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10:鉄扇と正座
しおりを挟む舞璃愛は、弱い者相手にしか暴力を振るえないケヴィンと違い、実践で鍛えた本格派である。
頬を張るにしても、相手が目眩を起こす程の威力を出せるのだ。
今も頬を叩かれただけなのに、ケヴィンは膝から崩れ落ちた。
「人を殴る時はね、殴られる覚悟も必要なのよ」
マリアンヌは、頬に手を当て茫然としているケヴィンの胸ぐらを掴んで、自分の方へと引き寄せる。
「挨拶もしないで手が出るとか、猿ですか?理性無いんですか?あぁ、猿でしたね。私が実家に帰ってすぐに、そこのビッチとヨロシクやってたんでしたね」
マリアンヌが地を這うような低音でケヴィンへと話し掛ける。
言葉の意味は半分くらい理解出来なかったケヴィンだが、馬鹿にされた事は解った。
それでも文句を言ったり、反抗しようとは思わなかった。
すぐに解放され、ほっと息をつく。
気を抜いたケヴィンを横目に、マリアンヌは護衛へ手を差し出した。
護衛からマリアンヌへ、扇が渡される。
通常の物よりも大きめのそれは、繊細な模様の透かし彫りが施してあるとてもお洒落な物だが、素材は鉄である。
マリアンヌが鉄パイプ代わりに持つ為に、特注で作らせた物だ。
「さて、旦那様。そこへ座ってくださいな。正座です」
マリアンヌは自分の前の床を扇で指し示した。
正座が解らないケヴィンは、とりあえずマリアンヌの前に座った。胡座である。
マリアンヌの手の中で、扇がパシリと音を立てる。
左手の平へ右手で持った扇を打ち付けた音だ。
おおよそ扇の出す音では無い。
鉄扇なので当たり前ではあるのだが、ケヴィンはそれを知らない。
ただただ理由の判らない恐怖だけが煽られる。
「正座、と私は言ったのよ。それは胡座」
もう一度、パシリと音がした。
「奥様、正座が解らないのかと」
護衛の一人が小声で告げる。
ジュベル伯爵家ではここ1年余りで、説教を受ける時は正座に決まっていた。
無論、マリアンヌのせいである。
「あらそうだったのね。教えてあげて」
マリアンヌが命じると、護衛二人はテキパキとケヴィンを立たせ、正座の形にして再び座らせた。
ケヴィンは一切の抵抗もせず、されるがままである。
きちんと正座をしたケヴィンを見て、マリアンヌは満足そうに頷いた。
シモーヌは、そっと扉から離れようと1歩下がった。
ゆっくりと反転して逃げようとして……
「どこに行くの?第二夫人」
見つかった。
いや、元々居る事を知られていたのだろう。
扉の陰からすぐにモニクが顔を出した。
「貴女もここへ座って」
マリアンヌが指し示したのは、ケヴィンの隣の床だった。
拒否など出来るはずもなく、シモーヌは大人しくケヴィンの隣に座る。
ケヴィンと違いドレスなのでバレないだろうと足を崩して座ったら、秒でバレていた。
マリアンヌがシモーヌを見つめたまま、パシリと扇を鳴らす。
シモーヌは急いで体勢を直した。
斜めに傾いていた背筋が真っ直ぐになる。
それを見て満足そうに頷くと、マリアンヌは口を開いた。
「それでは、今後について話し合いましょうか」
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