上 下
26 / 58
未来の過去の章

25:邂逅

しおりを挟む



 記憶にあるデートとは違う、だが見覚えの有る場所でのデートは、マリーズの心をえぐった。
 優しくされればされる程、前回との差を感じて心が軋むのだ。
 今のジスランは、ちょっと駄目な貴族らしい傲慢さは有るものの、理想の婚約者と言えるだろう。

「この花を公爵家の庭に植えるように、管理者に言っておけ」
 マリーズがジッと眺めていた花を、ジスランは公爵邸の庭に移植するよう近くに居た係員へと命令する。
「いえ、この植物園の花は特別な手入れが必要でして」
 係員は突然の命令に、目を白黒させてながらも、丁寧に対応してくる。
「では、その手入れが出来る者ごと公爵家へ移動させれば良いだろう」
 ジスランは当たり前のように言い、なぜ解らない?とでも言うように鼻で笑う。
 横暴極まりない発言である。

「ジスラン様?私、ここで他の花に囲まれて咲いている、この花が可愛いと思いますぅ」
 可愛いピンク色の薔薇を見て、マリーズは笑う。
「そ、そうか」
 ジスランは係員への命令を撤回して、下がらせた。


 公爵家の庭で前回咲いていた、他の花との調和が取れていないように見えた元気の無い薔薇は、今のように無理矢理移植された物だったのだろう。
 コレットの好きそうなヒラヒラとした派手な花弁の薔薇だ。
 今回はジスランが勝手に動いたが、前回はコレットが甘えて強請ねだったのかもしれない。

「ここで色々な人に見られて褒められた方が、お前も嬉しいわよね」
 匂いを嗅ぐ振りをして、マリーズは薔薇へと呟いた。



 ジスランとの仲を、節度のある範囲で順調に深めていたある日。
 約束通りアルドワン公爵家を訪ねたマリーズは、午前中の予定が押してジスランがまだ帰って来ていないと、一人で応接室で待たされていた。
 お菓子とお茶を用意したメイドは、すぐに退出した。

「時間潰しに誰か話し相手を寄越しましょうか?」
 メイド長にそう提案されたが、偶然ここに来る前に新しい本を買ったばかりだったので、マリーズは丁重にお断りした。
 新しいインクと紙の匂いを感じながら、マリーズはページをめくる。
 女性が読むには珍しい、経営学の本だ。
 何か、前回心配を掛けただけで終わってしまったクストー伯爵家の為に出来ないかと手に取った本だった。

 まだ最初の導入部も読み終わらないうちに、応接室の扉が開いた。
 思ったより早かったわね……そんな思いで本を閉じ視線を上げると、入り口に居たのはジスランでは無かった。


「アンタが泥棒猫ね!」
 いきなり金切り声を上げて大股で室内に入って来たのは、記憶の中よりも大分くたびれたコレットだった。
「あのぉ、どこの誰様?」
 頬に手を当て首を傾げたマリーズは、可愛く見えるように計算した動きでコレットを見る。

「はぁ!?ふざけんな!アンタなんか単なるお飾り妻なんだよ!」
 まだ結婚してませんけど、と言う台詞はぐっと飲み込んで、マリーズは微笑む。
「初めましてぇ。ジスラン様の婚約者のマリーズ・クストーですぅ」
 ソファから立ち上がり、カーテシーをする。

 ローテーブルがあるので、深い正式な挨拶では無く、子供がするような簡易の浅いカーテシーである。
 それでも、コレットを黙らせる事は出来た。
「良かったら、ジスラン様がお帰りになるまでお話しません事?」
 マリーズは自分の前の席をすすめた。



────────────────
題名の邂逅は「かいこう」と読みます。
なぜ題名にはルビが振れないのでしょうねぇ……。
ずっと「かいごう」だと思ってたのはナイョ(笑)
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

ふまさ
恋愛
 いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。 「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」 「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」  ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。  ──対して。  傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

処理中です...