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26:エステルの勘違い

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「貴様が何を言いたいのか解らないのだが、ナターシャは私の妻の名前だ」
 オーギュスタンの不快感を顕にした言葉に、エステルは大袈裟に頷いてみせる。
「えぇ、ええ!解っておりますわ!名前だけの妻にしたのでしょう?娼婦じゃ正妻になれませんものね」
 エステルがオーギュスタンの横に立つナターシャへと向く。

「見た目だけで乗り越えられるほど、貴族社会は簡単では無いのよ。まぁ、娼婦では判らないでしょうけど」
 フフンとナターシャを見ながら、エステルは胸を張る。
 なぜかナターシャを娼婦だと決めつけていた。
 当のナターシャは、困惑顔で隣のオーギュスタンを見上げる。

「本当に何を言っているのだ、この女は。ここに居るのが私の妻、ナターシャ・ラスペードだ」
 オーギュスタンは、ナターシャの腰を抱いて自分へ引き寄せた。

 ナターシャの体が硬直したのは、触れているオーギュスタンにしか判らない。
「大丈夫だ」
 ナターシャの耳元で囁き、オーギュスタンは顳顬こめかみ辺りにチュッとくちづける。
 全然大丈夫じゃないし!と思っているナターシャの内心は、苦慮される事は無いだろう。
 硬直した意味を誤解しているからだった。


「ナターシャ?は?ナターシャなの?」
 エステルはナターシャをジロジロと見る。
 言われてみれば、目の色は同じような……?しかし、ナターシャの髪は煤けた枯れ草のような色だった。
 目は、もっと暗い色ではなかったか?

「公爵夫人を呼び捨てにするとは、良い度胸だな。それに、妻はブルーキンク辺境伯家の子女だ。貴様とは何の関係も無いし、ましてや娼婦などでは無い。今回の件は、ラスペード公爵家として正式に抗議させてもらう」
 オーギュスタンの台詞に、エステルは尚更混乱した。



 店の奥から警備員と店員が出て来て、エステルは店を追い出された。
 洋品店から警備員に拘束されて退出するなど、貴族にとってはこの上無く不名誉な事である。
 道行く人々は、何事かとエステルに注目していた。

「帰るわよ!」
 伯爵家の馬車へと戻ったエステルは、急いで屋敷へと戻る。
 警備員に両側から腕を掴まれたエステルに、オーギュスタンは最後の忠告をしたからだ。
「家に帰ったら、契約書を端までしっかりと読む事だな」と。


「冷血公爵との契約書を出しなさい!」
 屋敷に戻ったエステルは、開口一番、そう叫んだ。
 出迎えたメイド達は顔を見合わせる。
 契約書などは管轄違いだから、何も解らないからだ。

 エステルが叫んでいたのを聞きつけたのだろう。
 屋敷の奥から父親と執事が出て来る。
「お父様!公爵との契約書を見せて!」
 鬼気迫る表情のエステルの様子に驚き、執事は契約書を取りに走った。
 父親は何が有ったのかをエステルにたずねた。


 まず、婚約の契約書は特に何も無く、オーギュスタン・ラスペードとナターシャ・ピラートルの婚約を交わす、とだけ有り、特に条件などは書かれていない。
 次の書類は、ナターシャをピラートル伯爵家から勘当するという書類だった。
 日付は、ナターシャが伯爵家を出て行った日である。

 そしてもう1枚。
 ラスペード公爵家からの、ピラートル伯爵家への支援金の契約書。
 読むのも嫌なほど、細かい字が書いてある。
「読みなさい」
 エステルは、執事へ書類を手渡した。
「では、失礼いたします」
 そう言って執事が読み上げた契約内容に、エステルだけでなく父親の顔も驚いていた。

『 契約書
1.ラスペード公爵家からピラートル伯爵家への支援期間は、ナターシャとの婚約期間とする。
2.ラスペード公爵家とピラートル伯爵家を、縁戚とは認めない事とする。
3.後に異議を一切申し立てない事。申し立てた場合は、ナターシャの持参金をラスペード公爵よりピラートル伯爵家へと請求する。
 以上』

「公爵家とは親戚になれないって事なのか?」
 ピラートル伯爵が呆然と呟く。
 絶縁しておいて、気付いていなかったらしい。
「支援金は婚約期間?」
 エステルは眉間に皺を寄せる。
 ラスペード公爵は、あのナターシャを妻としていた。
 とても同一人物とは思えないが、もし本当にアレがナターシャなら、もう支援期間は終わっている事になる。

「ナターシャの戸籍がどうなっているのか、大至急調べなさい!」
 エステルの金切り声が伯爵邸に響き渡った。



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日本の法律と混同しないようにしてくださいね~
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