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 入学式での在校生代表挨拶で、私的な上に高圧的な「妃に迎えてやる」発言は常識として有り得ない、と学園の教師達が国王の許可のもと、半ば引き摺るようにして王太子を舞台上から下ろした。
 その後、予定通りの行程をこなして入学式は終わった。

 予想していた男子生徒の拘束は無く、生徒達はすぐに帰宅した。
 もしかしたら本当はそのつもりだったのを、王太子の愚行により中止されたのかもしれない。

 求婚としては大失敗だが、第二王子を妨害するという意味では成功だったようだ。
 いや、逆に中止にしなかった方が第二王子の評判は下がっただろうから、やはり失敗だろうか。



 屋敷に帰ったアッペルマン公爵家は、前回とは違い普段通りの時間に昼食を取る事が出来た。
 明日からに備えて早めに部屋に戻ったルードルフは、とにかく王太子を避ける方法を考える、と変な方向へ張り切っていた。
 婚約者探しもしなければいけないので大変であるはずなのに、ルードルフはどこか楽しそうだった。

 結婚してからはあまり訪問しなくなっていたマティアスが、久しぶりにクラウディアの部屋をたずねる。
 理由は明白で、今日の王太子の発言のせいだろう。
 カルロッタもクラウディアを気遣い、様子を見てあげて欲しいと、マティアスの背中を押していた。


「記憶が戻ったのは別に良いのよ。なぜ、私が喜んで王妃になると思っているのかが理解不能よね」
 部屋をおとずれたマティアスに、クラウディアが愚痴る。
 王太子の中では、まるでずっとクラウディアに愛さていたかのように、自分に都合良く脳内変換されていた。

「脅迫していた事は忘れ、ずっと甲斐甲斐しく尽くしてくれていた正妃、となっているのだろう……か?」
 最初は断言しようとしたマティアスだったが、自分で口にしておきながら、その内容の有り得なさに最後には疑問形になってしまった。


「今度こそリンデル伯爵令嬢を正妃として迎えて、あの足りない頭をきちんと教育して、表舞台に引っ張り出して欲しいのよね」
 クラウディアがとても上品に笑う。
 完璧な淑女と言われた前回の王太子妃としての経験を活かし、今回は完璧な公爵令嬢として、王太子の婚約者になったカミラ・リンデル伯爵令嬢の前に現れ、格の違いを見せつけてやるつもりだった。

つたないカーテシーを鼻で笑ってやろう思ってるのに」
 座ったまま、体をゆらゆら動かしてカーテシーの真似事をするクラウディアを、マティアスは苦笑しながら眺める。
 マティアスの記憶中のも、クラウディアの記憶の中の側妃と同じで挨拶一つまともに出来なかった。

 当然、王妃としての仕事など何一つ出来ずに、国王を助けるどころか足を引っ張っていた。
 王太子の為に正妃の座を手に入れたはずのカミラは、王太子が継承するはずの国を潰しただけだった。



「だから、私が一緒に行くと言ったのですよ」
 ルードルフの入学式から1週間後。
 幽鬼のような顔色をしたニコラウスがアッペルマン公爵家へと来訪した。
 入学式翌日、下手したら当日の夕方には突撃してくると思われたニコラウスだったが、皆の予想を裏切って今日まで訪ねて来なかったのだ。

「お陰で怒りを抑えるのに7日も掛かってしまいました」
 目を閉じて、胸の前で利き手を握り締めて深呼吸を繰り返す姿は、怒りが収まっているようには見えない。
「毎晩寝顔を見ながら、千通りは殺し方を考えてました」
 誰の? と、いう無駄な事は質問しない。

「とりあえず、下剤を流し込むだけで我慢しました」
 くらい笑顔で言うニコラウスは、いつでも殺せると暗に言っている。


「あの何よりも自己愛が強く、体面ばかりを気にする王太子に下剤……」
 プフッと変な音がクラウディアの口元から漏れた。
 笑いを堪えようとして失敗したようだ。
 肩を小刻みに震わせて俯いているクラウディアを見て、ニコラウスは表情を緩めた。

「ディディに喜んで貰えたなら、下剤で我慢した甲斐があったよ」
 隣に座るクラウディアの髪を手に取り、唇を寄せながらニコラウスが囁く。
 対面だった席は、既に横並びに変わっている。

「ねぇネロ。王太子は記憶が戻ったみたいなの」
 ふわりと笑ったクラウディアは、大きな紅玉ルビーの嵌った白金プラチナの指輪を着けた手を、見せびらかすように顔の前にかざす。

「私が他の人と幸せになるのを見せつけるの。素敵でしょう?」

 もう何年も前から、ニコラウスはクラウディアを自分の色で飾り立てる。
 そこまでするのに婚約を申し込まないのには何か理由があるようだが、クラウディアも両親もそこには触れない。
 来年。学園に入学したら申し込む、と宣言しているニコラウスを信じていた。


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