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38:三つ子の魂百まで?

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「後継者の成人までは後2年ありますが、侯爵の暴行を理由に離婚申請しても良いのですよ?」
 マリアンヌか破れた胸元を摘んで見せる。
「そうなると、慰謝料も請求する事になりますし、円満離婚とはならないでしょうね」

 床に散らばった報告書を見るまでもなく、そんな事になれば、ジェルマン侯爵家の生活が破綻するのは目に見えていた。
「ケヴィン・コシェ伯爵、ご決断を」
 マリアンヌの台詞に合わせ、モニクが離婚届だけを拾い、テーブルの上に置いた。
 離婚届の署名欄に、マリアンヌの名前は既に書かれてある。

「り、離婚したらお前は瑕物キズモノで、実家で肩身の狭い思いをするだけだぞ!夜会でも皆に馬鹿にされる。34の女なんて、引退した老人の後妻くらいしか使い道が無いぞ」
 マリアンヌは、目の前の男の顔を殴りつけた。


「女を何だと思ってんのよ!このクズ!」
 ケヴィンを怒鳴りつけながらも、マリアンヌの頭は冷静だった。
 咄嗟に手が出てしまったが、腰が入っていないので、相手の顎は砕いていない。
 意識もある。
 失禁しているけど、これは脳の麻痺では無く、恐怖の方だから大丈夫。

 うん。大丈夫。

 マリアンヌは、テーブルの上の離婚届にバンッと手をく。
「こちらに署名をお願いします」
 ケヴィンへ、クロエからペンが差し出された。
 顔を背けると、今度はデボラがペンを差し出す。
 もう一度顔を動かそうとして、視界の隅にペンを用意しているモニクが見えた。


「結婚して16年。第二夫人を迎えて14年。離縁を決めて12年。2年離婚が早まったからと、違いは無いでしょう?」
 ジョアキムの成人1週間前の日付の離婚届は、既に用意してある。
 預かっているのは、ジェルマン侯爵だ。
 後継者の実母を正妻にする為だと説明すれば、嬉々として提出役を買って出たのだ。

 ケヴィンは助けを求めるように、室内を見渡した。
 しかし扉付近に居る執事や、控えているメイド達と目が合う事は無かった。

「ここに、サインを、お願い、し・ま・す・ね」
 マリアンヌはケヴィンの署名欄を指でトントントンと指し示す。
 ケヴィンはマリアンヌを見上げた。


「まだ俺を愛しているんだろう?我慢しなくて良いんだぞ。正妻なんだから、本邸に帰って来れば良い」
 別居して14年も経つのに、未だにマリアンヌが自分を愛していると、本気で思っているらしい。
「キモっ!」
 マリアンヌが自分の体を抱き締める。

「そうか。DV男がストーカーになるってこういう事か!14年前と変わってないよ、コイツ!」
 マリアンヌが納得する。
 特にケヴィンは、夜会などの公の場では普通の夫婦の様に振る舞っていたので、勘違いが加速したのだろう。



「無理!もう無理!マジ無理!超無理!クッソ無理!」
 マリアンヌが淑女の仮面を脱ぎ捨てる。

「なぜ自分が愛されてると思うの?正直に教えてあげるわ。夜会で貴方にエスコートされるだけで、鳥肌が立つほど気持ち悪いわ。本当は顔も見るのも、同じ空気を吸うのも嫌よ」
 目を見開いているケヴィンへ、マリアンヌの口撃こうげきは止まらない。

「今、私が1番したい事は、貴方を殴った右手を洗浄消毒する事よ」
 モニクの手からペンを取り上げ、ケヴィンの前に置く。
「早くサインして。サインって言って解らないのかしら?早く署名してください、もうマジで本当に、お願いします」
 抑揚の無い言い方に、尚更本気度がにじむ。

 毛虫を見るようなマリアンヌの視線に、やっと本気だと気付いたのだろう。
 ケヴィンがノロノロと、ソファの背もたれから体を起こし、離婚届に署名した。


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