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58:謁見の間 2

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 もしこの場にラスペード公爵家かブルーキンク辺境伯家が居たら、腹を抱えて大笑いし、その後にエステルを切り捨てただろう。
 この二家に限り、王宮内でも無条件で帯剣を許されているからだ。
 夜会などではさすがに帯剣しないが、謁見の間などには普通に剣を持ち込む。
 どれだけこの二家が特別か、この待遇だけでも判る。

 しかし今、ここにその二家は居ない。

 エステルは床に這いつくばった状態で近衛兵に拘束されているし、その夫は茫然自失となり膝を突いている。
 幼い息子が衛兵に拘束されても、見向きもしない。
 我が子を抱きしめた愛妾は、いつ首を撥ねられるかと、真っ青になって震えていた。



「これは何かの嫌がらせで、どこか別の家門が名を騙って送って来たのかと思っていたのだが……」
 王太子がピラートル伯爵家からの婚約の申込みらしき書状をほうる。
「なぜ伯爵家如きが王家に婚姻を申し込む?」
 呆れたように王太子が溜め息を吐く。

「そもそもここ10年、王家主催のもよおし全てに呼ばれていないだろう。さすがに反省し、身分をわきまえた行動をするだろうと伯爵家以上の子供を招待する茶会に呼べば……」
 王太子は首を振った。
 呆れてものも言えない、と行動で示したのだ。


 王家主催の催し物に呼ばれない……それは、実質的な社交禁止を表す。
 最初の3年は、刑罰としての社交禁止だった。王家主催に限らず、全ての社交が禁止された。
 直接では無いにしろ、王家の意志に反する行いで不利益を与えたのだから当然だ。
 その後7年王家主催の催しに呼ばなかったのは、ラスペード公爵家に気を使ったからだ。

 そして当主の蟄居ちっきょに、税の増額。
 領民に課す税率は変えられず、納める税率だけが上がったのだ。
 貴族としての豪華な暮らしは出来ないはずだった。

 ここで誤算だったのは、伯爵家の使用人の殆どがエステル信者で、安い給金になっても辞めない事だった。
 更にエステルの高額なドレスや宝石を買えなくなっただけで、生活の水準はほぼ変わらなかった。
 それだけピラートル伯爵家が、エステルに金を注ぎ込んでいたという事だ。

 さすがに王家も、そこまでは把握していなかった。


 今のピラートル伯爵家には、当主は居ない。
 当主代行の婿養子が居るだけで、実際の領地運営は優秀な家令が行っている。
 次期伯爵の座は空席のままだった。
 エステルの息子は、まだ後継者として認められていなかった。
 なぜならエステルの息子だから。

 親を反面教師として優秀に育てば、ピラートル伯爵家の後継者になれただろう。
 今回の件で、それも無くなった。
 王家の息の掛かった教育係が次々とクビになる時点で悪い予感はしていたが、ピラートル伯爵家は、やはりピラートル伯爵家のままだった。



「3年の社交禁止は、前当主への罰でしょう!?その後に関しては、出産して子供を教育しなければならなかった私をおもんばかって、気を使ってくれたんだと知ってます!」
 押さえ付けられながら、エステルが持論を展開する。

「この方は、何を言っているの……?」
 初めてまともにエステルと対峙した王太子妃は、化け物でも見るような目でエステルを見た。



 王女の茶会の時は、ラスペード公爵家が帰ってしまった衝撃が強く、しかし会を中止には出来ず、予定通りに進行してしまった。

 王女がラスペード公爵家の双子と挨拶すら出来ず、傷心で会の間中泣いていたせいもある。
 王女の初恋は、ラスペード公爵家のギャスパルだった。


 王女を宥め、王太子妃が周りを見回す余裕が出来た時には、やたらと派手で下品な貴族が上座でくつろいでいた。
 勝手に席を移る貴族が居るなど予想も出来ず、空席のはずの場所に座る貴族が居て驚いたのだ。

 あれは誰かと周りに聞けば「ピラートル伯爵家」だと知らされた。
 1番の末席に居るはずの貴族が、勝手に上座に座る。
 王太子妃の育った国では、有り得ない事だった。

 ちなみに、この国でも有り得ない行動である。

 結果的に勝手に席に座ったピラートル伯爵家をもてなす事になってしまったのだが、使用人達は真面目に仕事をしただけなので責める事は出来ない。
 ピラートル伯爵家が10年社交界に顔を出していなかったので、王太子妃は顔を知らなかったのもあだになった。


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