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しおりを挟む沈んだ表情を隠しもせず、クラウディアは家族が揃っているはずの食堂へと向かった。
「おはようございます」
食堂へ入ると同時に朝の挨拶をする。
「え?!」
返ってきたのは、幼い子供の驚いた声だった。
床へ向けていた視線をあげると、驚いた顔をした幼い男の子が居る。
「え?」
驚いたのはクラウディアもだった。
この子供はもしかして……と。
「ルードルフお兄様?」
金髪にクルクルの巻き毛で緑の瞳を持つ、天使のような子供。
クラウディアは姿絵でしか記憶に無いが、確か7才で誘拐されて亡くなった兄のはず。知っている姿より少しだけ大きいのは、家に残っていた姿絵が5才の頃のものだったからだ。
「ディアはきちんと挨拶できるようになったの!?」
ルードルフの驚きは、そこだったらしい。
「しかも僕の名前まで! 昨日まではルーチャって呼んでたのに!」
言われても、クラウディアには一切の記憶が無かった。
クラウディアがルードルフを覚えていないのには理由が有る。
彼は、クラウディアと間違われ誘拐されて殺害されてしまう。その事が幼いクラウディアには衝撃が強すぎ、ルードルフの事を忘れてしまうのだ。
白金のサラサラな髪に青い瞳のクラウディアと金髪天使なルードルフは、兄妹だがあまり似ていない。
それなのに間違われたのは、王太子がクラウディアを「僕の天使」と呼んでいたからだ。
「やはり婚約など嫌」
未だに食堂の入り口に立ち尽くしているクラウディアが呟いた。
「おはよう、ディア。入り口で何をしているんだい?」
クラウディアに声を掛けながらその頭を撫でたのは、上の兄のマティアスだ。
年子のルードルフと違い、6才年上のマティアスとは、大分体格が違う。だが銀髪な分、巻き毛でもクラウディアに似ているような気がする。
「おはようございます、マティアスお兄様」
かなり上にある顔を眺めながら、クラウディアは挨拶の言葉を発する。
それに対して、マティアスが驚いた顔をした。
「ディアが正しい挨拶を!? それに僕の事はマーチャと呼んでいたのに」
ルードルフと同じように驚くマティアスを見て、クラウディアはやっと自分が幼い子供なのだと自覚した。
兄妹が揃った事で、朝の食事が開始される。
父親は既に仕事へ行っているし、母親は今日の王妃主催のお茶会へ行く準備をしているのでこの場には居ない。
「僕、前の呼び名の方が良いな」
卵を食べながらルードルフがクラウディアを見る。
「呼び名、ですか?」
子供だと自覚しても、長年培った口調がすぐに直せる訳もなく、クラウディアは年よりも随分と大人っぽい話し方になってしまう。
「それにその話し方も! 母様の真似? ディアにはまだ早いよ!」
子供らしく表情豊かに話すルードルフ。
動いて話している可愛い男の子を、クラウディアは眩しいものを見るように目を細めて見つめた。
「ディアの努力は素晴らしいと思うけど、僕もまだマーチャと呼ばれたいなぁ」
マティアスが笑顔でルードルフへと同意する。
努力とは、日々の淑女教育の事を指している。おそらく今日のお茶会の為に、昨日の淑女教育で教わったのだとマティアスは思ったのだろう。
思わず「善処します」と答えそうになったクラウディアは、小さく「はい」とだけ返事をした。
結婚して王宮へあがってから、夜会などの公の場でしか家族に会えなくなってしまった。
仕事を理由に里下がりが許されなかったし、家族からの面会の申込みも無かった。もしかしたら勝手に拒否の返事を出されていたのかもしれない。
何せ王宮では、誰よりも働かせられていたし、地位は側妃の侍女よりも下の扱いだったのだから。
朝食を済ませ自室へ戻ったクラウディアは、体から力が抜けるのを感じた。
やはり無意識に緊張し、体に余計な力が入っていたようである。
「……疲れた」
久しぶりに会ったマティアスと、体感的には初めて会ったルードルフ。
「マーチャにルーチャ。私に呼べるかしら」
マティアスお兄様を略してマーチャと呼んでいた記憶は、朧気ながらもある。
6才の子供ならばおかしくない呼び方だが、今のクラウディアは28才だ。他の誰にも判らないだろうが、とにかく気恥しくてしょうがない。
それにしても、10年も耐えたのに、今更飛び降りたのはなぜだったか。
18才で婚姻し、21才の時に王太子が側妃を迎え、23才の時に側妃が後継者を産んだ。
その間も、その後もずっと仕事をしていたのに、今更死を選ぶ何かきっかけがあったはず。
分厚い遺書を実家に送った記憶はあるが、内容は詳しく覚えていない。それにあの王宮で、手紙を実家へ送った手段は? どうしたのだろうか。
その辺の記憶も曖昧だった。
王宮内に王家の私的空間が在る為に、クラウディアは長時間拘束され、仕事をさせられていた。
何せ王太子には「仕事をする道具」と言われていたくらいだ。
他国のように王家の住まいである王城が別に在れば、移動時間の分休めるのでは? と、何度も思っていた。
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