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06:聖女の周辺
しおりを挟む神殿を出たミレーヌとニノンは、神殿と街の繁華街を往復している辻馬車に乗った。
アフェクシオン国から乗って来た馬車は、既に王城へと帰ってしまっていたからである。
今日は神殿を貸切にしてあった為に、他に同乗者は居ない。アフェクシオンからは、護衛騎士を付ける事も出来なかったからだ。
「えぇと、まずは宿を取るでしょ? その前にミレーヌ様の世話係を呼び寄せなきゃだわ! あ、その前に護衛騎士かしら?」
ニノンが守護妖精に伝言を頼むつもりらしく、火妖精と何やら話し合っている。
「焦らなくて良いわよ。とりあえず寝る所さえあれば良いわ」
呑気なミレーヌは、ニノンを宥める。
「まぁ! そんな事おっしゃって! 宿が満室で野宿になったらどうしますの?!」
ニノンは一度は声を荒げたが、すぐに思い直す。
「そうですね。下手に安宿に泊まるくらいなら、野宿の方が間違い無く快適ですわ」
妖精王の加護の有るミレーヌが一緒であれば、妖精達は率先して環境を整えるだろう。
『野宿がしてみたいのならば、協力するぞ』
ミレーヌの隣に、突然、引きずるほどに長い緑の髪の美丈夫が現れた。
ここは動いている馬車の中である。
しかし、ミレーヌは勿論、ニノンも驚かなかった。
「まぁ! ――様、いらっしゃいませ」
ミレーヌが親しげに喜びを表すのに対し、ニノンは苦虫を噛み潰したような表情である。
「いくら妖精王様といえど、女性のみの場所へ先触れも無く現れてはいけません」
ニノンの苦言に、妖精王は苦笑を返す。
『優秀な侍女が居て、ミレーヌは安心だな』
まるで子供にするように、妖精王はミレーヌの頭を撫でる。
それを笑顔で受けるミレーヌも、実年齢よりも幼く見えた。
創造神の祝福を受け、妖精王の加護があるミレーヌだが、好き勝手し放題の我が儘な王女として育てられたわけでは無い。
どちらかというと、他の子供達よりも厳しく躾けられていた。
なぜならば、自国だけでなくクロワール教を信仰する国全てから注目されているからだ。
その為に早く我慢を覚え、大人にならなければいけなかったし、何事にも動じない気概も必要だった。
最高神である創造神に祝福されるという事は、それだけで普通の人間には重荷なのである。
「結婚は中止になってしまいましたが、この国が困窮しているのは本当の事ですし……」
ミレーヌがチラリ、と妖精王を上目遣いで見る。
「国民が特に困っている地域に住んでみても良いかしら?」
ミレーヌが住むという事は、その環境を妖精達が整える事になるだろうし、土地を豊かにするのに妖精王が何かをする事になるだろう。
『創造神が良いと言ったらな』
妖精王は溜め息と共に言うが、自分よりもミレーヌに甘い創造神が否と言うはず無いと判っていた。
「強力な結界が張られそうですよね」
ニノンが真顔で言う。
『更にそこから排除された魔物が、王都近くに追いやられる位の嫌がらせはするだろうな』
妖精王の言葉に、ニノンと火の妖精は頷き、ミレーヌは静かに微笑む。
ミレーヌは、基本的に神にお願い事はしない。
神の力は、世の理を外れているものだから。
そして、与えられるものを拒否する事も無い。
それは神に祝福された者として、受け取るべきものだからだ。
ミレーヌは、自分よりも他人を優先しがちである。
そうするように育てられたとも言える。
驕り高ぶった王が国を好き勝手に動かし、滅んだ例は歴史上にいくらでも有る。
必要以上の権力を持つ者は、その力を上手に使う事も求められる。
神に愛される国で、善良な王族に育てられたミレーヌ。
今回の結婚を決めたのも、アッロガンテ王国の為というよりも、そこに住む国民の為である。
まさか信仰する神が違い聖女と認められないなどとは思わず、完全なる善意で使命に燃えて来たのだ。
ミレーヌの中では、恋愛結婚など欠片も無いのかもしれない。
ニノンの守護妖精から、アフェクシオン国に居る妖精達に結婚式での事が伝えられ、妖精から守護対象の人間に伝えられた。
「私が姫様の家を建てます!」
木の妖精の守護が有る者が名乗り出ると、土の妖精の守護が有る者が「いや、自分が!」と手を上げる。
「いやいや。お前達、樵でも大工でも無く、騎士だろ!?」
騎士団副団長が腕を組みながら、呆れた声を出す。
「いや、アンタもですよ」
後ろでいそいそと遠征準備をしている団長の肩を掴み、副団長はニッコリと笑う。
「何を言う! 俺はきちんと護衛として行くつもりだ!」
胸を張って言う騎士団長の頭を、副団長は前からガシリと掴んだ。
「アンタは国の防衛の要だろうが!」
副団長の指に力が入る。
「イタタタタタ! しかしだな! 国の中には魔物も居ないし、野盗も居ない。数少ない外交の護衛しか任務が無いのに、団長だからと余程の事がなければ国を空けられないのだ」
神に愛された国を攻める命知らずな国など無い。
根が真面目なので、団員達は鍛錬を怠らないが、何せ平和すぎる国だった。
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