92 / 115
92:前向きな贈り物
しおりを挟む薔薇の街の郊外の屋敷に、何台もの馬車が到着した。
オッペンハイマー侯爵家で使っていた馬車全てを使用し、使用人達がやって来たのだ。
しかもそれとは別に、家具等大物を運ぶ業者の馬車もある。
先頭の馬車から、高年の紳士が降りて来た。
「予定より少し早いですが、私めの最後の仕事でございます」
オッペンハイマー侯爵家の執事長だった男である。
手には目録を持っており、それをフローレスの屋敷の執事長へと渡す。
「確かに受け取りました」
年若い執事長は、受け取った目録を隣に立つ老獪な紳士へとそのまま渡す。
「すみません。もう引退したのに」
執事長が謝ると、紳士はにこやかに笑う。
「いやいや。先祖代々受け継いだ物など、若い者には判るまいて」
この老獪な紳士は、半年ほど前にオッペンハイマー家を退職して、フローレスの屋敷の近くで奥方と悠々自適に暮らしている。
偶に遊びに来て、庭師に色々と教わっていた。
「しかし執事長、引退には早いだろうに。息子からここの執事長の座を奪い取れば良かろう?」
ふぉふぉふぉと笑う紳士へ、元執事長は緩く首を振ってみせる。
「いえ。私はホープ様に付いて行く事にいたしましたので」
ほぅ?と紳士と執事長が同じような顔をする。
「では、ホープ様に付いてオルティス帝国へ?」
執事長が質問する。
執事長としてというより、息子として聞いているのかもしれない。
「私とハウス・スチュワードの二人は、帝国に行きます。ランド・スチュワードは領地経営を任されたので、領地管理人の所へと向かいました」
ランド・スチュワードとこの元執事長は大体同じ位の年齢である。
ハウス・スチュワードはもう少し若く、壮年と呼ばれる年齢だ。
「私共は側近として、オルティス帝国に骨を埋める覚悟でホープ様に付いて行きます」
元執事長改めホープの側近は、決意した男の顔をしていた。
「しかし本当に良い物だけを上手く選んだもんだ」
目録と実物を照らし合わせながら、紳士が感心した声を出す。
「ルロローズ様や前侯爵夫妻が購入した物や価値の高くない物は、全て売り払い前侯爵のこれからの生活費としました」
「ホープ様は、ご自分用にはしなかったのですか?」
息子の質問に、男は首を横に振る。
「身の回りの物だけを持って行かれます。オッペンハイマー家を、……いえ、ペアラズール王国を忘れて、心機一転頑張る覚悟のようです」
答えてから、一つ大きく息を吸う。
「廃家手続きは、フローレス様の為でもあるようです。既に王国を出ていますし、平民なのでもう王家に利用される事も無いでしょう」
貴族籍があると住処を変えても、所属がある国の命令には従わなくてはいけない。
それが嫌なら、婚姻で新たな籍を作るか、亡命をしなくてはいけないのだ。
しかし平民はその限りでは無い。
国境を越える時の審査を通れば、問題無く籍を移せる……というより、そもそも貴族のようにしっかりとした国籍が無いのだ。
「今までの罪滅ぼし、いやホープ様なら反省はしても、謝罪はしませんね。それならば、餞別でしょうか」
執事長の言葉に皆が苦笑いする。
謝るホープなど、誰にも想像出来なかったからだ。
「最初で最後の優しさだのう」
老獪な紳士は、ふぉふぉふぉと笑った。
71
お気に入りに追加
2,344
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
王妃はわたくしですよ
朝山みどり
恋愛
王太子のやらかしで、正妃を人質に出すことになった。正妃に選ばれたジュディは、迎えの馬車に乗って王城に行き、書類にサインした。それが結婚。
隣国からの迎えの馬車に乗って隣国に向かった。迎えに来た宰相は、ジュディに言った。
「王妃殿下、力をつけて仕返ししたらどうですか?我が帝国は寛大ですから機会をたくさんあげますよ」
『わたしを退屈から救ってくれ!楽しませてくれ』宰相の思惑通りに、ジュディは力をつけて行った。
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
(完結)あなたが婚約破棄とおっしゃったのですよ?
青空一夏
恋愛
スワンはチャーリー王子殿下の婚約者。
チャーリー王子殿下は冴えない容姿の伯爵令嬢にすぎないスワンをぞんざいに扱い、ついには婚約破棄を言い渡す。
しかし、チャーリー王子殿下は知らなかった。それは……
これは、身の程知らずな王子がギャフンと言わされる物語です。コメディー調になる予定で
す。過度な残酷描写はしません(多分(•́ε•̀;ก)💦)
それぞれの登場人物視点から話が展開していく方式です。
異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定ご都合主義。タグ途中で変更追加の可能性あり。
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
妹がいらないと言った婚約者は最高でした
朝山みどり
恋愛
わたしは、侯爵家の長女。跡取りとして学院にも行かず、執務をやって来た。婿に来る王子殿下も好きなのは妹。両親も気楽に遊んでいる妹が大事だ。
息詰まる毎日だった。そんなある日、思いがけない事が起こった。
わたしはそれを利用した。大事にしたい人も見つけた。わたしは幸せになる為に精一杯の事をする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる