悪役令嬢の婚約者は頭がおかしい

この世界の家族

　コンコンコンと控えめなノックの後に、静かに扉が開いた。
　返事を待たずに開けられたのは、中にいるリナモモがまだ寝ていると思ったのだろう。
　入って来た人物は、ベッドの上で体を起こしているリナモモを見て、硬直する。
　そのままクルリと踵きびすを返し、廊下へと戻る。
「リナモモ様が目醒めましたーーーー！」
　後でさぞかし怒られるであろう大声を発しながら、メイドが廊下を走って行った。

　遠ざかる足音が消える前に、今度は足音が近付いて来た。
　しかも今度は多数。
　半開きだった扉が勢いよく開けられ、壁にぶつかり、後が心配になるほどの音をたてた。
「リナモモ！大丈夫か！」
「リナモモちゃん、痛いところはない！？」
「リナモモ！！生きてるか！」
　父、母、兄……もとい、義兄の順でベッドへと辿り着く。

「えっと、大丈夫……です。多分？」
　前世と今世の記憶の整理がまだ終わっていない状態のため、リナモモは曖昧な返事を返した。
　まだ前世の記憶が甦ったばかりだからか、気持ちが若干そちらに引き摺られているせいで他人行儀になる。
　そんな困惑した笑顔を浮かべるリナモモを、家族は不安そうに見つめた。


　前世のノッペリとした純日本人顔の家族と違い、今世の家族は顔が『喧やかましい』。
　彫りの深い色白の顔。
　まつ毛など爪楊枝が何本載るんだ？と思う。
　瞳の色もカラコンか！というくらいの鮮やかな色彩で、髪も海外の女優の様にキラキラの金髪だ。
　違和感が拭えなく、親近感が湧かない。

『今まで何て呼んでたっけ？パパ？お父様？父上？お父さんって呼んでたのは、前世だよね』
　思考の海に沈んでいる為に無言になっているリナモモを、家族も無言で見つめた。
　父親など、抱きしめようと広げた腕がそのままだ。

「頭を打っているせいで、記憶が混乱しているのです。まったく、まず私を呼びなさい」
　救世主の声が室内に響いた。
　主治医である壮年の男性が扉からベッドへと小走りで近付く。
　側に置いてある椅子をベッドに寄せ、座る。
　リナモモと目が合うと、ニッコリと微笑んだ。