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 婚約はしていないけれど、毎日のようにニコラウスがアッペルマン公爵家に通うようになって、既に年単位で時間が過ぎていた。
 明日はマティアスのラーシャルード学園入学式がある。

「入学式には僕も行けますよね?」
 ニコラウスが微笑みながら、マティアスへと問い掛ける。
「いや、家族のみ参列可だから無理でしょう」
 マティアスが素気無すげなく答える。
「婚約者! 妹の婚約者!!」
「そのような事実はありませんね」
 ニコラウスが自分を指差し、次にクラウディアを指差して言うのを、当のクラウディアは全否定である。


「もう婚約者で良いじゃない」
 どこか呆れたような口調で言うのは、11才になったルードルフだ。
 甘やかされて育った次男坊ではあるが、公爵家としての教育はしっかりと受けているルードルフは、ここ2年程で驚くほど大人っぽくなった。

 貴族に必要な黒い部分はあまり育たなかったが、その分兄や妹が真っ黒なので大丈夫だろう。
 それに妹の婚約者候補は、真っ黒を通り越して闇黒あんこくだ。
 まだ候補が外される様子は無いが、ニコラウスがクラウディアを手放すとは思えない。

「でも、今回は無理ですけどね」
 ルードルフにまで入学式への参加を否定されたニコラウスは、わざとらしいくらいに肩を落とした。
「なぜ、それほど入学式に行きたいの?」
 クラウディアが素直な気持ちで質問をする。
 もしも王太子との婚約を警戒しているのだとしても、彼はまだ12才で学園に入学はしない。

「学園の入学式には必ず国王が来るからね。正式に発表されていなくてもクラウディアの横に僕が居れば、下手な事は考えないでしょう?」
 ニコラウスが笑う。
 確かに最近クラウディアは、嫌気がさす程に王家の行事に招待されていた。


 王太子のお茶会、第二王子のお茶会、それぞれの母である王妃の開催するお茶会。
 果てはよく判らない宝飾品や調度品の展示即売会や、孤児院への寄付を募る演奏会まで。
 全て「まだ社交デビューの年齢では無いので」と断っている。
 他の家の令嬢達は、保護者同伴ならばと参加しているようだが……。

「そういえば、王太子の婚約者はまだ決まらないね」
 ルードルフが言うのに、クラウディアが苦笑する。
「第二王子もね」
 マティアスが付け足す。

 そのどちらからも、クラウディアへ婚約の打診がきている。
 正式に断っているのに、王家としては保留扱いになっているらしい。
 打診であって申し込みでは無いので、断られても記録には残らないからだ。
 回りくどくて逃げ道ばかり。偉い人の得意な方法である。



「王太子は学園入学時に、運命の相手と出会うはずだからね。放っておけば良いのよ」
 クラウディアがコソリと呟く。
「王太子様」と言う呼び方は、前回、側妃がしていたものだ。
 クラウディアが親切心で「殿下とお呼びした方が良い」と注意しても、「この方が可愛いじゃないですか」と直さなかった。

 側妃に召し上げられてすぐ、公の場で「王太子様」と呼んで顰蹙ひんしゅくを買った側妃は、「誰も教えてくれなかった」と大袈裟に泣いて見せた。
 そもそも伯爵令嬢だったのだから、その言い分もおかしなものなのだが、王太子が庇い「正妃なら側妃の教育くらいしっかりとしておけ」とクラウディアを皆の前で叱責し、責任を押し付けてしまった。

 正妃が拒否するからと側妃は殆ど公の場に出なくなるのだが、ただ単に王妃教育を放棄した側妃が公務に関わる事が出来ない、というのが本当の原因だった。
 実はあの騒動自体、側妃が仕事をしたくなくて計画されたものでは? と王宮使用人達の間では噂されていた。


 とにかくそのずる賢くてしたたかな側妃は、王太子の学園入学パーティーへ、兄の付き添いとして参加して王太子と出会うのだ。
 16才の王太子と11才の側妃が恋に落ちる。その時、クラウディアは14才。

 側妃が18才で王宮にあがるまでの7年、いや、クラウディアが空へ飛ぶまでの14年、王太子と側妃は世間をあざむき続けるのである。



 結局入学式には参加出来ない事が確定したニコラウスは、クラウディアにドレスを贈った。
 青色が基調で、黒いレースが随所に使われている。身に付ける宝飾品まで用意され、白金プラチナ紅玉ルビーである。
 服も宝飾品も、クラウディアの色とニコラウスの色が混ざっている。

「愛が重い!」
 クラウディアを見たマティアスの第一声だ。
「害虫除けには丁度いいよね」
 笑顔のルードルフは本気で思った事を口にしただけだが、そこには入れ知恵した者の影がチラチラしている。
「んもう、変な事を教えたのはニコラウス卿ね」
 クラウディアが呆れたように言うと、ルードルフは首を傾げた。


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