上 下
34 / 67
学園編

33:

しおりを挟む



 入学式の開始前に一悶着あったせいか、入学式自体は国王の王子語りも無く、王太子の在校生代表挨拶も、雛形をそのまま読んでいるような短く簡素なものだった。
 当然、その後の男子生徒の拘束も無い。

「ディディ、変なのに絡まれる前に帰ろう」
 教室へ移動したクラウディア達の最上位Sクラスは、第二王子への気使いから自己紹介は翌日になり、早々に解散となったのだ。
 その第二王子は、色々と関係を築きたい生徒達に囲まれている。
 今ならば気付かれずに帰れるだろうと、ニコラウスはクラウディアの手を取る。

 周りの生徒には一切声を掛けず、二人はコッソリと教室を出た。
「他の家の方々とは、明日以降交流すれば良いわよね」
 クラウディアが上目遣いでニコラウスを見ると、真剣な表情で見下ろされていた。
「交流しなくて良いよ」
 紡ぎ出された言葉は、とても貴族の嫡男とは思えないものだった。



 自己紹介が省かれた為に他のクラスよりも大分早く終わったらしく、馬車乗り場にはまだ誰も居ない。
 係員に告げると馭者に伝わる仕組みになっており、基本的に高位の家の馬車程出入口付近に停めてある。
 当然だが、王族だけは停める場所が違う。

 係員に声を掛ける迄も無く馭者が二人に気付き、馭者席から手を振って了解の合図をしてくる。
 安心して自分達の馬車を待っていると、係員が傍に寄って来た。
「失礼ですが」
 係員が近寄って来て、声を掛けて来る。
「馭者が気付いたので、必要無い」
 ニコラウスが係員に素気無すげなく応えると、係員はそうじゃないと首を振る。

「まさか王族が帰ってないのに帰る気ですか?」
 呆れたように言う係員を、ニコラウスとクラウディアの二人は静かに見つめる。
「王太子殿下も、第二王子殿下も、まだいらっしゃいます。ほら、まだ2台とも馬車があるでしょう?」
 係員は、豪奢な王族の馬車を指し示した。


「それは、学園としての総意で間違い無いね?」
 ニコラウスは無表情で係員に問う。
「当然だ! 臣下が主より先に帰るなど有り得ない!」
 馬車の方も、駐馬車場の出入口で別の係員に止められ揉めている。
 駐馬車関係の係員は全員、同じ考えのようだ。

「ヘルストランド侯爵家として、正式に議会へ抗議をしよう」
 学園へ、ではなく、更に上の議会へ訴えるつもりらしい。学園の運営は国が行っているので、正しい選択とも言える。
「アッペルマン公爵家も同じく、抗議しますわ」
 にこやかに告げる二人を係員は驚いたように見つめ、馬車を振り返る。思ったよりも爵位が高くて驚いたのだろう。
 二人は新入生なので、まだ顔を覚えられていなかった。



「アッペルマン公爵令嬢とは知らず、失礼しました」
 何かのある係員からの謝罪である。
「気にしないで良いわ」
 クラウディアが言うと、係員が表情を明るくする。
「謝罪を受け取る気は無いもの。私達が貴方達の姿を見る事は、一生無いでしょう」
 それは、学園を解雇されるという意味であり、今後、公の場や高位貴族の立ち寄る場での仕事には就けないとも言っていた。

「お、王族に名を連ねる方がそのように狭量きょうりょうでは困ります!」
 係員が訴えると、クラウディアは首を傾げ、ニコラウスは鼻で笑った。
「ヘルストランド侯爵家は、いつから王族になったの?」
 クラウディアが見上げると、ニコラウスが「さぁ?」と笑う。


 係員と二人が揉めている間に、他の生徒達が建物を出て来る。
 慣れている上級生は、家名を名乗って待合室へと向かう。そこで自分の馬車を待つのだ。
 但し、今の係員に家名を覚えている余裕があるかは疑問である。

 こちらでのやり取りを知らない駐馬車場の係員は、未だに馬車を通そうとしない。
 あくまでも王家の馬車が居なくなるまで待つつもりなのだろう。

 止められているヘルストランド侯爵家の馬車へ、アッペルマン公爵家の馭者が近付いて行くのが見えた。
 ほぼ毎日のようにニコラウスはアッペルマン邸を訪れている。当然馭者達は顔見知りである。
 アッペルマン公爵家の馭者は、ルードルフを乗せて1年間学園に通っているので、係員達はどこの者かを理解していた。


 駐馬車場側の係員の一人が慌てて走って来る。
「あの馬車、侯爵家らしい。大丈夫なのか?」
 こちら側の係員へ囁いた……つもりなのだろうが、焦っているのか声が大きく、丸聞こえである。
「知ってるよ! 今、訴えると言われたところだよ!」
 真っ青な顔の係員が吐き捨てるように言うのに、走って来た係員の顔色も変わる。

「安心してください。訴えるのはヘルストランド侯爵家だけではなく、アッペルマン公爵家もですから」
 クラウディアが駐馬車場から来た係員へ、女神のような笑顔を向ける。
 穢れを知らない、慈悲深くさえ見える笑顔。
 しかし告げた内容は、どこも安心できる要素の無いものだった。


しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。

Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。 政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。 しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。 「承知致しました」 夫は二つ返事で承諾した。 私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…! 貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。 私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――… ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

私と結婚したいなら、側室を迎えて下さい!

Kouei
恋愛
ルキシロン王国 アルディアス・エルサトーレ・ルキシロン王太子とメリンダ・シュプリーティス公爵令嬢との成婚式まで一か月足らずとなった。 そんな時、メリンダが原因不明の高熱で昏睡状態に陥る。 病状が落ち着き目を覚ましたメリンダは、婚約者であるアルディアスを全身で拒んだ。 そして結婚に関して、ある条件を出した。 『第一に私たちは白い結婚である事、第二に側室を迎える事』 愛し合っていたはずなのに、なぜそんな条件を言い出したのか分からないアルディアスは ただただ戸惑うばかり。 二人は無事、成婚式を迎える事ができるのだろうか…? ※性描写はありませんが、それを思わせる表現があります。  苦手な方はご注意下さい。 ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

殿下が好きなのは私だった

恋愛
魔王の補佐官を父に持つリシェルは、長年の婚約者であり片思いの相手ノアールから婚約破棄を告げられた。 理由は、彼の恋人の方が次期魔王たる自分の妻に相応しい魔力の持ち主だからだそう。 最初は仲が良かったのに、次第に彼に嫌われていったせいでリシェルは疲れていた。無様な姿を晒すくらいなら、晴れ晴れとした姿で婚約破棄を受け入れた。 のだが……婚約破棄をしたノアールは何故かリシェルに執着をし出して……。 更に、人間界には父の友人らしい天使?もいた……。 ※カクヨムさん・なろうさんにも公開しております。

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

(完結)婚約破棄から始まる真実の愛

青空一夏
恋愛
 私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。  女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?  美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...