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学園編

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 いつもは静かに馬車を待つ生徒達が、待合室にも行かずに馬車乗り場へ集まっていた。
 一度は待合室へ移動した生徒達も、何事かと戻って来て見学している。
「王家へ嫁ぐのだから、殿下達を優先する我々には感謝すべきだろう!」
 駐馬車場から来た男の視線は、完全にクラウディアである。

「先程から何を言っているのかしら。私が王家へ嫁ぐ?」
 嫌悪感丸出しで言うクラウディアに、先程の女神の笑みは無い。
「名誉毀損も追加ね」
 王子の婚約者扱いを名誉毀損と言うクラウディア。
 駐馬車場係員達には、意味が解らなかった。


「何を騒いでいる?!」
 人垣が分かれ、一人の生徒が現れた。
 ニコラウスの口元から小さな舌打ちが漏れる。
 颯爽と登場したのは、したり顔の王太子だ。
 味方が、虎が来てくれたと、係員達狐の表情に安堵が見えた。

「王太子殿下。婚約者の方はちゃんと躾ていただきませんと」
「殿下より先に帰ろうとしてましたよ」
 係員達は口々に訴える。
 周りの生徒達からは、困惑が滲む。
 誰がどう見ても、馬車を待つ二人が婚約者同士である。事実、子供の頃からずっとクラウディアとニコラウスは、公の場で一緒に行動していた。

 それに王太子に婚約者候補、まして婚約者が出来たのならば正式に発表されるはずだが、王家からそのような事が公示された事実は無い。


 王太子がクラウディアを見た。
「クラウディア、何を我儘を言ったんだ? 俺の妻になりたいのなら、それに相応しい行動をしてくれ」
 ニコラウスの腕を掴むクラウディアの手に、力が込められた。
「明日の朝食に下剤を仕込んであげるね」
 こっそりとクラウディアの耳元で囁くニコラウス。
 朝に下剤を飲んだら、学園に来てからさぞかし大変な事になるだろう。

 ニコラウスの気遣いで笑顔になったクラウディアは、まずは横へと笑顔を向ける。
 愛しい人へ向ける、幸せな笑顔だ。
 それから顔を前へ向け、貴族らしい笑顔を王太子へ向けた。
 その表情の変化を目の前で見せつけられた王太子は、ギリリと奥歯を噛み締める。

「妻になりたい? 申し訳ございませんが、私には既に心に決めた方がおりますので」
 クラウディアが淑女らしく優雅にお辞儀をする。
「だから、それが俺だろうが!」
 王太子がイライラした様子で叫ぶのを、周りの殆どの人間が首を傾げた。
 なぜそこまで自信を持って言い切るのか、意味が解らないからだ。


「あの、そろそろ帰りたいのですが、よろしいでしょうか」
 王太子の台詞には答えず、クラウディアは困ったように笑う。片手を頬に当てながら微かに首を傾げ、まるで駄々を捏ねる子供を相手にしているかのような顔である。

「それにしても、まさか王太子殿下が、その係員達と懇意にしているとは思いませんでした」
 はぁ、と溜め息を吐くクラウディアの姿が、益々王太子を煽る。
「あぁ?!」
 とても王族とは思えない下品さで、王太子が反応した。

 そういえば今の王族は、国王は全てに無関心で、正妃は自分本位で第二王妃は唯我独尊、第三王妃は自由気儘だった。王族らしさなど、そもそも誰も持ってなかったな、とクラウディアは思い出していた。


「学園にいる間は、貴賎問わず。創設者の初代国王陛下の理念です。それを否定するようなやからが、よもや王太子殿下の麾下きかだとは思いませんでした」
 言い直しているだけで、先程とぼぼ同意な言葉である。但し、その理由を詳しく言っていた。

「俺は何も知らん! コイツ等が勝手にやっている事だ」
 王族より先に帰る事有るまじ。
 それを学園の、たかが駐馬車場係員が勝手にやっていた、と王太子は言う。
 それを学園側も勝手に黙認していた、とでも言うのだろうか。

「まぁ、もうどうでも良いですけどね。私とディ……アッペルマン公爵令嬢は、今回の件を重く見て、議会へ抗議しますので」
 王太子の前に凛と立つクラウディアの肩を抱き寄せ、ニコラウスが笑う。
 その勝ち誇った顔は王太子を激昂させたが、同時に発せられた殺気にも近い威圧のせいで、王太子は顔を真っ赤にするだけで動く事が出来なかった。



 ニコラウスが手を上げると、駐馬車場から馬車が出て来る。
 あるじめいの方が学園の係員の制止よりも上である。
「退かなければく」
 馭者のその言葉に、係員達は慌てて横へと退けていた。

「それでは、御前おんまえ、おいとまいたします」
 必要以上に丁寧に、それこそ慇懃無礼に挨拶をしたニコラウスは、馬車へとクラウディアをエスコートする為に手を差し出す。
「ごきげんよう」
 クラウディアは挨拶をすると、ニコラウスの手を取った。

「ディディ、難しい言い回しはわざと?」
 馬車の中でニコラウスが楽しげに質問する。
「ネロこそ、最後の挨拶は何よ」
 クラウディアが同じように笑う。
 あはははは、と声を出して笑う二人の声が聞こえて、馭者が少しだけ頬を緩めた。


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