7 / 10
07:対価
しおりを挟むダーシーは後継者の母であるにも関わらず、ヘイゼル公爵家から離縁された。勿論、我が子を連れて行く事は許可されなかった。
ほぼ身一つで追い出された事に実家のマンロー子爵家は抗議したが、公爵家当主であるフレドリックへ他人の物である高価な宝飾品を投げつけ大怪我をさせた事、更に家宝の宝飾品を壊した事までが露見してしまい、どちらに瑕疵が有るのかは明らかなので大人しく引き下がった。
引き下がらずを得なかった。
もし家宝のネックレスを弁償させられたら、マンロー子爵家は爵位と領地の両方を売る事になっただろう。
王家からの下賜品は、実際の価値など関係無いのだ。
ダーシーはヘイゼル公爵家から離縁されただけでなく、当主を傷付けたとして二度と近付かないようにと永年接近禁止命令まで出されていた。
我が子への面会も当然認められず、マンロー子爵家はダーシーを第二夫人としてヘイゼル公爵家に嫁がせた利点など、塵ほども無くなってしまっていた。
「せっかくの、せっかくの好機を、危機にするとは」
マンロー子爵は、ヘイゼル公爵家から戻されて茫然自失に陥っているダーシーの頬を叩いた。
しかし叩かれたダーシーは、泣きも怒りもせず、ただただ腑抜けたように呆としている。
それが更に子爵の怒りを煽る。
何度も往復で叩かれ、鼻血が流れ口内が切れて血が溢れて口からこぼれても、ダーシーは何の感情も出さなかった。
頭の中では、幸せだったから。
あの日、フレドリックに真実を告げられ、シャーロットがお飾り妻などではなく、本当に愛されていたのだと知った時。
怒りに任せて投げつけた大きな宝石の付いた宝飾品は、奇跡の確率でフレドリックの額を割った。
血が流れ、フレドリックが意識を飛ばす程の大怪我を負い、ダーシーはヘイゼル公爵家の私兵に捕らえられた。
そのまま、本当にそのまま、着の身着のままでマンロー子爵家へと送り届けられた。
輿入れの際のドレスや宝飾品は、後日、商人を介して届けられた。
第二夫人として手に入れたはずのドレスや宝飾品を対価に、その商人が荷物の運搬を引き受けたのだと知ったのは、商人に「荷物が少なすぎる」と詰め寄った時に説明されたからだ。
それから一月もせず、離縁状が届けられた。
第二夫人だった証拠は、年齢の割に弛んだ腹だけだ。
本来なら元の体型や皮膚の張りが戻るまで公爵家のメイドに世話をされるはずだったのだが、事件を起こした為に実家に戻されてしまった。
子爵家では公爵家程使用人に余裕があるわけでもなく、いきなり戻って来た娘の為に手厚い産後処置を出来る使用人を雇う余裕も無かった。
「私、愛されているはずよね。だって、正妻は子供が出来なかったのに、私だけ執拗に子供を産むように迫られたもの」
実家に戻された当初そう言って使用人達に同意を求めて回っていたダーシーだったが、公爵家から荷物が届いてから口数が減り、とうとう離縁状が届いてからは一言も話さなくなった。
独りでの食事なのに、テーブルの向かい側にもう一人分を必ず置かせる。
それが用意されるまで食事に手を付けないので、マンロー子爵も渋々了承している。
何も話さずに独りで食べているのに、向かいの席に微笑みを向けるダーシー。
誰も来るはずが無いのに、夜にはそういう夜着を着て、ベッドへと入る。
ダーシーは、愛されていた。
夫の望む後継者を産んで、前公爵に強制された政略結婚の正妻を追い出した。
初めて瞳の色と同じ宝飾品を贈ってくれた夫は、後継者を産んだ自分を労ってくれて、正妻が居た為に出来なかった蜜月のやり直しを提案してくれた。
今はそれを実行中で、とても幸せな時間を過ごしている。
結婚してから一度も無かった二人きりの食事。
今迄は不機嫌なのかと思うほどに淡々とした三人での食事風景だったけど、正妻が居なくなったからか遠慮せずに視線を合わせ、笑顔を交わす。
食事中だから話はしないけど、今までみたいにカトラリーが音を立てても睨まれる事は無い。
閨も、今までみたいに終わった後早々に自室へ帰ってしまう事も無い。
疲れて寝てしまって記憶には無いけど、きちんと体は清めてあるし、服も着せてくれる。
本当は起きるまで居て欲しいとは思っていたが、仕事が忙しいから先に起きて行ってしまうのはしょうがないと思って我慢した。
「ダーシーは静養所へ入れましょう」
マンロー子爵夫人が息子へ提案する。
「もう正気には戻らない?」
次期マンロー子爵、ダーシーの兄が苦虫を噛み潰したような表情で母へと問う。
「幸せな夢の中から辛い現実へあの子を引き摺り出す事は、私には出来ません」
ホロリと涙をこぼす母親に何も言えず、兄として最後の仕事だと、ダーシーを外に出したがらない父親の説得をしに行く決心をした。
───────────────
あれ?思ったより悲惨な事になったな、ダーシー。ゴメン。
73
お気に入りに追加
960
あなたにおすすめの小説
(完結)私より妹を優先する夫
青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。
ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。
ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。
真実の愛の言い分
豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」
私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
【完結】旦那様は、妻の私よりも平民の愛人を大事にしたいようです
よどら文鳥
恋愛
貴族のことを全く理解していない旦那様は、愛人を紹介してきました。
どうやら愛人を第二夫人に招き入れたいそうです。
ですが、この国では一夫多妻制があるとはいえ、それは十分に養っていける環境下にある上、貴族同士でしか認められません。
旦那様は貴族とはいえ現状無職ですし、愛人は平民のようです。
現状を整理すると、旦那様と愛人は不倫行為をしているというわけです。
貴族の人間が不倫行為などすれば、この国での処罰は極刑の可能性もあります。
それすら理解せずに堂々と……。
仕方がありません。
旦那様の気持ちはすでに愛人の方に夢中ですし、その願い叶えられるように私も協力致しましょう。
ただし、平和的に叶えられるかは別です。
政略結婚なので、周りのことも考えると離婚は簡単にできません。ならばこれくらいの抵抗は……させていただきますよ?
ですが、周囲からの協力がありまして、離婚に持っていくこともできそうですね。
折角ですので離婚する前に、愛人と旦那様が私たちの作戦に追い詰められているところもじっくりとこの目で見ておこうかと思います。
(完結)私が貴方から卒業する時
青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。
だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・
※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
選択を間違えた男
基本二度寝
恋愛
出席した夜会で、かつての婚約者をみつけた。
向こうは隣の男に話しかけていて此方に気づいてはいない。
「ほら、あそこ。子爵令嬢のあの方、伯爵家の子息との婚約破棄されたっていう」
「あら?でも彼女、今侯爵家の次男と一緒にいらっしゃるけど」
「新たな縁を結ばれたようよ」
後ろにいるご婦人達はひそひそと元婚約者の話をしていた。
話に夢中で、その伯爵家の子息が側にいる事には気づいていないらしい。
「そうなのね。だからかしら」
「ええ、だからじゃないかしら」
「「とてもお美しくなられて」」
そうなのだ。彼女は綺麗になった。
顔の造作が変わったわけではない。
表情が変わったのだ。
自分と婚約していた時とは全く違う。
社交辞令ではない笑みを、惜しみなく連れの男に向けている。
「新しい婚約者の方に愛されているのね」
「女は愛されたら綺麗になると言いますしね?」
「あら、それは実体験を含めた遠回しの惚気なのかしら」
婦人たちの興味は別の話題へ移った。
まだそこに留まっているのは自身だけ。
ー愛されたら…。
自分も彼女を愛していたら結末は違っていたのだろうか。
【完結】愛されていた。手遅れな程に・・・
月白ヤトヒコ
恋愛
婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。
けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。
謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、
「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」
謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。
それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね――――
昨日、式を挙げた。
なのに・・・妻は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。
初夜をすっぽかした妻の許へ向かうと、
「王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい」
という声が聞こえた。
やはり、妻は婚約者時代のことを許してはいなかったのだと思ったが・・・
「殿下のことを愛していますわ」と言った口で、「殿下と夫婦になるのは無理です」と言う。
なぜだと問い質す俺に、彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。
愛されていた。手遅れな程に・・・という、後悔する王太子の話。
シリアス……に見せ掛けて、後半は多分コメディー。
設定はふわっと。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる