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07:聖女とアフェクシオン

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 時は少しさかのぼり、ミレーヌが旅立った後のアフェクシオン国。
 王城の中で、ミレーヌの家族は暗く沈んでいた。
「まさかミレーヌの結婚式に参列出来ないとは」
 国王が溜め息と共に言葉を吐き出す。
「それどころか、嫁入り道具も要らないなど、失礼にもほどが有ります!」
 王妃が扇を椅子の肘置きにバシバシと叩きつける。

 一通り気が済むまで暴れた王妃は、深い深い溜め息を吐き出す。
 そして悲しそうに顔を歪めた。
「聖女として、厳しく躾過ぎましたわ。自分の幸せを一切考えず、あのような男が治める国に嫁ぐのを選ぶなど……」
 王妃ではなく、母親としてミレーヌを心配している。

 いや。王妃として考えても、アッロガンテ王国にミレーヌが嫁ぐ利点を見付けられずにいた。
 アッロガンテ王国は確かに大国ではあるが、閉鎖的で貿易もあまり行っておらず、その上、今では殆ど姿を見る事の無い魔物が跋扈ばっこしているという。

「人々の役に立つように。苦しんでいる人を助けるように。国民の見本になるように善人であるように──とは言いましたけど……」
 限度と言うものがあるわ、と王妃はまた溜め息をいた。



 聖女であるミレーヌがアッロガンテ王国へと旅立って数日。予定では結婚式の当日であるはずの日。
 アフェクシオン国に激震が走った。
 まさかの、聖女ミレーヌ王女をニセモノ呼ばわりした上に、妖精達が作ったウェディングドレスを汚した不届者が居る、という知らせが妖精を通して全国民に伝えられたのだ。

 しかもミレーヌは、アッロガンテの国民の為に、あちらの国に残るという。

「王城を出て、どこかに家を建てる?」
「魔物が多く居る所へ行くのか」
「食べ物もろくに無い僻地だと? それなら野菜を育てる農夫が必要だな!」
「肉を確保するのに、猟師が居ないと困るだろう?」

「普段着る服は、さすがに妖精のドレスではないわよね?」
「美味しいパンが有った方が良くないかしら? 大変な時こそ、小さな幸せが身に沁みるのよ」

 老若男女問わず、腕に覚えのある国民が王宮へ殺到した。
 皆、アッロガンテ王国に居るミレーヌの手助けがしたいと言う。
 無論、定住するつもりなど、微塵も無い。
 ミレーヌの生活を豊かにするのと、アッロガンテの国民の生活を早々に安定させ、ミレーヌをアフェクシオンに連れ帰りたいのだ。


「行きたい人は行けば良いよ。誰か引率してあげて」
 集まった国民の熱意に、宰相は諦め気味である。
 この時宰相は知らなかった。
 国を守る事を誇りとして、常に鍛錬を怠らない騎士団内で、誰がミレーヌの所へ行くかで揉めていた事を。

「宰相の許しが出たので、これより騎士団はアッロガンテ王国のミレーヌ様の下へ、同志を護衛しながら向かうとする!」
 騎士団長の宣言に、団員達は「おぉ!」と勝鬨かちどきのような歓声を上げる。
 騎士団員達の周りでは、守護妖精達も喜んでクルクルと舞っていた。



「え?騎士団丸ごと行っちゃうの?」
 アッロガンテ王国へと行く国民の書類を作成していた王太子は、引率兼護衛として騎士団全員が向かう事を知った。
「宰相が『行きたい人は行けば良い』と言ってしまいましたからね」
 書類を整理していた侍従が苦笑する。

「もう! それなら別に書類が必要になるではないか!」
 口調は不機嫌そうだが、顔は笑っている王太子を見て、侍従の笑顔も優しく変わる。
 ミレーヌが自らの意思で辺境へ行く事にした事は妖精から聞いて知っているが、それでも兄としては心配だったのだ。

 さすがに希望する国民全てを行かせるわけにはいかないので、仕事や家族関係等を踏まえ、更に妖精同士の何かをかんがみて、三百人にまで厳選された。
 それと騎士団員百名である。


 要らぬ誤解を生まないように、先にアッロガンテ王国へミレーヌの補助と魔物討伐援助の為に人員が向かいます、と一報を入れなければいけないだろう。
 ここで結婚が無効になった事を知っていると匂わせては悪手だ。
 あくまでも嫁入りしたミレーヌを気遣っての行為だと、他意は無いのだと、不自然では無い程度に強調した。

 嘘では無い。
 さっさと国を立て直し、もう大丈夫であるとアッロガンテ王国が言えば、ミレーヌは気が済み、今度こそ自分の幸せを求めてくれるかもしれない。
 出来れば今度は、アフェクシオン国内であって欲しい、と兄として、王太子として思いながら書類を準備した。


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