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59:牢の中は……

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 ピラートル伯爵家は、完全に無くなる事が決定した。
 エステルの息子やその子孫、または他の親戚がお家再興をしようとしても、それはもう絶対に出来ないのだ。
 貴族にとっては、かなり重い罰と言えるだろう。

 もっと詳しい内容の刑罰が決まるまで、エステルや夫、愛妾の三人は牢に入れられていた。
 貴族牢では無い。
 一般牢に三人一緒に、である。



「ちょっと!ただでさえ狭いのに、あんた達が居ると更に狭いわよ!向こう行ってよ!」
「うるせぇ!お前のその甲高い声が頭に響くんだよ!黙れ!」
「なんなのよ、もう!楽して暮らすはずだったのに!」
 三人が三人共わめくものだから、牢番はたまったものでは無い。

「うるせぇぞ!黙れ!」
 三人の居る牢の前まで来て、鉄格子をガインと揺れるほど蹴る。

「はあぁ!?あんた何様よ!ここから出しなさいよ!」
「おい!俺は伯爵家だぞ!ここから出せ!」
「娘が泣いてると思います~出してくださいぃ」
 今度は三人が牢番に向かって話し始めた。
 それぞれが勝手に話すので、何を言っているのか聞き取れない。
 しかも牢の奥に陣取り叫ぶものだから、声が石壁に反響して更に騒がしく聞こえるのだ。

「うるさいわよ!私が話してるの!黙りなさい!」
「俺は伯爵だ!高位貴族だぞ!」
「出してくださいぃ!娘が、娘が可哀想です!あの子はか弱くて私が居ないと何も出来なくて、可愛いから誘拐されちゃいます~」
 三人が三様に自分の話を聞いてもらおうと、段々と声を大きくしていくので収拾がつかなくなっていく。


 最初は鉄格子を蹴ったり、言葉で威嚇して止めさせようとしていた牢番も、あまりにも自分勝手に叫ぶ三人に堪忍袋の緒が切れた。
 側に置いてあった掃除用のバケツを手に取る。
 中には朝の掃除に使った水が入っていた。
 交代要員が来る前に身の回りを掃除しておき、次の者は自分用に新しい水とバケツを持って来るのだ。

 牢番は、その使用済みの汚水の入ったバケツを、手に取ったのだ。
 牢の中の三人は、お互いに意識が向いていて、牢番の動きに気付いていなかった。



「お~い、来たぞぉ。お疲れ様……?」
 いつも通りの時間に、いつも通りに交代しに来た牢番は、同僚が牢の前で仁王立ちしている後ろ姿に首を傾げた。
 手にはバケツを持っている。
「何してんだ?お前」
 交代に来た牢番は、同僚の背中に声を掛ける。

「ちょっと掃除の仕上げをしただけだ」
 空のバケツを持ち上げた牢番は、振り返って交代に来た同僚に笑顔を見せた。
「ふ~ん?」
 交代の牢番はチラリと牢の中に視線をやってから、何事も無かったかのように同僚へ話し掛ける。
「では、引き継ぎを頼む」
 牢の入り口にある牢番の待機部屋へ、二人の牢番は歩いて行った。



 牢の中では、エステルを筆頭に三人が呆然としていた。
 何が起きたのか理解出来ない。
 そんな顔をしていた。

 他人に水を掛けられるなど、初めての経験だった。
 しかも悪意を向けられて。
 更にそれがバケツの汚水である。

 何が起こったか理解出来てくると共に、エステルの顔が赤く染まっていく。
 エステルは、高級なドレスの鮮やかなピンク色が汚れてくすんだ色に変色した事に憤慨ふんがいし、声も出せずに震えていた。
 夫と愛妾はまだ、茫然自失状態である。

 静かになった牢の前に、牢番が来た。
 交代した新しい方の牢番である。
「勘違いしているお前達に、きちんと説明してやろう。お前達は既に貴族では無い。詳しい刑罰の決定の前に、廃家手続きが完了するという珍しい事例だな」
 三人が牢番を凝視する。

「牢から出たら俺達牢番に仕返ししてやろうとか考えていたんだろうけど、お前達は罪人だからな。その辺をよく頭に入れておけよ」
 牢番は三人の返事を待たずに、きびすを返して去って行った。


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