上 下
22 / 67
リセットされました

21:

しおりを挟む



 婚約はしていないけれど、毎日のようにニコラウスがアッペルマン公爵家に通うようになって、既に年単位で時間が過ぎていた。
 明日はマティアスのラーシャルード学園入学式がある。

「入学式には僕も行けますよね?」
 ニコラウスが微笑みながら、マティアスへと問い掛ける。
「いや、家族のみ参列可だから無理でしょう」
 マティアスが素気無すげなく答える。
「婚約者! 妹の婚約者!!」
「そのような事実はありませんね」
 ニコラウスが自分を指差し、次にクラウディアを指差して言うのを、当のクラウディアは全否定である。


「もう婚約者で良いじゃない」
 どこか呆れたような口調で言うのは、11才になったルードルフだ。
 甘やかされて育った次男坊ではあるが、公爵家としての教育はしっかりと受けているルードルフは、ここ2年程で驚くほど大人っぽくなった。

 貴族に必要な黒い部分はあまり育たなかったが、その分兄や妹が真っ黒なので大丈夫だろう。
 それに妹の婚約者候補は、真っ黒を通り越して闇黒あんこくだ。
 まだ候補が外される様子は無いが、ニコラウスがクラウディアを手放すとは思えない。

「でも、今回は無理ですけどね」
 ルードルフにまで入学式への参加を否定されたニコラウスは、わざとらしいくらいに肩を落とした。
「なぜ、それほど入学式に行きたいの?」
 クラウディアが素直な気持ちで質問をする。
 もしも王太子との婚約を警戒しているのだとしても、彼はまだ12才で学園に入学はしない。

「学園の入学式には必ず国王が来るからね。正式に発表されていなくてもクラウディアの横に僕が居れば、下手な事は考えないでしょう?」
 ニコラウスが笑う。
 確かに最近クラウディアは、嫌気がさす程に王家の行事に招待されていた。


 王太子のお茶会、第二王子のお茶会、それぞれの母である王妃の開催するお茶会。
 果てはよく判らない宝飾品や調度品の展示即売会や、孤児院への寄付を募る演奏会まで。
 全て「まだ社交デビューの年齢では無いので」と断っている。
 他の家の令嬢達は、保護者同伴ならばと参加しているようだが……。

「そういえば、王太子の婚約者はまだ決まらないね」
 ルードルフが言うのに、クラウディアが苦笑する。
「第二王子もね」
 マティアスが付け足す。

 そのどちらからも、クラウディアへ婚約の打診がきている。
 正式に断っているのに、王家としては保留扱いになっているらしい。
 打診であって申し込みでは無いので、断られても記録には残らないからだ。
 回りくどくて逃げ道ばかり。偉い人の得意な方法である。



「王太子は学園入学時に、運命の相手と出会うはずだからね。放っておけば良いのよ」
 クラウディアがコソリと呟く。
「王太子様」と言う呼び方は、前回、側妃がしていたものだ。
 クラウディアが親切心で「殿下とお呼びした方が良い」と注意しても、「この方が可愛いじゃないですか」と直さなかった。

 側妃に召し上げられてすぐ、公の場で「王太子様」と呼んで顰蹙ひんしゅくを買った側妃は、「誰も教えてくれなかった」と大袈裟に泣いて見せた。
 そもそも伯爵令嬢だったのだから、その言い分もおかしなものなのだが、王太子が庇い「正妃なら側妃の教育くらいしっかりとしておけ」とクラウディアを皆の前で叱責し、責任を押し付けてしまった。

 正妃が拒否するからと側妃は殆ど公の場に出なくなるのだが、ただ単に王妃教育を放棄した側妃が公務に関わる事が出来ない、というのが本当の原因だった。
 実はあの騒動自体、側妃が仕事をしたくなくて計画されたものでは? と王宮使用人達の間では噂されていた。


 とにかくそのずる賢くてしたたかな側妃は、王太子の学園入学パーティーへ、兄の付き添いとして参加して王太子と出会うのだ。
 16才の王太子と11才の側妃が恋に落ちる。その時、クラウディアは14才。

 側妃が18才で王宮にあがるまでの7年、いや、クラウディアが空へ飛ぶまでの14年、王太子と側妃は世間をあざむき続けるのである。



 結局入学式には参加出来ない事が確定したニコラウスは、クラウディアにドレスを贈った。
 青色が基調で、黒いレースが随所に使われている。身に付ける宝飾品まで用意され、白金プラチナ紅玉ルビーである。
 服も宝飾品も、クラウディアの色とニコラウスの色が混ざっている。

「愛が重い!」
 クラウディアを見たマティアスの第一声だ。
「害虫除けには丁度いいよね」
 笑顔のルードルフは本気で思った事を口にしただけだが、そこには入れ知恵した者の影がチラチラしている。
「んもう、変な事を教えたのはニコラウス卿ね」
 クラウディアが呆れたように言うと、ルードルフは首を傾げた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】淑女の顔も二度目まで

凛蓮月
恋愛
 カリバー公爵夫人リリミアが、執務室のバルコニーから身投げした。  彼女の夫マクルドは公爵邸の離れに愛人メイを囲い、彼には婚前からの子どもであるエクスもいた。  リリミアの友人は彼女を責め、夫の親は婚前子を庇った。  娘のマキナも異母兄を慕い、リリミアは孤立し、ーーとある事件から耐え切れなくなったリリミアは身投げした。  マクルドはリリミアを愛していた。  だから、友人の手を借りて時を戻す事にした。  再びリリミアと幸せになるために。 【ホットランキング上位ありがとうございます(゚Д゚;≡;゚Д゚)  恐縮しておりますm(_ _)m】 ※最終的なタグを追加しました。 ※作品傾向はダーク、シリアスです。 ※読者様それぞれの受け取り方により変わるので「ざまぁ」タグは付けていません。 ※作者比で一回目の人生は胸糞展開、矛盾行動してます。自分で書きながら鼻息荒くしてます。すみません。皆様は落ち着いてお読み下さい。 ※甘い恋愛成分は薄めです。 ※時戻りをしても、そんなにほいほいと上手く行くかな? というお話です。 ※作者の脳内異世界のお話です。 ※他サイト様でも公開しています。

「……あなた誰?」自殺を図った妻が目覚めた時、彼女は夫である僕を見てそう言った

Kouei
恋愛
大量の睡眠薬を飲んで自殺を図った妻。 侍女の発見が早かったため一命を取り留めたが、 4日間意識不明の状態が続いた。 5日目に意識を取り戻し、安心したのもつかの間。 「……あなた誰?」 目覚めた妻は僕と過ごした三年間の記憶を全て忘れていた。 僕との事だけを…… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

殿下が好きなのは私だった

恋愛
魔王の補佐官を父に持つリシェルは、長年の婚約者であり片思いの相手ノアールから婚約破棄を告げられた。 理由は、彼の恋人の方が次期魔王たる自分の妻に相応しい魔力の持ち主だからだそう。 最初は仲が良かったのに、次第に彼に嫌われていったせいでリシェルは疲れていた。無様な姿を晒すくらいなら、晴れ晴れとした姿で婚約破棄を受け入れた。 のだが……婚約破棄をしたノアールは何故かリシェルに執着をし出して……。 更に、人間界には父の友人らしい天使?もいた……。 ※カクヨムさん・なろうさんにも公開しております。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

幸せなのでお構いなく!

恋愛
侯爵令嬢ロリーナ=カラーには愛する婚約者グレン=シュタインがいる。だが、彼が愛しているのは天使と呼ばれる儚く美しい王女。 初対面の時からグレンに嫌われているロリーナは、このまま愛の無い結婚をして不幸な生活を送るよりも、最後に思い出を貰って婚約解消をすることにした。 ※なろうさんにも公開中

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

【完結】いいえ。チートなのは旦那様です

仲村 嘉高
恋愛
伯爵家の嫡男の婚約者だったが、相手の不貞により婚約破棄になった伯爵令嬢のタイテーニア。 自分家は貧乏伯爵家で、婚約者の伯爵家に助けられていた……と、思ったら実は騙されていたらしい! ひょんな事から出会った公爵家の嫡男と、あれよあれよと言う間に結婚し、今までの搾取された物を取り返す!! という事が、本人の知らない所で色々進んでいくお話(笑) ※HOT最高◎位!ありがとうございます!(何位だったか曖昧でw)

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

処理中です...