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07:対価

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 ダーシーは後継者の母であるにも関わらず、ヘイゼル公爵家から離縁された。勿論、我が子を連れて行く事は許可されなかった。

 ほぼ身一つで追い出された事に実家のマンロー子爵家は抗議したが、公爵家当主であるフレドリックへである高価な宝飾品を投げつけ大怪我をさせた事、更に家宝の宝飾品を壊した事までが露見してしまい、どちらに瑕疵かしが有るのかは明らかなので大人しく引き下がった。
 引き下がらずを得なかった。
 もし家宝のネックレスを弁償させられたら、マンロー子爵家は爵位と領地の両方を売る事になっただろう。
 王家からの下賜品は、実際の価値など関係無いのだ。

 ダーシーはヘイゼル公爵家から離縁されただけでなく、当主を傷付けたとして二度と近付かないようにと永年接近禁止命令まで出されていた。
 我が子への面会も当然認められず、マンロー子爵家はダーシーを第二夫人としてヘイゼル公爵家に嫁がせた利点など、塵ほども無くなってしまっていた。


「せっかくの、せっかくの好機を、危機にするとは」
 マンロー子爵は、ヘイゼル公爵家から戻されて茫然自失に陥っているダーシーの頬を叩いた。
 しかし叩かれたダーシーは、泣きも怒りもせず、ただただ腑抜けたように呆としている。
 それが更に子爵の怒りを煽る。

 何度も往復で叩かれ、鼻血が流れ口内が切れて血があふれて口からこぼれても、ダーシーは何の感情も出さなかった。
 頭の中では、幸せだったから。



 あの日、フレドリックに真実を告げられ、シャーロットがお飾り妻などではなく、本当に愛されていたのだと知った時。
 怒りに任せて投げつけた大きな宝石の付いた宝飾品は、奇跡の確率でフレドリックの額を割った。
 血が流れ、フレドリックが意識を飛ばす程の大怪我を負い、ダーシーはヘイゼル公爵家の私兵に捕らえられた。

 そのまま、本当にそのまま、着の身着のままでマンロー子爵家へと送り届けられた。
 輿入れの際のドレスや宝飾品は、後日、商人を介して届けられた。
 第二夫人として手に入れたはずのドレスや宝飾品を対価に、その商人が荷物の運搬を引き受けたのだと知ったのは、商人に「荷物が少なすぎる」と詰め寄った時に説明されたからだ。
 それから一月もせず、離縁状が届けられた。

 第二夫人だった証拠は、年齢の割に弛んだ腹だけだ。
 本来なら元の体型や皮膚の張りが戻るまで公爵家のメイドに世話をされるはずだったのだが、事件を起こした為に実家に戻されてしまった。
 子爵家では公爵家程使用人に余裕があるわけでもなく、いきなり戻って来た娘の為に手厚い産後処置を出来る使用人を雇う余裕も無かった。


「私、愛されているはずよね。だって、正妻は子供が出来なかったのに、私だけ執拗に子供を産むように迫られたもの」
 実家に戻された当初そう言って使用人達に同意を求めて回っていたダーシーだったが、公爵家から荷物が届いてから口数が減り、とうとう離縁状が届いてからは一言も話さなくなった。

 独りでの食事なのに、テーブルの向かい側にもう一人分を必ず置かせる。
 それが用意されるまで食事に手を付けないので、マンロー子爵も渋々了承している。
 何も話さずに独りで食べているのに、向かいの席に微笑みを向けるダーシー。
 誰も来るはずが無いのに、夜には夜着を着て、ベッドへと入る。



 ダーシーは、愛されていた。
 夫の望む後継者を産んで、前公爵に強制された政略結婚の正妻を追い出した。
 瞳の色と同じ宝飾品を贈ってくれた夫は、後継者を産んだ自分を労ってくれて、正妻が居た為に出来なかった蜜月のやり直しを提案してくれた。
 今はそれを実行中で、とても幸せな時間を過ごしている。

 結婚してから一度も無かった二人きりの食事。
 今迄は不機嫌なのかと思うほどに淡々とした三人での食事風景だったけど、正妻が居なくなったからか遠慮せずに視線を合わせ、笑顔を交わす。
 食事中だから話はしないけど、今までみたいにカトラリーが音を立てても睨まれる事は無い。

 閨も、今までみたいに終わった後早々に自室へ帰ってしまう事も無い。
 疲れて寝てしまって記憶には無いけど、きちんと体は清めてあるし、服も着せてくれる。
 本当は起きるまで居て欲しいとは思っていたが、仕事が忙しいから先に起きて行ってしまうのはしょうがないと思って我慢した。


「ダーシーは静養所へ入れましょう」
 マンロー子爵夫人が息子へ提案する。
「もう正気には戻らない?」
 次期マンロー子爵、ダーシーの兄が苦虫を噛み潰したような表情で母へと問う。
「幸せな夢の中から辛い現実へあの子を引き摺り出す事は、私には出来ません」
 ホロリと涙をこぼす母親に何も言えず、兄として最後の仕事だと、ダーシーを外に出したがらない父親の説得をしに行く決心をした。



───────────────
あれ?思ったより悲惨な事になったな、ダーシー。ゴメン。
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