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92:前向きな贈り物

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 薔薇の街の郊外の屋敷に、何台もの馬車が到着した。
 オッペンハイマー侯爵家で使っていた馬車全てを使用し、使用人達がやって来たのだ。
 しかもそれとは別に、家具等大物を運ぶ業者の馬車もある。

 先頭の馬車から、高年の紳士が降りて来た。
「予定より少し早いですが、私めの最後の仕事でございます」
 オッペンハイマー侯爵家の執事長男である。
 手には目録を持っており、それをフローレスの屋敷の執事長へと渡す。

「確かに受け取りました」
 年若い執事長は、受け取った目録を隣に立つ老獪ろうかいな紳士へとそのまま渡す。
「すみません。もう引退したのに」
 執事長が謝ると、紳士はにこやかに笑う。
「いやいや。先祖代々受け継いだ物など、若い者には判るまいて」

 この老獪な紳士は、半年ほど前にオッペンハイマー家を退職して、フローレスの屋敷の近くで奥方と悠々自適に暮らしている。
 たまに遊びに来て、庭師に色々と教わっていた。


「しかし、引退には早いだろうに。息子からここの執事長の座を奪い取れば良かろう?」
 ふぉふぉふぉと笑う紳士へ、執事長は緩く首を振ってみせる。
「いえ。私はホープ様に付いて行く事にいたしましたので」

 ほぅ?と紳士と執事長が同じような顔をする。
「では、ホープ様に付いてオルティス帝国へ?」
 執事長が質問する。
 執事長としてというより、息子として聞いているのかもしれない。

「私とハウス・スチュワードの二人は、帝国に行きます。ランド・スチュワードは領地経営を任されたので、領地管理人の所へと向かいました」
 ランド・スチュワードとこの元執事長は大体同じ位の年齢である。
 ハウス・スチュワードはもう少し若く、壮年と呼ばれる年齢だ。

「私共は側近として、オルティス帝国に骨をうずめる覚悟でホープ様に付いて行きます」
 元執事長改めホープの側近は、決意した男の顔をしていた。



「しかし本当に良い物だけを上手く選んだもんだ」
 目録と実物を照らし合わせながら、紳士が感心した声を出す。
「ルロローズ様や前侯爵夫妻が購入した物や価値の高くない物は、全て売り払い前侯爵のこれからの生活費としました」

「ホープ様は、ご自分用にはしなかったのですか?」
 息子の質問に、男は首を横に振る。
「身の回りの物だけを持って行かれます。オッペンハイマー家を、……いえ、ペアラズール王国を忘れて、心機一転頑張る覚悟のようです」
 答えてから、一つ大きく息を吸う。

「廃家手続きは、フローレス様の為でもあるようです。既に王国を出ていますし、平民なのでもう王家に利用される事も無いでしょう」


 貴族籍があると住処を変えても、所属がある国の命令には従わなくてはいけない。
 それが嫌なら、婚姻で新たな籍を作るか、亡命をしなくてはいけないのだ。

 しかし平民はその限りでは無い。
 国境を越える時の審査を通れば、問題無く籍を移せる……というより、そもそも貴族のようにしっかりとした国籍が無いのだ。

「今までの罪滅ぼし、いやホープ様なら反省はしても、謝罪はしませんね。それならば、餞別でしょうか」
 執事長の言葉に皆が苦笑いする。
 謝るホープなど、誰にも想像出来なかったからだ。
「最初で最後の優しさだのう」
 老獪な紳士は、ふぉふぉふぉと笑った。


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