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「あんな大々的にモンスちゃんが一目惚れしたとか発表しなければ、アンタなんか王家に迎えなかったのに!」
「公爵家だったからっていい気になってんじゃないの?」
「私が伯爵家出身だから馬鹿にしてるんでしょ」
「食事する時間があるなら仕事しなさいよ! アンタにはそれしか価値が無いんだから」
「側妃の私とは話もしたくないって事ね」



 馬車がガタンと大きく揺れて、クラウディアは目を覚ました。
 街中を散策して屋敷へ帰っている短い時間なのに、うたた寝をしていたらしい。隣にはやはり大きく舟を漕いでいるルードルフが居る。
 クラウディアは、揺れるルードルフの頭を自分の方へ寄り掛からせ、窓の外の景色を確認した。

 大通りを右に曲がって直進して……?
 クラウディアの記憶の中では右に曲がるはずの道を、馬車は曲がらずに直進して行く。
 ルードルフを挟んで反対側に座るヒルデガルドを見上げると、窓の外を睨んでいた。道のおかしさに気付いたのかと思ってみつめていたクラウディアの耳に、馭者の声が聞こえた。

「奥様、どれくらい前の馬車を追えば良いんで?」
 御者台との会話に使う道具から聞こえた声は、ヒルデガルドの指示を確認する内容だった。
「相手が止まるまでよ!」
 鬼気迫る様子のヒルデガルドに、クラウディアはそっとルードルフを抱きしめた。


 しばらく走った馬車はゆっくりと速度を落とし、ある屋敷の前で停まった。
 追い掛けていた馬車がその屋敷に入ったのだろう。
「あの女狐……やはり、黒幕はアンタだったのね」
 怨嗟の声を絞り出すヒルデガルドは、窓の外を睨みつけている。
 クラウディアからは見えないが、視線の先には馬車があるのだろう。

「ノルドグレーン侯爵家に入って行ったのが何よりの証拠よ」
 暗く低いその声に、クラウディアの体がビクリと震えた。


 ノルドグレーン侯爵家。
 前回のルードルフ殺害の真犯人の家であり、今回は王太子の婚約者となったと噂の、しつこくお茶会の招待状を送ってきていた、最後には正妃と王太子まで担ぎ出してきた家。

『父の代では確証が無くて見逃したが、儂の代になってから徹底的に叩き潰してやったわ!』
 マティアスはそう言っていた。
 報復するのは代替わりしてからなので、その前に母ヒルデガルドは儚くなっていて、その事実を知らないのだろう。
 零れ落ちた台詞から、そう推察できた。



 前回、王城で暮らしていた時のクラウディアには、味方が居なかった。たった一人の味方だった実家から付いて来てくれた侍女ユリアは、側妃が娶られた時に暇を出されたからだ。
 正妃も国王の側妃二人も、当然王太子も王太子の側妃も。そして第一から第七までいる王太子の姉である王女達も、クラウディアを利用する事しか考えず、逃げないように権力で抑えつけた。

 その中でも特に苛烈だった行き遅れの第二王女は、ヘルストランド侯爵家の当主に懸想し、妻と別れて自分と結婚するように迫ったが拒否されたので意地になって結婚しなかった、との噂があった人だ。
 そのヘルストランド侯爵家は、ルードルフ誘拐殺害の冤罪で取り潰しになった家だった。


 ヘルストランド侯爵夫妻に報復したい第二王女と、王太子の婚約者の座を奪いたいノルドグレーン侯爵家。
 利害が一致した両者は、クラウディアを誘拐してその罪をヘルストランド侯爵家に着せようとした。しかし誤ってルードルフを誘拐し殺害してしまったのだろう。

 もしかしたら、第二王女は罪を軽くするか冤罪を晴らす事を条件に、ヘルストランド侯爵に結婚を迫るつもりだったのかもしれない。だとしたら、事件が殺人になり、罪が重すぎて庇えなかったのだろう。

 小さかったクラウディアは覚えていないが、ヘルストランド侯爵家は単に没落したのではなく、処刑されたのかもしれない。


「八つ当たりされていたって事!?」
 クラウディアは愕然とした。
 第二王女としては、クラウディアが誘拐されていれば、愛する人と結婚出来たはずだった?
 本当にそれが理由だったとしたら、自分勝手にも程がある。

 マティアスの仮説が正しければ、亡くなる時に強く後悔した事柄の発生日に戻っているようである。
 今の第二王女は18才。結婚適齢期。
 誘拐事件自体が起きていないので、ヘルストランド侯爵は生きている。
 彼女の後悔は、おそらく誘拐事件が失敗した事。計画した事自体を後悔するような殊勝な性格では無い。

 今回の婚約者はノルドグレーン侯爵令嬢。自作自演ならば、失敗して殺害してしまう心配は無い、と第二王女は考えていそうだ。
 黒い噂が絶えないノルドグレーン侯爵家ならば、アッペルマン公爵家うちの家とは違い、前回の記憶が無くても第二王女の計画に乗るだろう。

「あぁ、色々と面倒だわ」
 鬼の形相でノルドグレーン侯爵家を睨んでいるヒルデガルドを見ながら、クラウディアは深い深い溜め息を吐き出した。


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