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 クラウディアの警戒対象が二人から三人に増えた。
 二人とは、勿論王太子モンス・ヴァルナル・ホルムクヴィストと、第二王子ヨエル・リネー・ホルムクヴィストだ。
 そこに加わったのは、暗殺者ルキフェルことニコラウス・ヘルストランドである。

 王子二人は、前回のように一目惚れされての婚約や、王命による婚約の無理強いなどの警戒である。
 対してニコラウスは、クラウディアに心酔しているような、盲目的に全てを肯定しそうな恐怖があり、王子二人とは警戒の意味が違う。

 クラウディアが誰々が気に喰わないと言ったら、その人物は翌日にはこの世に居ないだろう。
 それが出来るだけの力が、今の彼には有るのだ。


 それにしても、とクラウディアは首を傾げる。
 前回の最終日は記憶が曖昧で、相変わらず暗殺者ルキフェルの事は思い出せていない。
 しかしマティアスが言うには、遺書を届けに来たルキフェルは、別段クラウディアに特別な思い入れが有るようには見えなかったそうだ。

「もしかして今回のニコラウスが、ディアに一目惚れでもしていたのかもね」
 クラウディアの疑問を聞いたマティアスが苦虫を噛み潰したような顔で言う。
 本来ならば、関わらずにいたかった相手である。
「堕ちてないヘルストランド卿と、ルーチャが子供らしく遊ぶ姿が見たかったわ」
 自身も子供である事を忘れ、残念そうに言うクラウディアを、微妙な表情で見つめるマティアスがいた。



 クラウディアの誕生日パーティーから一月後、アッペルマン公爵家は子供達の婚約は、本人の意思に任せるとした。
 どこかで声高に言ったわけでは無く、家に届く釣書へ、公爵家としてそう正式にお断りの返事をしたのだ。
 貴族とは驚く程そういう話は広がるのが早い。

 既に子供の社交をしているマティアスは、「学園に入学してから決めるつもり」と公言していた。
 マティアスと同年代の貴族令嬢は、殆どがその言葉で諦めた。
 もしもマティアス狙いで婚約をしないで16才まで待っていたとしても、自分が選ばれるとは限らないのだ。
 その頃には、めぼしい貴族は婚約が決まってしまっているだろう。

 公爵夫人の座は惜しいが、そこまで賭けに出るには、負けた時の損害が大き過ぎる。
 普通の令嬢ならば、そう考える。
 しかし例外というのはどこにでも存在するのである。



 その日、子供達のお茶会が中庭で開かれていた。
 どことなくルードルフを愛でる会の様相だが、参加者は勿論、使用人も誰も気にしていない。
 最近のお茶会は黒髪の少年が混ざる事も増えたが、やはり誰も気にしない。
 その時はクラウディアの眉間に微かに皺が寄るので、ユリアが夜の入浴後に行う手入れを少し変えるくらいだ。

「お招きにあずかりまして」
「招いておりませんけどね」
「いつでもどうぞと言われました」
「ニコラウス卿、社交辞令ってご存知ですか?」
「ふふっ。照れているクラウディア嬢もお可愛らしい」
「照れておりませんが」

 ここまでがほぼ毎回のお約束である。
 そもそも本気で拒否しているのであれば、マティアスもクラウディアもキッパリ断るであろうし、紅茶の追加を用意させない。
 先触れなしでの来訪を許可する程度には仲良しなのだ。

「今日は街で人気のお菓子をお持ちしました」
 ニコラウスが侍従から菓子箱を受け取った瞬間、使用人達の慌てふためく声が中庭に届いた。


「お待ちください!」
「私が主人に確認いたしますで、玄関でお待ちください!」
 来客の対応、と言うにはいささか騒がしい。
 どうやら先触れも無く勝手に来た上に、この家の主人の返事を待たずに庭まで入って来たようである。

「あら、今頃奥様は私の家でお茶をしているはずよ」
 甲高い声でそう言った令嬢は、子供達のお茶会に姿を現した。
「こんにちは、皆様。今日は公爵家で子供のお茶会を開いていると聞いてやってきましたの」
 ヒラヒラのフリルがふんだんに使われたワンピースを着た令嬢は、自己紹介もせずに当たり前のように話し始めた。

「今日はうちの侯爵家でもお茶会を開いておりますのよ。高い身分の方も大勢いらっしゃってるわ」
 令嬢は自慢気に胸を張るが、聞いている四人にとっては「だから何?」という感じである。

 いつものように「凄いですわ」「羨ましい」「さすが侯爵家ですね」と言う反応が返って来なかったからか、令嬢は不機嫌そうに顔を歪める。
「私の話、ちゃんと聞いてます?」
 怒ったように言う令嬢を見る三人の目は冷たい。
 ルードルフだけは驚いて、ポカンとした表情を向けていた。



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