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01.人柄家柄とその他諸々*
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「私は要らなくなったと、そういうことですか?」
やっとのことで咀嚼して返事をすると「まあ、そういうことだなあ」とアラリック殿下は悩ましげなフリをしながら頷いた。
「なにせ、君の加護は我が国には適切でないというか……いや、間怠っこい言い方はよそう。正直、家柄、能力、なにより人柄、これを考えたとき、ヴィオラのほうが適任なんだ」
頭には、薄紫色の髪をくるくると指に巻き付けながら小首を傾げ「困ったわあ」を口癖にする殿下の従妹の姿が浮かんだ。次に思い浮かぶのは「ちょっと休憩」だった。
私には、正直、能力については殿下の言い分に疑義があった。しかし、殿下にとってはそうではないらしい。
「特に、君の振る舞いは王子の婚約者にふさわしくない。王子の婚約者でありながらメイドの一人もつけずに自ら身の回りを整え、時に料理まで手伝うなど。黙ってはいたが、そんなメイドの真似事をされては、私は顔に泥でも塗られたような気分だった」
私には、メイドをはじめとする付き人のような者はもともといない。もちろん、召し上げられた当初は充分なメイドがついていた。ただ、一年と経たないうちに、ヴィオラ様が解散を命じた。
『だって、もともとメイドがいなかった方なんでしょう? だったら必要ないっていうか……ほら、私は生まれしときより公爵令嬢ですから、人の主たる資質がございますけれど、ロザリア様はそうではありませんでしょう? そんな人に仕えさせるなんて可哀想じゃないかしら?』
もちろん意味が分からなさすぎてアラリック殿下に直談判しようとしたが、殿下は「お前はヴィオラのいうことが間違っているというのか?」と取り合わなかった。だから、アラリック殿下の言い分が正しいとすれば、それは殿下がご自身で顔に泥を塗ったということになる。
「一方で、ヴィオラは体が弱いにも関わらず、ときに無理をしてでも私の隣に立って、君では相応しくない場で立派に代わりを務めてくれた。涙ぐましいほどの努力をしながら、それでもヴィオラは君が婚約者の立場にあることを慮り、決してその心を口にしなかった。それでも君の振る舞いに耐えきれなかったのだろう、先日、一生のお願いだと言って……私と結婚したいという本心を吐露してくれた」
まるで尊い告白を受けたかのように、殿下は悩まし気な溜息をついた。
「そんなヴィオラが王子妃に相応しくないと、君はそう思うか?」
アラリック殿下とヴィオラ様は従兄妹同士、それ以上でもそれ以下でもない関係であったそうなのだけれど、私が7歳になる頃には、そちらのほうがまるで恋人同士になっていた。アラリック殿下いわく。
『ロザリアの一番の功績は、私にヴィオラの愛おしさを気付かせたことだ。ヴィオラの生まれもった上品さ、慎ましさ、儚さ……どれもこれも当たり前に備わるものではないと、自ら身の回りの世話をし、男にも口答えし、可愛げの欠片もないお前を見ていて分かった』
私はなに言われているのか分からなかった。ともあれ、その頃からはヴィオラ様がアラリック殿下の婚約者然として振る舞うようになった。
それでも私の立場が失われなかったのは、ひとえに私が神獣の守護を受けているからだった――が、なんと半年ほど前、ヴィオラ様に(自称)神獣の守護があると判明した。
貧乏名ばかり伯爵令嬢の私と公爵令嬢のヴィオラ様、どちらが王室にとってより価値のある存在かなんて猿でも分かる。そうなれば、私が早晩お払い箱行になるのは見えていた。大急ぎで何か手立てを整えようとしたが、そんなときだけ“王子の婚約者”の肩書に邪魔され、王城外で生きるための蓄えや準備をすることはできなかった。
「それに、君は正直、臣下からの評判も良くない。いつもいつも細かいことにうるさく、自由に仕事をさせまいとすると。王子の婚約者となって何を勘違いしているのか知らないが、私が君に任せたのは王子妃として適切な采配を振ることであって、臣下から反感を買うことではない」
アラリック殿下に婚約破棄をされること、それ自体は痛くもかゆくもない。この王城を出て行くことだってそう、王子の元婚約者なんて立場は名ばかりで料理長の手伝いからメイド長の代理にメイドや官吏の統制まで、ありとあらゆる仕事を嫌がらせとばかりに押し付けられ、ヴィオラ様には小姑呼ばわりされ、決して居心地がいいとは言えなかった。
でも、私には、この王城以外に居場所がないのだ。
私は神獣の守護を受ける者として早々に王家に召し上げられ、生家には王家から莫大な逆持参金が支払われた。貧乏暮らしに喘いでいた我が両親は大喜びで、何があっても金を返してなるものかと、以後一切私を家に寄りつかせないことを約束したそうだ。お陰で私は地図上でしか自分の家を知らない。
しかも、私は既に16歳、当然のことながら、嫁の貰い手もない。
「しかしアラリック殿下……繰り返しになって恐縮ですが、要は、私との婚約を破棄すると、そういったお話ですよね?」
「そのとおりだ。巷には婚約破棄だのなんだの騒ぐ令嬢がいるのは知っているが、まさかそんな無様な真似はしないだろう?」
騒ぐつもりがあったわけではないのだけれど、先に封じられてしまった。
「……本日付けですか?」
「まあ、そうだな。ヴィオラも病気がちであったせいとはいえ既に15歳、いつまでも婚約者がいないのは可哀想であるし、いずれ私の妃になるとはいえ不安定な立場に置くべきではない。そう考えると、あえて婚約破棄を先延ばしにする理由はないだろう?」
「え? 既に16歳を過ぎ、17歳にもなろうかという私から突然婚約者を奪うのは可哀想ではないのでしょうか? というか、私は殿下の婚約者でなくなった時点で王城に出入りする権利がなくなり、生家にも戻れず、一文無しでありながら住む場所も失うことになるのですが?」
「うるさい!」
と思ったけれど、ついうっかり騒いでしまうと怒鳴り返されてしまった。
やっとのことで咀嚼して返事をすると「まあ、そういうことだなあ」とアラリック殿下は悩ましげなフリをしながら頷いた。
「なにせ、君の加護は我が国には適切でないというか……いや、間怠っこい言い方はよそう。正直、家柄、能力、なにより人柄、これを考えたとき、ヴィオラのほうが適任なんだ」
頭には、薄紫色の髪をくるくると指に巻き付けながら小首を傾げ「困ったわあ」を口癖にする殿下の従妹の姿が浮かんだ。次に思い浮かぶのは「ちょっと休憩」だった。
私には、正直、能力については殿下の言い分に疑義があった。しかし、殿下にとってはそうではないらしい。
「特に、君の振る舞いは王子の婚約者にふさわしくない。王子の婚約者でありながらメイドの一人もつけずに自ら身の回りを整え、時に料理まで手伝うなど。黙ってはいたが、そんなメイドの真似事をされては、私は顔に泥でも塗られたような気分だった」
私には、メイドをはじめとする付き人のような者はもともといない。もちろん、召し上げられた当初は充分なメイドがついていた。ただ、一年と経たないうちに、ヴィオラ様が解散を命じた。
『だって、もともとメイドがいなかった方なんでしょう? だったら必要ないっていうか……ほら、私は生まれしときより公爵令嬢ですから、人の主たる資質がございますけれど、ロザリア様はそうではありませんでしょう? そんな人に仕えさせるなんて可哀想じゃないかしら?』
もちろん意味が分からなさすぎてアラリック殿下に直談判しようとしたが、殿下は「お前はヴィオラのいうことが間違っているというのか?」と取り合わなかった。だから、アラリック殿下の言い分が正しいとすれば、それは殿下がご自身で顔に泥を塗ったということになる。
「一方で、ヴィオラは体が弱いにも関わらず、ときに無理をしてでも私の隣に立って、君では相応しくない場で立派に代わりを務めてくれた。涙ぐましいほどの努力をしながら、それでもヴィオラは君が婚約者の立場にあることを慮り、決してその心を口にしなかった。それでも君の振る舞いに耐えきれなかったのだろう、先日、一生のお願いだと言って……私と結婚したいという本心を吐露してくれた」
まるで尊い告白を受けたかのように、殿下は悩まし気な溜息をついた。
「そんなヴィオラが王子妃に相応しくないと、君はそう思うか?」
アラリック殿下とヴィオラ様は従兄妹同士、それ以上でもそれ以下でもない関係であったそうなのだけれど、私が7歳になる頃には、そちらのほうがまるで恋人同士になっていた。アラリック殿下いわく。
『ロザリアの一番の功績は、私にヴィオラの愛おしさを気付かせたことだ。ヴィオラの生まれもった上品さ、慎ましさ、儚さ……どれもこれも当たり前に備わるものではないと、自ら身の回りの世話をし、男にも口答えし、可愛げの欠片もないお前を見ていて分かった』
私はなに言われているのか分からなかった。ともあれ、その頃からはヴィオラ様がアラリック殿下の婚約者然として振る舞うようになった。
それでも私の立場が失われなかったのは、ひとえに私が神獣の守護を受けているからだった――が、なんと半年ほど前、ヴィオラ様に(自称)神獣の守護があると判明した。
貧乏名ばかり伯爵令嬢の私と公爵令嬢のヴィオラ様、どちらが王室にとってより価値のある存在かなんて猿でも分かる。そうなれば、私が早晩お払い箱行になるのは見えていた。大急ぎで何か手立てを整えようとしたが、そんなときだけ“王子の婚約者”の肩書に邪魔され、王城外で生きるための蓄えや準備をすることはできなかった。
「それに、君は正直、臣下からの評判も良くない。いつもいつも細かいことにうるさく、自由に仕事をさせまいとすると。王子の婚約者となって何を勘違いしているのか知らないが、私が君に任せたのは王子妃として適切な采配を振ることであって、臣下から反感を買うことではない」
アラリック殿下に婚約破棄をされること、それ自体は痛くもかゆくもない。この王城を出て行くことだってそう、王子の元婚約者なんて立場は名ばかりで料理長の手伝いからメイド長の代理にメイドや官吏の統制まで、ありとあらゆる仕事を嫌がらせとばかりに押し付けられ、ヴィオラ様には小姑呼ばわりされ、決して居心地がいいとは言えなかった。
でも、私には、この王城以外に居場所がないのだ。
私は神獣の守護を受ける者として早々に王家に召し上げられ、生家には王家から莫大な逆持参金が支払われた。貧乏暮らしに喘いでいた我が両親は大喜びで、何があっても金を返してなるものかと、以後一切私を家に寄りつかせないことを約束したそうだ。お陰で私は地図上でしか自分の家を知らない。
しかも、私は既に16歳、当然のことながら、嫁の貰い手もない。
「しかしアラリック殿下……繰り返しになって恐縮ですが、要は、私との婚約を破棄すると、そういったお話ですよね?」
「そのとおりだ。巷には婚約破棄だのなんだの騒ぐ令嬢がいるのは知っているが、まさかそんな無様な真似はしないだろう?」
騒ぐつもりがあったわけではないのだけれど、先に封じられてしまった。
「……本日付けですか?」
「まあ、そうだな。ヴィオラも病気がちであったせいとはいえ既に15歳、いつまでも婚約者がいないのは可哀想であるし、いずれ私の妃になるとはいえ不安定な立場に置くべきではない。そう考えると、あえて婚約破棄を先延ばしにする理由はないだろう?」
「え? 既に16歳を過ぎ、17歳にもなろうかという私から突然婚約者を奪うのは可哀想ではないのでしょうか? というか、私は殿下の婚約者でなくなった時点で王城に出入りする権利がなくなり、生家にも戻れず、一文無しでありながら住む場所も失うことになるのですが?」
「うるさい!」
と思ったけれど、ついうっかり騒いでしまうと怒鳴り返されてしまった。
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