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21.王城と余談③

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 これだからニコラウスに付き合うのは御免なんだ。隣で共に頭を下げるニコラウスに、心の中で恨み言を呟いた。いつだってそうだ、お隣の令息の自慢のコレクションについて贋作暴露大会を開けと言われたときもそう、うるさく言い寄ってくる令嬢がいるから替え玉になって寝室で待機しろと言われたときもそう、ニコラウスの企みを、俺はいつも断ることができず、それどころか片棒を担がされる。今回も結局、森の中で「きっといい暮らしは待ってるはずだから……」と言いながら一羽捕まえることになった。

 くそっ、ニコラウスめ。旦那様に告げ口してやるから覚えていろよ。俺ももちろん叱られるが、死なばもろともというやつだ。

 そうこうしているうちに、高らかな靴音が響き渡った。ロザリア様の足音とは違い、存在を知らしめるような足音だ――と現実逃避した。なにせ俺は、これから、未来の王と王妃に大きな嘘をつくのだ。

「ヴィオラの神獣を見つけたというのはお前か、ニコラウス・グリムバッハ」

 少し興奮したような、期待の混じったアラリック殿下の声に、ぶわっと全身から冷や汗が噴き出た。

「いえ、私ではなく、正確には厩番のアレクシスが見つけました。彼はグリムバッハ家の小姓で、古くからの顔なじみでしたから、森の中を探す適任者として彼を思いついたのです」

 かたや、ニコラウスはいつもどおり、いやいつも以上に飄々とした口ぶりで、どんなふうにヴィオラ様の神獣を見つけたか雄弁に語った。さすが旦那様に出まかせしか言わない口から生まれてきたと言われただけある。

「……というわけで、こちらの白ウサギを見つけたのですが、もちろん、私どもでは神獣の声など聞けるはずもありません。恐れながら、ヴィオラ様に直接ご確認いただきたく、参上した次第でございます。ちなみに……」

 そっと、ニコラウスが何かを差し出した。台本になかったことなので、横目で見て俺まで驚いた――宝石つきの紫色のリボンだ。

「こちら、ヴィオラ様の神獣の足跡をたどっていた際に見つけたものでございます」

 そんなものを見つけていたなら先に教えてくれればいいじゃないか! 腕に白ウサギを抱えたまま愕然とした。もしやこれは嘘から出た真……この白ウサギは、俺に区別がつかないだけで、まさか本当に……。

「貴方の忠誠心に感謝いたします、ニコラウス・グリムバッハ。そちらの厩番、私のルナを放してください」
「あ、は、はい、失礼いたしました!」

 慌てて腕をほどくと、白ウサギはぴょいと俺の腕から飛び降り、それを幽霊みたいに白い手が抱き上げた。思わず顔を上げてしまうと、ヴィオラ様が愛おしそうに白ウサギを撫でている。

「間違いありません、私のルナです」
「そうか、ヴィオラ……そうか、それはよかった。私からも礼を言おう、ニコラウス・グリムバッハ。これは約束の謝礼だ」

 ポン、と金貨の入った袋がニコラウスの足元に放り出された。

 それだけだった。いつの間に例のリボンも受け取ったのか、アラリック殿下とヴィオラ様は「本当によかった、戻ってきてくれて」「当たり前です、私を守護する神獣なんですもの」と話しながら、まるで俺達は壁の飾りであるかのように無視し、連れ立って立ち去ってしまった。

 礼をとく暇すらもらえなかった、というか「厩番」呼ばわりだし、なんか俺が抱えてるのが悪いみたいに「放してください」なんて言われたんだが……。

「決まったな、神獣だってのはヴィオラ様の嘘だぜ」
「え?」

 半分呆然としている俺とは裏腹に、ニコラウスはしてやったりとでも聞こえてきそうな不遜な顔つきで二人の後ろ姿を見送っていた。
 しかし何を言っているんだコイツは。ヴィオラ様の嘘だなんて、脈絡も根拠もないし、むしろ例のリボンも見つけたんだから本物に違いないじゃないか。

「俺が拾ったという紫色のリボン、見たか?」
「見た……って何が? あれはさすがに本物だろ、宝石もついていたし」
「切れていただろ、ナイフで切られたみたいに」

 そう言われて思い出そうにも、ちょっと横目で見ただけのリボンのちぎれ方なんて覚えているものか。

「木の枝にでも引っかけたなら、絨毯の端みたいに糸が出ていたはず。ただ外れたなら、リボンは切れていないはず。ってことは、ヴィオラ様の神獣は勝手に逃げ出したんじゃなくて、誰かが意図的に逃がしたんだ」
「……謀反クーデターか?」
「そんでもって、俺の手元にこんなものがあるとする」

 得意げな声とともにポケットから取り出されたものを見て、俺はますます首を傾げた。例の紫色のリボンの切れ端だった。しかも微妙に黒く汚れている。

「……だからなんなんだ、お前の悪い癖だぞニコラウス。もったいぶってないで結論を言え」
「しっかりしろアレクシス、ロザリア様はこの手の話は一を聞けば十で返してくれた」
「元王子妃と厩番を比べるな。それで?」
「ヴィオラ様の神獣は耳のリボンをナイフで切られ、他の白ウサギと区別がつかない状態にされた後で逃がされた。が、どうやらリボンを切られたときに耳を怪我したようだぞ」

 はたと、そこで気がついた。白ウサギを捕まえたとき、ニコラウスが抱き上げてあれこれ見るものだから、コイツはヴィオラ様の神獣を間近で見たことがあるのかと思っていた。が、あれは怪我していないか確認していたのか。

「かくして、ヴィオラ様は、少なくとも今まで連れていた白ウサギとは別のウサギを『神獣だ』と言って受け入れたわけだ。今日までと今日から、どちらからか、はたまた両方か、ヴィオラ様が連れているのは神獣ではない」

 ニコラウスは、硬貨の入った袋を拾い上げると、ぽいと軽々しく俺に向けて放り投げた。ドスンと重たい音と感触が掌に落ちてきて、ニコラウスに対する恨みが少しばかり減った。最近小麦が高騰して困っていたのだ、これだけの臨時収入は非常にありがたい。

「ついでにアレクシス、もうひとつ面白い話があるが、これは漏らすなよ。ロザリア様が改定した王城の統制規則、これが以前のものに戻った」
「…………うん?」

 それと俺に何の関係が? 首を傾げたが、ニコラウスは半身しか振り向かなかった。

「真の貴族たるもの、仕えるべき相手は選ばねばならんという話さ」
「だからお前の悪い癖だって言ってるじゃないかニコラウス! もったいぶってないで――」
「ロザリア様なら分かってくれたんだがなあ。ヴィオラ様の神獣よりロザリア様の行方を探してくれればよかったのに」
「お前、ロザリア様のことを結構好いていたよな。元王子妃なんて、いくらお前でも相手にはされんだろ」
「そうとは限らんだろ、ロザリア様は元は名もなき伯爵家のご出身だしな」

 珍しく真面目に返事をするじゃないか。そう茶化してやりたかったが、厩番がいつまでも『大地の間』に留まることはできず、回廊でぺらぺらと無駄口を叩くわけにもいかず、何も言えなかった。

 代わりに外に視線を投げると、冬らしいどんよりと重たい雲が、いまにも王城に落ちてきそうなほど近くに漂っていた。
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