上 下
37 / 41

37:14年

しおりを挟む



 応接室の椅子に無理矢理座らせられたケヴィンは、書類を前に抵抗していた。
 それは契約書では無く、離婚届だったからだ。
 膝の上で拳を握り、頑としてペンを持とうとしない。
 ジェルマン侯爵は、腕の治療の為に既に退室していた。
 退室時にマリアンヌを睨み付けていたが、マリアンヌが親指で首を掻き切る真似をして、その親指を地面に向ける仕草をすると、慌てて目を逸らしていた。

「ねぇ、ケヴィン?この14年で何か改善されたかしら」
「は?」
「夜会では貴方、私をおとしめる発言しかしなかったわよね?」
「いや、そんな事は……」
「見た目だけで、着飾るしかのない妻でしたっけ?」
 能がないのではない。

「私ね、一応は貴方と添い遂げようと思っていたのよ?」
「それならば!」
「貴方が私に誠心誠意謝ったら」
 ケヴィンは言葉に詰まる。
「2年待ったけど、一言の謝罪も無かったわね。そして14年経っても、ここは男尊女卑のままだわ」
 世間は変わってきてるのに、とマリアンヌは呟いた。



「いつまでも生活の質が向上しないのは、なぜだか考えた事は有る?」
「それは、シモーヌが屋敷の管理費を横領したからで……」
「後継者が生まれた時の借金が、14年も有るわけないでしょうが。2年できっちり精算したわよ」

 マリアンヌが大きく息を吸い込む。
「第二夫人の贅沢と子供二人が屋敷を壊すのでその修繕費と、使用人への慰謝料よ」
 マリアンヌの説明に、ケヴィンは目と口をパカンと開けた間抜けな顔をした。


 マリアンヌは、ここ12年の本館の管理費の内訳を見せた。
「何度も報告書をあげていたのに、やはり読んでいなかったのね」
 呆れたように呟く。
「これは、第二夫人が夜会の為にと買ったドレスと宝石よ」
 確かにシモーヌとは、マリアンヌが行かない夜会へも出掛けていた。

 マリアンヌは正妻の同伴が義務付けられていない夜会には出ないからだ。
 それにしても、シモーヌのドレスと宝石の金額はおかしかった。
 マリアンヌの物よりも遥かに高い。

「第二夫人への教育が始まってから、ジェルマン侯爵夫人に本館への口出しを止められたわ。まあ、さすがに税収1年分の宝飾品の購入は阻止そししたけど」
「は?」
 どれもケヴィンにとっては初耳だった。


「子供達の教師は侯爵家に相応しい人を選んでました。マナーも完璧なはずです。ですが、親が担当の情操教育は失敗したようですね」
 マリアンヌはペラリと1枚の紙をケヴィンの前に押す。

「使用人への暴力で支払われた慰謝料です。辞めた際の退職金も含まれています」
 その内訳を見て、ケヴィンは何も言えなかった。
 ジョアキムやガストンが原因の物に、ケヴィンが原因の物、シモーヌが原因の物まである。

「本当に、似た者夫婦でお似合いです事」
 マリアンヌが優雅に笑う。
 対外的に見せる、完璧な淑女の笑みだった。


「だがお前が別邸で生活しなければ、もっと余裕があったはずだ!」
 ケヴィンが机を叩きながら言う。
 別邸での生活費やそこでの人件費が余計に掛かっているはずだと。

「あら、本来掛かる別邸の管理費と、私の伯爵夫人としての経費以外は使ってませんわよ」
 言われると予想していたのだろう。
 マリアンヌ関連の使用経費の明細書が示される。

 別邸の真っ当な管理費と、マリアンヌが夜会や茶会で着る為のドレス代、相応な宝飾品の代金しか書いていなかった。
 もう1枚紙を出される。
 そこには、ティボー伯爵家の名前と、使用人達の人件費や食費などが書かれていた。
「彼等はティボー伯爵家から派遣された使用人です」

 ケヴィンは、テーブルの上にあった書類を全て床へ払い落とした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

悪役令嬢の残した毒が回る時

水月 潮
恋愛
その日、一人の公爵令嬢が処刑された。 処刑されたのはエレオノール・ブロワ公爵令嬢。 彼女はシモン王太子殿下の婚約者だ。 エレオノールの処刑後、様々なものが動き出す。 ※設定は緩いです。物語として見て下さい ※ストーリー上、処刑が出てくるので苦手な方は閲覧注意 (血飛沫や身体切断などの残虐な描写は一切なしです) ※ストーリーの矛盾点が発生するかもしれませんが、多めに見て下さい *HOTランキング4位(2021.9.13) 読んで下さった方ありがとうございます(*´ ˘ `*)♡

その聖女、娼婦につき ~何もかもが遅すぎた~

ノ木瀬 優
恋愛
 卒業パーティーにて、ライル王太子は、レイチェルに婚約破棄を突き付ける。それを受けたレイチェルは……。 「――あー、はい。もう、そういうのいいです。もうどうしようもないので」  あっけらかんとそう言い放った。実は、この国の聖女システムには、ある秘密が隠されていたのだ。  思い付きで書いてみました。全2話、本日中に完結予定です。  設定ガバガバなところもありますが、気楽に楽しんで頂けたら幸いです。    R15は保険ですので、安心してお楽しみ下さい。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

あなたの事は記憶に御座いません

cyaru
恋愛
この婚約に意味ってあるんだろうか。 ロペ公爵家のグラシアナはいつも考えていた。 婚約者の王太子クリスティアンは幼馴染のオルタ侯爵家の令嬢イメルダを側に侍らせどちらが婚約者なのかよく判らない状況。 そんなある日、グラシアナはイメルダのちょっとした悪戯で負傷してしまう。 グラシアナは「このチャンス!貰った!」と・・・記憶喪失を装い逃げ切りを図る事にした。 のだが…王太子クリスティアンの様子がおかしい。 目覚め、記憶がないグラシアナに「こうなったのも全て私の責任だ。君の生涯、どんな時も私が隣で君を支え、いかなる声にも盾になると誓う」なんて言い出す。 そりゃ、元をただせば貴方がちゃんとしないからですけどね?? 記憶喪失を貫き、距離を取って逃げ切りを図ろうとするのだが何故かクリスティアンが今までに見せた事のない態度で纏わりついてくるのだった・・・。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★ニャンの日present♡ 5月18日投稿開始、完結は5月22日22時22分 ★今回久しぶりの5日間という長丁場の為、ご理解お願いします(なんの?) ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

国王の情婦

豆狸
恋愛
この王国の王太子の婚約者は、国王の情婦と呼ばれている。

処理中です...