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花咲く森の道
しおりを挟む「あの女は純潔だった。娘など居るはずが……」
思わず呟いた俺の言葉に、女は「あら?」と首を傾げる。
その耳には、かつては白かったであろう、壊れた貝殻のイヤリングが揺れている。
口の端が吊り上がり、今までとは全然違う種類の、人間の本能が拒否するような笑顔だ。
「そうか、人間は子が生まれて育つまで、我々より時間が掛かるのだったか」
フム、と考える仕草をする女は、おかしな事を言っている。
人間は……?
それならば、目の前のこの女は何だと言うのだ。
「お前に思い出話をしてやろう」
そう言って女が語り始めたのは、とても信じられない話だった。
ある日洞窟の前に、一人の女が座って居たそうだ。
服はボロボロで、体は傷だらけで、だが血は殆どが乾いていたと。
満腹だったので、女の母親は傷だらけの女を家に招いた。
何も出来ない女は、母親から貰った食事を食べ、十ヶ月後に赤子を産んだ。
その赤子を母親に渡し「今までのお礼に差し上げます」そう言って、フラフラと家を出て行ったそうだ。
その後、近くの崖の下で発見されたそうだ。
飛び降りたのか、落ちたのか、それは本人にしか判らない。
その年は冬の訪れが早く、冬眠の準備を充分に出来ないうちに雪が降ってしまったそうだ。
「私達は、その女からの贈り物を有難く頂く事にした」
女がニッコリと笑う。
「それが4年前の事よ」
口調が変わった。
それは、赤子を……おそらく俺の子を……食…………べ…………?
「彼女は、私の、私と母の命の恩人だ」
口調がまた変わる。
「そして彼女は、私の救い主ね」
口調がまた更に変わる。いや、戻った?
女の体が膨れ上がった。
服が破け、茶色い毛が服の隙間から覗く。
髪が短くなり、顔が前に伸びる。
美しかった顔が毛むくじゃらになっていく。
両腕を持ち上げて俺の前に立ち塞がった姿は、森の最強生物……熊だった。
立ち塞がった熊は、俺を威嚇して吼える。
その大きく開かれた口の中には、血涙を流す赤子の姿が……!?
「……ぱ……ぱぁ…………」
止めろ!止めてくれ!
俺はお前なんか知らない!!
熊の一撃を受けた俺は、辛うじて生きていた。
走って逃げて、だけど木の根に足を取られて転んだ。
熊の爪が俺の足に刺さる。
だが熊の手を、掴まれていない方の足で蹴ると簡単に外れた。
這いずって逃げる。
後ろから追って来る気配はするのに、なぜか捕まらなかった。
振り返って熊の姿が無いのを確認し、立ち上がる。
足を引き摺りながら、必死に逃げる。
森が開けた!
やっと逃げきれたと安心したが、直ぐに俺は絶望した。
目の前にあるのは、深い崖だった。
「あら、やはり父は母に惹かれるものなのですね」
頭の中に声が響いた。
崖下には、白骨が二人分あった。
一人は、熊女の話からあの女だろう。
もう一人分は、服装からして婚約者だという男の物だ。
近くに錆びた斧も落ちている。
女を探していて、いや、死体を見て助けようとして落ちたのか?
「でも、本当に愛し合っている二人は、花咲く森で幸せに過ごしているの。邪魔はしないでね」
鈴を転がすような声と共に、俺は弾き飛んでいた。
あの時の女のように、頬を殴られて吹っ飛んだのだ。
しかし怪我は俺の方が何倍も酷い。
頬の肉は削げて、ボタボタと血が垂れている。
叩きつけられたのは岩で、体のあちこちの骨が折れている。
もう俺は動けない。
いっその事、殺してくれ。
「お腹いっぱいだから、お前は要らない」
そんな声が聞こえて、気配が完全に消えた。
俺は森の中に、置いていかれた。
獣に生きたまま食われるのか、それとも飢えて死ぬのか。
怪我が原因かもしれない。
とにかく、すぐには死ねず、苦しんで死ぬ事だけは間違い無いだろう。
コーンコーンと、樵が木を切る音が聞こえた。
楽しそうな母娘の笑い声も、聞こえた……気がした。
ある日、森の中
くまさんに出会った。
終
────────────────
熊は4歳で成獣だそうです。
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ありがとうございます!
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現実の熊のニュース……いや、ホント、怖いですよね
そうそう、同居してるんですよ〜(*^^*)
え?そんな軽いノリの話でしたっけ?(笑)
え?そうなのですか?
それでは、男の恐怖は長続きしそうですね……( ̄ー ̄)ニヤリ