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37:14年
しおりを挟む応接室の椅子に無理矢理座らせられたケヴィンは、書類を前に抵抗していた。
それは契約書では無く、離婚届だったからだ。
膝の上で拳を握り、頑としてペンを持とうとしない。
ジェルマン侯爵は、腕の治療の為に既に退室していた。
退室時にマリアンヌを睨み付けていたが、マリアンヌが親指で首を掻き切る真似をして、その親指を地面に向ける仕草をすると、慌てて目を逸らしていた。
「ねぇ、ケヴィン?この14年で何か改善されたかしら」
「は?」
「夜会では貴方、私を貶める発言しかしなかったわよね?」
「いや、そんな事は……」
「見た目だけで、着飾るしか脳のない妻でしたっけ?」
能がないのではない。
「私ね、一応は貴方と添い遂げようと思っていたのよ?」
「それならば!」
「貴方が私に誠心誠意謝ったら」
ケヴィンは言葉に詰まる。
「2年待ったけど、一言の謝罪も無かったわね。そして14年経っても、ここは男尊女卑のままだわ」
世間は変わってきてるのに、とマリアンヌは呟いた。
「いつまでも生活の質が向上しないのは、なぜだか考えた事は有る?」
「それは、シモーヌが屋敷の管理費を横領したからで……」
「後継者が生まれた時の借金が、14年も有るわけないでしょうが。2年できっちり精算したわよ」
マリアンヌが大きく息を吸い込む。
「第二夫人の贅沢と子供二人が屋敷を壊すのでその修繕費と、使用人への慰謝料よ」
マリアンヌの説明に、ケヴィンは目と口をパカンと開けた間抜けな顔をした。
マリアンヌは、ここ12年の本館の管理費の内訳を見せた。
「何度も報告書をあげていたのに、やはり読んでいなかったのね」
呆れたように呟く。
「これは、第二夫人が夜会の為にと買ったドレスと宝石よ」
確かにシモーヌとは、マリアンヌが行かない夜会へも出掛けていた。
マリアンヌは正妻の同伴が義務付けられていない夜会には出ないからだ。
それにしても、シモーヌのドレスと宝石の金額はおかしかった。
マリアンヌの物よりも遥かに高い。
「第二夫人への教育が始まってから、ジェルマン侯爵夫人に本館への口出しを止められたわ。まあ、さすがに税収1年分の宝飾品の購入は阻止したけど」
「は?」
どれもケヴィンにとっては初耳だった。
「子供達の教師は侯爵家に相応しい人を選んでました。マナーも完璧なはずです。ですが、親が担当の情操教育は失敗したようですね」
マリアンヌはペラリと1枚の紙をケヴィンの前に押す。
「使用人への暴力で支払われた慰謝料です。辞めた際の退職金も含まれています」
その内訳を見て、ケヴィンは何も言えなかった。
ジョアキムやガストンが原因の物に、ケヴィンが原因の物、シモーヌが原因の物まである。
「本当に、似た者夫婦でお似合いです事」
マリアンヌが優雅に笑う。
対外的に見せる、完璧な淑女の笑みだった。
「だがお前が別邸で生活しなければ、もっと余裕があったはずだ!」
ケヴィンが机を叩きながら言う。
別邸での生活費やそこでの人件費が余計に掛かっているはずだと。
「あら、本来掛かる別邸の管理費と、私の伯爵夫人としての経費以外は使ってませんわよ」
言われると予想していたのだろう。
マリアンヌ関連の使用経費の明細書が示される。
別邸の真っ当な管理費と、マリアンヌが夜会や茶会で着る為のドレス代、相応な宝飾品の代金しか書いていなかった。
もう1枚紙を出される。
そこには、ティボー伯爵家の名前と、使用人達の人件費や食費などが書かれていた。
「彼等はティボー伯爵家から派遣された使用人です」
ケヴィンは、テーブルの上にあった書類を全て床へ払い落とした。
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