げた私は王城の門に立った。背中にそびえたつ王城のせいで、西日すら遮られ、私の頭上には影が落ち、仁王立ちした足の間からはヴァレンの顔が出ている。

「……これからどうしよう」
「そう焦らずとも、二、三日は猶予をもらえばよかったのだ」

 まるで他人事のような口ぶりに、じろりと足元を見下ろした。その先では、ぷわあ、とヴァレンがあくびをして大きな牙を覗かせている。

「もっとも、あの感情的な王子はなにを言い出すか分からん。今日のうちに飛び出したのは正解だったが」
「結論において相違ないってことでしょ。というか、ヴァレンなんてただの獣なんじゃないかって言い始めたときによく飛び掛からなかったわね」
「ただの獣と違って、格下は相手にしない主義でな」
「ご立派でなにより」

 小さく返事をしながら、何も解決しないやりとりに溜息をついた。

 ヴァレンは神獣の中でも特に知能が高いらしく、人間の言葉を理解するだけでなく喋ることもできる。いや喋るというと少し語弊がある、限られた者――少なくとも私にはその言葉が直接耳に届くだけだ。

 その会話を「自作自演だ」と陰で言われていることがあるのは知っていたが、まさかヴァレンの神獣性を否定してヴィオラ様の謎のウサギを神獣認定していたとは。アラリック殿下の馬鹿殿っぷりには恐れ入る。

「……行くあてはないけれど、正式に結婚する前に向こうから婚約破棄してくれて、それ自体は幸いだったかもしれないわね。あのまま王城にいたら、もしかしたら結婚という契約さえすれば加護があるんじゃないかって、形だけ結婚させられて対外的に妃として振る舞うのはヴィオラ様になって、私は地下牢にでも繋がれていたかもしれないし」

 でも、じゃあ、これからどうしよう。幼い頃からヴァレンが隣にいてくれたお陰で、我ながらたくましく生きてきた自覚はある。家族に金代わりに売られて、殿下に邪見にされ、公爵令嬢に目の仇にされ、殿下いわく臣下に煙たがられ、普通ならしょんぼり落ち込んで部屋に閉じこもる以外できなかっただろうけれど、そうはならずに済んだ。これからも、ヴァレンがいればきっと生きていける。

「とりあえず、住み込みの職を探しましょう。ヴァレンと一緒の部屋で暮らさないといけないからちょっとハードルは高いかもしれないけど、いざとなれば野宿でもいいし」
「これからの季節は寒いだろう」
「ヴァレンがそばにいれば暖炉よりも暖かいわ」
「ねえ、仕事探してるの?」
「え?」

 不意に、びっくりするほど軽い口調が降ってきた。驚いて振り向くと、立派な商隊を率いる馬車を更に率いる馬に乗って、少年がこちらを見ている。

 お使いにでも来てるの、と聞きたくなるほど可愛らしい顔立ちをした子だった。少し跳ねた太陽色の髪に、いたずらっぽいグリーンの目。この子ならヴァレンも懐くかも、そんな人懐こそうな、他人を警戒させない雰囲気があった。

 実際、足元のヴァレンは顔を上げるだけで、特段牙をむくことはない。

「きっと王城《ここ》に勤めてたんだよね? クビになちゃった?」

 ヴァレンの存在も気に留めず、彼は穏やかに微笑みかけてくる。

 しかし確かに、私はそう見えるのかも……。王子の元婚約者が供つけず、それどころか自分で荷物を両手に足元にオオカミを従えて吊り橋前で立ち尽くしているなど誰も思うまい。身に着けているドレスも古いし、ヴァレンももしかしたら犬と思われているかもしれないし、住み込みの使用人が職と住を一挙に失ったと勘違いされるのも当然だ。

 そしてまあ、婚約者の立場をクビになったといえば、そうでもある。重たい荷物を地面に下ろしながら「……ええ、まあ……」と頷く。

「そう……ですね……」
「じゃ、俺が雇おっか?」
「え?」

 少年は商隊を振り向きながら「適任がいなくて困っててさあ」と肩を竦める。

「条件は悪くないと思うよ、衣食住保障だし、身の安全もかなり確保できると思う。求めるものは多いかもしれないけど、王城《ここ》に勤めてたなら務まるんじゃないかなって。ああ、もちろん、犬も飼っていいよ」

 どう? なにか企みごとでもありそうな笑みに警戒心が顔を出す。

「もちろん、怪しい人間じゃないよ。ほら、王城を出入りする許可証もちゃんともらってるし」

 広げられた許可証には「ラウレンツ・F」と署名がされていた。確かに違法な商人ではないから、怪しい人ではないはず。この少年を見たことはないけれど、商人だから直接顔を見たことがないだけだろう。

 それに、神獣に守護される女なんて、どこの誰に利用されるか分かったものではない。下手な職探しをするより、こうして身元の確かな商人を頼ったほうがいい。

 いざとなればヴァレンもついているし、と見下ろした先では、犬呼ばわりされたことに怒っているのか、少年を睨みつけていた。

「……じゃあ、お願いします」
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