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09:慣れない

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「もう、お腹いっぱいです」
 ホットミルクを1杯飲み、チョコとクッキーを食べて、更に紅茶を飲んだ。
 色々な果物の載ったタルトも食べた。
 初めての美味しさに、一口一口ゆっくりと噛みしめ、味わった。
 出された物の一部しか食べられなかったけど、本当にもうお腹いっぱい。

「もう?朝食を食べていないのだろう?」
 公爵様に驚かれたけど、今までは使用人用のスープ皿に1杯分の食事を1日2回食べていただけなので、かなり小食になってしまった。
 姉や家族の3分の1も食べられない。

「……胃が、小さいのでしょう」
 迎えに来た男性──執事のセバス──が公爵様へと告げた。
 その重い口調に、もしかしたら彼は私の伯爵家での生活を知っているのでは?と思った。
 いや、予想出来るか。
 あの使用人以下の服装に、麻袋に入れられた荷物を見れば。


「では、今日からは時間に関係無く、お腹が空いたら言うように」
 公爵様に言われた。
 お腹が空いたら……それは、家族が旅行に行ってしまって、3日間食事が出てこなかった時のように、動けなくなったらだろうか?

「旦那様、それではナターシャ様は絶対に言いませんよ」
 迎えに来たメイド──ナターシャ付きのメイド長サマンサ──が公爵様に意見する。
 伯爵家では、絶対に有り得ない光景だ。
 使用人が主人に意見するなど、即解雇される。

「では、時間を決めよう。サマンサ、判断を任せて良いか?」
 公爵様は、メイドの意見を取り入れた。
「サマンサの迷惑になる事は……」
 メイドの仕事を増やすのは、絶対にしてはいけない事なのに。

「サマンサ『様』?」
 公爵様が私の言葉を反芻はんすうする。
 使用人を呼ぶ時は『様』を付けるのが、伯爵家での私の立場だった。
 公爵家では違うのだろうか?


「セバス、どういう事だ?」
 公爵様が執事とメイドを見ると、二人は首を横に振っている。
 何か失敗してしまった?
 公爵様の顔が怖い。
「旦那様、とりあえずナターシャ様はお部屋で休まれた方が良いかと」
 おそらく青い顔をしている私を見て、メイドが提案してくれた。

 良かった。
 指先が冷たくて、血が下がっているのか頭がガンガンする。
 このままでは、倒れるところだった。
 あぁ。普段はこんなにお腹いっぱいに食べる事も無いから、食化する為に胃に血が集まってしまっているせいもあるのかも。

「あぁ、すまない。楽な服装に着替えて、ベッドで横になっても良いから、その顔をなんとかしなさい」
 公爵様が優しく言ってくれたけど、化粧が落ちて醜い素顔が見えたのだろう。
「かしこまりました」
 私は深く頭を下げた。

 公爵様が深い溜め息を吐くのが聞こえた。



 案内された部屋は、屋根裏でも半地下の倉庫でもなく、日当たりの良い立派な部屋だった。
「まだ婚約者なので狭い部屋ですが、結婚したら旦那様の隣の部屋になりますから」
 案内してくれたメイドは、伯爵家の姉の部屋より広い部屋を「狭い」と言った。

 それより、使用人部屋ですら無い。
 本当に私を公爵夫人として扱うつもりなのだろうか?

「楽な服へ着替えましょう。どれがよろしいですか?」
 壁にある扉を開けると、そこにはワンピースや夜着が入っていた。
 今着ている物よりも飾りが無い。
「あの、持って来た服を……」
 見るからに上等な服ばかりで、気後れしてしまう。


「あの荷物は、何か思い入れのあるお品ですか?」
 メイドに聞かれた。
 思い入れというか、あれしか持っていなかっただけだ。
 誕生日の贈り物ではあるが、特に思い入れなど無い。

「いえ」
 素直に答えると、メイドはとてもにこやかに笑う。
「では、アレは捨てておきますね。今日は、この1番柔らかい手触りのワンピースにしましょう」
 淡い水色のワンピースは、確かにとても手触りが良い。

「髪も緩く結い直しましょうね」
 慣れないと頭が痛くなったりしますから、と上に結い上げていた髪を解いてくれた。
 下ろした髪は、片側にまとめて緩い三つ編みにされた。
 何となく、頭が楽になった気がする。

「少し、ベッドで横になりましょう」
 促されてベッドに座ると、お尻が沈んで驚いた。
 いつも使っていた板に薄い布団が敷いてあったベッドとは大違いだ。
「いくら転がっても落ちませんよ」
 そんな冗談と共に足をベッドへ上げられ、クルリと体の向きを変えられる。
 気が付いたらベッドへ横になっていた。

「おやすみなさいませ」
 布団を掛けられ、天蓋を閉められて、狭い自分だけの空間になる。
 あ、落ち着く。
 思った以上に緊張していたみたい。


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