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伯爵令息の場合
伯爵家の最後 sideリベロ伯爵の場合
しおりを挟むいつものように、特に目新しい収入も無く、特に特色も無い領地の収支決済の仕事を、惰性でしていた時。
いつものように、貴族の家の平均的な、特出するところの無い使用人達が淡々と仕事をこなしていた屋敷に。
いつもならば絶対に来ない、終わりを告げる来客があった。
その客は、国璽の押された書類を携えて、リベロ伯爵家へと乗り込んで来た。
別に無理矢理押し入ったり、家人を傷付けたりしたわけでは無い。
さすがは近衛兵というような、とても礼儀正しい態度で、とても丁寧に、学校で何が起こったかを説明した。
「ご子息はパディジャ公爵令嬢を傷付けたわけでは無いし、積極的に行動したわけでは無いので、国家反逆罪幇助となります」
王家からの使者である近衛兵は、顔面蒼白のリベロ伯爵夫妻の目の前に、男爵への降爵と書かれた書類を提示する。
「ご子息を廃嫡する必要も無いですし、他に比べたらかなり軽い罰ですよ」
あまりにも顔色の悪い二人を見て近衛兵が捕捉するが、おそらく二人の耳には届いていない。
エントランスで説明しなくて良かったと、応接室のソファに座るリベロ伯爵夫妻を見ながら、近衛兵は苦笑した。
いつの間にか目の前には誰もいなくなっていた。
応接室の、伯爵家らしい柔らかなソファに座り、リベロ伯爵は頭を抱えていた。
横に居る妻の存在も忘れ、まだ残っている仕事の事も、もう頭には無い。
ただ、一言「もう終わりだ」という言葉だけが頭をグルグル回る。
リベロ伯爵は、生まれた時から伯爵家だった。
特出して何かがあるわけでは無いが、歴史だけは長い由緒正しい伯爵家である。
借金も無い、数多く居る伯爵位の、本当に平均的な家だった。
それなのに、いきなりの男爵への降爵。
長く続いた伯爵家を、自分の代で終わらせてしまう屈辱。
これから死ぬまで、社交する度に嘲笑われるのだ。
「い、嫌だ」
床を見ていた視線を少しだけ上げると、テーブルの上にライターがあった。
来客が煙草や葉巻を嗜む時に使う用に、形として置いてある物で、実際に使われた事は無い。
喫煙室など無いが、客に対して全室禁煙とは言えない。それで「ここでどうぞ」と貴族の嗜みとして、見栄で置いてあるのだ。
リベロ伯爵は震える手を伸ばし、ライターを掴んだ。
日々手入れされているライターは、何の苦も無く火がついた。
ゆらゆらと燃える火。
リベロ伯爵は、その火のついたライターを、窓際のカーテンへと放り投げた。
「きゃあぁぁぁ!」
悲鳴をあげたのは、伯爵の奇行を横で目撃していた夫人だった。
難燃性のカーテン
なのでなかなか燃え広がらないが、そのまま消えてしまうほどでは無いらしく、ジワジワと燃え広がっている。
「奥様! どうされました?!」
悲鳴を聞きつけた侍女が部屋へ飛び込んで来る。
「壁の絵を外して! それからあの燭台と花瓶も高いのよ!」
伯爵夫人が指示したのは、消火活動ではなく、高価な調度品の持ち出しだった。
「実家に帰らせていただきますわ!」
まだソファで茫然としている伯爵を置いて、夫人は部屋を出て行った。
「私の荷物を早くまとめなさい! 実家に帰るわよ! そこの絵も、私が買ったのよ。持って行くわ」
廊下には、夫人が自分の侍女やメイドに指示する声が響いた。
その頃になると、他の使用人達も不穏な事態に気付く。
執事が応接室へ行くと、目ぼしいものが無くなった部屋で、まだリベロ伯爵がソファに座っていた。
「旦那様! しつかりしてください!!」
執事の言葉に、やっと伯爵が我に返る。
「な、何だ? 燃えているではないか!」
燃えるカーテンを見て、伯爵は本気で驚いていた。
「貴重品を持ち出すぞ!」
伯爵は立ち上がり、執事に指示を出す。
視線がチラリとテーブルの上の書類を見た。
「リベロ伯爵家は終わりだ」
伯爵の視線を追い、執事も書類を見る。
「……男爵」
執事が呟く。代々伯爵家に仕えてきた執事の家系は、男爵よりも上の子爵だ。
「私は隣国へ行き、隠居生活する。今更男爵などやってられるか!」
伯爵が言うのに、執事は「お供しますよ」と静かに同意する。
二人は主従関係の前に、幼馴染でもあった。
リベロ伯爵も執事も、伯爵夫人も侍女もいなくなってしまい、使用人達は途方に暮れた。
紹介状も書かずに出て行ってしまった雇い主。
暫くすればそれも噂になり、紹介状無しでも仕事に就けるだろう。
しかし、だからといって腹の虫が治まるわけでは無い。
高かろうが安かろうが関係無い。とにかく持ち出せる物は全て、退職金替わりに貰って行く事にした。
さすがに重い家具などはそのままだったが、銀食器は勿論、使用人用の普段使いのコップまで全て無くなった。
孤児の少女だけは、この屋敷自体を仲間との根城にしようと思い、生活必需品だけを自室に持ち込み、誰も居なくなるのを待っていた。
そして家政婦長の部屋を自室と決め休んでいたところに、カルリトスが帰って来たのだった。
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